未来光
誰かに反射して 未来光 が向かい側の青年に照射された。
本来なら僕が浴びるはずだった未来光。
しかし照射された相手はライバルの中崎武。
彼とは今夏インターハイ予選のレギュラーポジションを争っている。
彼と僕の技術、練習量、結果、監督や周囲の評価は平行していた。
そのためレギュラーの発表当日まで、その結果は誰にも予想がつかなかった。
未来光<ミライコウ>は希望する未来に導く光線。
僕は半年前、その光を初めて目の当たりにした。
この時も、未来光の照射先は僕か中崎武だった。
加えて僕と彼は共通の未来を希望していた。
ただ、その希望はレギュラーポジションではなく、一人の女性に愛されることだった。
その女性は桐原遥、所属する野球部のマネージャーを任されていた。
当時から、僕と中崎武は仲が悪かった。
ポジション争いもその原因の一つであったが、僕と中崎武は性格まで似すぎていた。
具体的に言えば、僕も中崎武も人より無愛想であり、そして繊細だった。
だから、お互い鏡を見ているようで、悪い印象ばかり与えてしまうのだ。
マネージャーである桐原遥にとって、この一件を解消することは、ある意味仕事だった。
彼女は僕と中崎武の関係を察して、同じように接することを常に心がけていた。
それは16歳の少女にとって決して簡単なことではなかった、しかし彼女は律儀に守り続けた。
けれども僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
もちろん彼女の努力を無視している訳ではない。
むしろ抜け目がなく、しっかりとした性格に惹かれていたくらいだ。
だからこそ、僕と中崎武に対する彼女の態度が憎かった。
中崎武より彼女と接したい、喋りたい、一緒にいたい…その気持ちは何時しか恋心に変わっていた。
当然のごとく、僕の鏡として存在する中崎武も同じ気持ちだった。
滅多に笑おうとしない中崎武も彼女の前だと静かにハニかんでみせた、それは僕も同じだった。
気づけば、彼女をめぐる僕と中崎武の争いは始まっていた。
一分一秒でも多く彼女と接し自分を愛してくれるよう僕らは争った。
そして遂に中崎武が桐原遥に告白したという噂を知ると、僕は居ても立ってもいられず彼女に告白した。
結果は同じく『NO』だった、当然のことだ。
マネージャーという立場がある以上、僕と中崎武の関係がある以上、それ以外有り得ない。
たとえ桐原遥が好意を寄せていたとしても、どちらか一方に『YES』と言えるはずがないのだ。
そんなことはわかっていた、しかし僕の奥底にある感情が愛を強く求め憎悪を強く訴え続けた。
中崎武よりも強く求め強く訴え続けた。
…強く!
…強く!!
…強く!!!
深夜に降った大雨が止んで、嘘のように晴れた休日。
照りつける太陽の下で、野球部は総員でグラウンドの整備を行っていた。
僕はそのとき未来光を初めて見た。
一直線上に伸びた光の先には、僕と中崎武のポジションがあった。
この瞬間、そこにいたのは”僕”だった。
僕は強い日射に打たれ、頭から倒れていた。
保健室で目を覚ました、驚くほどに体調は良かった。
ベット横の椅子には桐原遥が静かに座っていた。
彼女は僕を見ると驚いた顔をして、そのままキスをした。
僕はもっと驚いた顔をして、彼女を見た。
彼女は泣いていた、きっと僕らの告白を拒否したことに対して、責任を感じていたのだろう。
僕は彼女を守っていくことを決意した、それは同時に勝利を意味していた。
一方、敗北は心を傷つけ成長させた。
中崎武は僕と桐原遥が付き合い始めたことを知ると、今まで以上に、野球に打ち込んでいた。
そしてバランスは崩壊する。
桐原遥と幸せな日々を送る僕と野球に打ち込み春のレギュラーを獲得した中崎武。
以前とは全く違う僕と中崎武。
これで良かった、これで良かったはずなのに、
僕はもう一つの方も彼から奪おうとしていた。
部活後、一人はなれにある部室でキャッチャーミットを磨く中崎武、僕は彼のその習慣を知っていた。
僕は暗がりの中、周囲を警戒して部室へと入った。
部室は棚に囲まれていて、棚にはボールやバットが整理されずに散乱していた。
僕は勢いをつけて棚を床に転倒させようとした、その先にいる中崎武に向かって。
しかしその瞬間、僕の横を風のように桐原遥が通った。
悲劇は起こった。
桐原遥は中崎武を覆いかぶさる形で庇っていたのだ。
転倒した棚、バットに潰され血を流す桐原遥、その下でうつ伏せになる中崎武、静止したままの僕。
中崎武は棚を元の位置に戻すと、散らかったバットを持って狂乱し僕に迫った。
桐原遥は叫んだ。
「やめて!お願いだからやめて!!」
それは力強い鳴き声のようだった。
彼女は何度も何度も壊れたロボットのように喚き繰り返した。
僕は何度も何度も謝り続けた、桐原遥に対して、そして中崎武に対して。
中崎武は怒りと悲しみ、向かう所のない感情を抑えながら震えていた。
「私二人が仲良くしてくれたら、ただそれだけで良かった、
だからもう二度とこんな思いさせないで、お願い、お願い、お願い…!」
桐原遥は『お願い』を繰り返した、彼女は自身に与えられた使命を真っ当していた。
僕は後悔に埋もれ泣き崩れた、彼女と違う情けない鳴き声だった。
中崎武は息を飲み。両手を僕の肩と彼女の肩に乗せた。
僕の背中に一粒の水滴が当たった。
この事件は桐原遥によって事故に変わった。
ただ彼女は全身を打撲、右膝を骨折していた。
中崎武も右肘を強く打撲していた。
やがて桐原遥はマネージャーを辞任した。
僕と中崎武のバランス、決して崩れることのなかった平行。
それを壊してしまったことに対する責任を感じていたのかもしれない。
その後の僕は、彼女と別れ、真っ向から野球に取り組んでいた。
怪我から復帰した中崎武も同じだった。
僕と彼は元の平行な関係に戻りつつあった。
しかし現実はシーソーゲームだ。
レギュラーポジションの椅子に座るのはただ一人であり、バランスは崩される。
だからこそ争い成長していく、僕と中崎武はともに強くなっていく、そしてまた平行に成るんだ。
今ならそれは素晴らしいことだと思える。
未来光、僕の希望であった彼女の愛がそれを教えてくれた。
そして半年ぶりに現れた未来光は誰かに反射して中崎武に照射された。
もし桐原遥に当たって反射したのならば「せつない」、でも、とっても彼女らしい。
だって僕は中崎武を心から応援するに違いないから、それは彼女が希望した未来なのだから。
未来光は希望する未来に導く光、ですが結果的に主人公のエゴで、未来は絶望と化すのです。しかし、最終的には、彼が希望した彼女の愛によって、主人公は救われたのです。真なる心を持つ人間に未来光が照射されることを願います。