襲撃、そして……
クロードは咄嗟のことながらも冷静さを失わず、後方へ飛び退き身構える。その動作の中で剣を抜くことも忘れない。
警戒態勢を保ったまま、少しの時間が経った。来ない。
クロードは、攻撃を仕掛けて来ない敵に苛立ち始め、叱咤する。
「誰だか知らないが、いるのは分かっている。出て来いよ、正々堂々と勝負だ!」
しかし返事は無く、沈黙が場を支配。
平静に戻ったクロードは、一向に現れない敵を挑発。
「おいおい、もしかして俺と闘うのが恐いのか?」
すると、極めて冷静な声が返ってきた。
「私なら、先程からここにいますが?」
言葉と同時にクロードの前方の空間が歪み、中から一人の男が現れる。
(口調は穏やかだが、挑発に乗ってきたな)
男は全身黒一色という格好で、フードを被り顔を隠している。ただ1ヶ所見えている口元は軽く綻んでいる。
クロードが戦闘体勢に入ると、にわかに剣が光り出す。うっすらと銀に煌めく剣にはいつも見入ってしまう。これは先王から賜りし魔剣である。
クロードはこの剣と共にいくつもの戦場をくぐり抜けてきた。まさに相棒と呼ぶに相応しい剣だ。
男に剣を向け、静かに問う。
「何者だ? 目的は明白だがな」
すると、男は更に口元を弛めた。
「流石はクロード将軍、話が早い。透明化の魔法にも驚いてませんし、私は今驚嘆していますよ」
先程と変わらない声音で答える男。
(質問に答えない、か。だったらこっちから言ってやる)
「おい、お前は間諜だろう?」
男は黙したまま答えない。
(やはり答えないか。まあ、当たり前か)
そうクロードが思っているところに、
「正解ですが、私は間諜ではありませんよ」との答え。
(正解なのか、それは?)
疑問に思いつつも、クロードは更に質問を重ねる。
「なら、やはり暗殺者か」
質問というより、もう断定の口調である。
男は「まあそんなところです」と軽く肯定。そして、
「貴方は聡明だ。しかし、もう終わりにしたいので、最後に一つ。貴方達の王は此方へ着きました。ですが、貴方を味方にすることは無理なようですね。ではっ!!」
これを最後に走り出す男。その手にはいつの間にか短剣が。
クロードは、繰り出された男の攻撃を難なく受け止めるが、男は素早く軌道を変え、次の斬撃を送ってくる。
すっかり防御に回ってしまったクロードは、相手の速さにより攻撃に転じられない。
「どうしました? 反撃しないのですか? 防戦一方では勝てませんよ?」
男はいとも容易く斬撃を叩き込んでくる。その動きからは全く疲れの色は見えない。
クロードも今はまだ平気だが、防ぐにも限界というものがある。
(何なんだ、コイツは? 化け物かよっ!?)
クロードは歯を食いしばり、一撃一撃を耐え忍ぶ。
時々反撃をするも、その全てが簡単に避けられてしまう。
そして、クロードの体力もそろそろ限界に。対して男は息一つ程しか乱していない。
クロードは国内でもトップクラスの実力者なのだが、この男はその彼をも凌ぐ力を持っている。
そして、男の攻撃を大きく弾き返したのを最後に、クロードの手は止まった。
(くっ、これで終わりなのか……?)
焦るクロード、何か手を考えるが思いつかない。
「少々手こずりましたが任務は遂行できました。残念でしたね、貴方は謎の失踪を遂げたことになるでしょう」
もうシナリオは出来上がっているらしい。どうにかできないものか……
男が短剣を振り上げ、絶体絶命の窮地に陥ったその時、クロードの魔剣が突如目映い光を放った。
「!? ……これはっ!!」
剣から強い魔力を感じ取ったクロードの口から謎の言葉が流れ出る。
視界全てが光で覆われ、それが収束した後、廊下にはただ一人だけが立っていた。
その顔には驚きがありありと浮かんでいる。
「まさか……しくじっただと!? くそっ、なかなかやるな、クロード……」
軽く舌打ちをして男は姿を消す。
廊下には何の痕跡も残らず、激戦があったことは分からない。
光り輝く月明かりの下、今日この宮殿から将軍が跡形もなく消えたことに「気付いた」ものは皆無だった。