13歳のライフ
私の声は誰にも届かない。
雨が降り続けている外を見ながら、私は休み時間を過ごした。最近は毎日雨、だ。
雨は嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。だけど、さすがに毎日毎日こういう天気だったら、気も滅入ってしまうのは当たり前だろう。
彼女たちが私を無視しはじめた理由はわからないし、いつからこうなったのかも覚えていない。ただ、あの日も雨だったことは覚えている。
正直言って、自分がなにか悪いことをしたとは思わない。だから謝ろうとも思わないし、無視されるのを承知で話しかけようとも思わない。
だけど彼はそう思っていないようだ。今も必死に私を説得し続けている。
「蒼井さんはこのままでいいの?」
容姿端麗な彼と目を合わせるのは気が引ける。というか、ドキドキしてしまって会話にならない気がする。
「・・・このままって?」
わざと目線を彼から外したままで、私は彼の言葉に応答する。
「無視されたままでいいのか、って聞いてるの!」
少し呆れたような怒ったような声で、私に話しかけ続ける。
「別に・・・どうでも。それに、何度も言ったと思うんだけど、真藤くんには関係ないよね?」
「関係ないかもしれないけど、俺は君と放っておけない」
放っておいてくれていいのに。
内心そう思ったが、それは口にも顔にも出さずに窓の外の雨へと視線を戻した。
彼、真藤臨は前述の通りに見た目がいい。
藍色っぽいサラサラの髪に大きな瞳。小学生にも見えるような低い身長に幼い顔。それに細い。他の男子と並んでいると兄妹にも見える。そう、女顔なのだ。
なぜ私がこんなにも饒舌になってしまったのか。それは、彼の容姿が私のストライクだからだ。
真藤くんはモテる。とてつもなくモテる。そんな彼がどうして私を無視しないのか。それが不思議でたまらない。
「真藤くん・・・私に話しかけない方がいいよ。早都が睨んでる」
「俺は別に鷹野さんに嫌われたって支障はない。元からそこまで仲良くないんだし」
鷹野早都。私をいじめている・・・と言っていいのかはわからないが、まあとりあえず主犯だ。
早都はどこの学校にもいるであろう、女子のリーダーだ。
早都の一言で女子全員の行動が変わる。そう言っても過言ではない。いや、むしろそれが正しい。
男子が早都のことをどう思っているかはわからないが、彼女は見た目がいい。シルエットは細長い、と言ったら伝わると思う。
「とにかく。学校では話しかけないで。用事があるのなら放課後にあそこに行けばいいでしょ?」
「じゃあ・・・今日の、放課後に」
しぶしぶと。まさにそういった感じで彼は私の傍から離れた。
その様子を見ていた早都は私から視線を逸らし、肩までのキレイな黒い髪を翻して取り巻きの方を向いた。
早都の切れ長の目に睨まれた時の迫力は言うまでもない。
僅かながらもホッとして、机の中から最近お気に入りの推理小説を出して読み始めた。
早都たちと絡んでいた時は、本を好きなのを隠していた。
それに彼女たちといると、本を読む暇すらなかった。
もっとも、最近は臨が絡んでくるからあまり変わらないが。
それでも早都たちといる時よりは本を読むようになったと思う。
そっちの方が、彼女たちの視線も陰口も気にしなくて済むから。
「ユズ。ちょっといい?」
ずっと斜め後ろから聞いていた、このドラマみたいなセリフ。
まさかそれを面と向かって聞くとは思わなかった。
「・・・なに?」
小説はちょうど本題に入りかかったところだった。
のに、邪魔されてしまった。
少し憤りを覚えながらも本を閉じて机の中へ。
そして早都を見上げた。
「廊下、来て」
「・・・うん」
今まで私がいたの位置。早都の斜め後ろ。
そこに今は私の友達だったはずの美歌がいる。
早都はまるで社長だ。気に入った人間を傍に置き、気に入らないことがあれば首にする。そして次の人間を傍に。
その繰り返し。
「ユズさ、あーしがなんで怒ってるかわかってる?」
“あーし”
早都は自分のことを“あたし”と言っているつもりであろうが、全くそうは聞こえない。
「・・・さぁ」
「なにその言い方!」
早都ではなく美歌が答えた。早都が言うまでもない、ということか。
「あーしさ、一番の人間ってキライなんだよね。あーしを抜いて一番になるとか、マジあり得ないし」
・・・なんとなく、予想がついてきた。
「国語のテストと・・・スリーポイントシュートのテストのこと・・・だよね?」
「そう。国語のテストだけなら、まだ許せたんだけど・・・。2回も一番とられたらね~」
この前の国語のテストで、私は240人いる学年全員の中で一番。トップである96点を取ってしまった。
その時は純粋に嬉しかった。だが、今となっては後悔だ。
それと部活であるバスケでのスリーポイントシュート。
1年全員で順番にスリーポイントシュートをして、一番うまかったのが私だ。決めたのはコーチだから正確な結果であろう。
「最初からずっと思ってたんだけど、ユズ頭いいよね。あーしらよりも全然。見下してたんでしょ?」
頭いいと言っても240人中90番くらいをうろうろしているくらいだ。
というか、バスケ部の皆が頭が悪いのだ。言っていいのかわからないが。
「・・・それが、なに?」
「ふざけんなよ!」
美歌に突き飛ばされた。女子だから力はないと思っていたけど、さすがはバスケ部。手のパワーは異常にある。そのせいでよろけてしまって壁に肩を派手にぶつけてしまった。
「ったぁ・・・」
けっこうな痛み。
これは腫れるな・・・。そういうことをのんきに考えていた時、真藤くんが私を見つけて駆け寄ってきた。
「え、ちょ、蒼井さん!蒼井さん!!何やってるの!?」
「し、真藤くん・・・」
美歌は確か、真藤くんが好きだったはずだ。
こういうところを見られてはマズイ。直感的にそう思ったのだろう。
「蒼井さんからケンカをふっかけてきたの!」
「・・・蒼井さんはそういうことをする人じゃないよ」
言いわけも無駄、ってワケか。
真藤くんは3人を一瞥してから私に肩を貸してくれた。
「大丈夫?立てる?」
「うん。大丈夫」
と、言いながらも真藤くんの支えがあって、やっと立てるといった状況だ。
「あ、そうだ。鷹野さん」
真藤くんが早都を見ると、早都はあからさまに肩をビクッと震わせた。
「・・・次の先生に、俺と蒼井さん保健室に行ってるって伝えて」
「う、うん」
初めて見た。早都があんなに怯えているところ。女子には偉そうだし、男子には媚を売っている。そんな姿しか見たことない。
「いい気味、ってちょっと思っちゃった」
「蒼井さんでもそういうこと思うんだ」
「うん。そりゃあね・・・」
私からすれば、真藤くんがあんなに怒ることの方が意外だった。
私なんかのことで、あんなに怒ってくれるなんて・・・。
「「失礼します」」
声がかぶってしまい、ドキッとした。
「フフっ仲良しなのね。どうぞ」
ほんわかした雰囲気の保健の先生。
確か、この学校の先生では一番若いだろう。25,6といったところか。
「あら~・・・腫れちゃってるわね。湿布はって大丈夫?」
「え、どうしてですか?」
私じゃなくて、何故か真藤くんが反応した。
「わかってないわね。この年頃の女の子は湿布の匂い一つも気になるものなのよ」
「へぇ~。勉強になりますね」
なんの勉強かは分からないが、真藤くんはとても納得した顔をしていた。
「湿布、大丈夫、です」
「あらそう。でも、病院に行った方がいいわよ。早退する?」
「・・・はい」
迷ったが微妙な空気であろう教室に戻る気にはなれなかった。
「真藤くんはもう戻っていいわよ」
「はい。失礼しました」
声変わりの途中の声。高くも低くもない声。
私はそんな声が好き。少年の声。
「・・・最近、大変みたいね」
「え・・・?」
確かに最近大変だ。
だけど何故彼女が知っているのだろうか。
「さっきの真藤くん?が、よく相談に来るのよ」
「真藤くんが?なんでですか?」
「さあ。あの子、あなたのこと好きなんじゃないかしら。少なくとも私にはそう見えるわよ」
優しそうな笑顔は彼女にとてもよく似合う。
もしかしたらこの仕事が天職なのではないだろうか。そんなことまで思ってしまう。
「親の電話番号は?」
「いや・・・親じゃなくて、お姉ちゃんにお願いします」
「そう。わかったわ」
両親は忙しい。
お姉ちゃんも仕事はしているのだが、両親ほどではない。
母は通訳、父はプログラマーをしている。家で会うことは月に5回。いや、5回会えばいい方だ。家に帰ってきてはいるようだが、どうも時間が合わない。
「ごめんなさいね。お姉さんに電話してくるわ。ちょっとここで待ってて」
「は、い」
今までの会話で気づいたかもしれないが、私は先生と話すことに慣れていない。
妙に読点が多い文章になってしまう。
10分くらい経って、先生が帰ってきた。
「お姉さん、娘さんを迎えに行ってから来るらしいわ」
「はい・・・」
「そんなに大きいお姉さんがいるのね」
「はい」
初投稿作品です。
まだ途中ですが、よろしくおねがいします。
咲夜結大、という明らかに作り物の名前を、覚えていただければ光栄です。