予感
今、薄暗い宮殿の廊下を一人の男が歩いている。男は不機嫌なのだろうか、少しだけ歩調が早い。
おそらく二十歳くらいであろう彼は、外見の印象がかなり強い。
まず目につくのが赤い髪。そして今は迫力を増している、鋭い緑光を宿した瞳などがそうだ。
辺りが暗いことと、ゆったりとした黒マントを纏っているため服装は不明確だが、帯剣していることは分かる。
そんな彼の名は「クロード・ヴェルクス」。この国の一将軍だ。
彼はお世辞にも真面目とは言えない性格だが、民からの信頼はかなり厚い。
その理由は2つある。
1つ目は彼の部隊は戦で必ず毎回大きな戦功を上げることだ。彼がこの将軍の地位にいるのも積み重ねてきた武勲や知略に秀でていることなど、様々な功績のためだ。
そしてもう1つの理由、それは王にある。
即位して日が浅い現王は『超』が3つはつく力不足(クロード達は無能と呼ぶ)なため、将軍達は王がするべき仕事の一部を担っている。
彼らが今でもこの国を見捨てていないのは先王のおかげだ。彼らがここに残っているのは、先王の厚い信頼を受けていて、今もなお忠誠心を失っていないからだ。だから彼らは王というよりは国に仕えているのだ。
つい先日もある出来事が起こった。
大国である隣国がこの国に侵攻してきたのだ。牽制のつもりだったのか、攻撃されはしなかったが、例の無能は文字通り震え上がり、一兵卒までもが呆れたものだ。
攻撃されたのならともかく、まだ何の被害も受けていないのに。
王の心中を鏡に映したかのように国内も少し慌ただしい。逃げ出す民が少ないながらもいるようだ。
クロードが不機嫌な理由はまさにここにある。無能はこの混乱を鎮めることができず、将軍達は幾度となく王の職務に駆り出されている。
今もその政務を追えたところだ。
そして今、彼は自室に戻る最中なのである。何か美味いものでも食べて寝るか、などと思いつつ。
……と、背中に悪寒のようなものが突き抜け、彼は立ち止まった。
(これは……、殺気?)
自然と手が背中の剣へと伸びる。いつでも抜剣できる体制になった。
廊下に設置されていた蝋燭の炎が一瞬揺らめき、全て消えた。
周りを見回すが、目に入るのはただ一色のみ。漆黒の闇に包まれたこの場所にやがて一筋の月光が差し込んだ。
そして、来た。