うとまれ王女は「なんで小娘の世話なんか」と超不満そうな不遜MAX騎士に忠誠を誓わせます
オーレリア王国。第一王女の執務室。
優雅なたたずまいで紅茶を飲みながら、第一王女・アナスタシアは目の前の男に視線を送る。
艶やかな黒髪に燃えるような赤い瞳、整った顔立ちと圧倒的なプロポーションを持つその男は、ただそこにいるだけで異様な存在感を放っていた。
「ご紹介いたします。本日よりアナスタシア様の護衛騎士に任命されたレンダオです。」
アナスタシアの側に控える品のいい老執事が男を丁寧に紹介した。
「…………」
しかし、その男・レンダオはアナスタシアと目を合わせることもなく、崩れた姿勢を正すこともなく、そっぽを向いたまま無言を貫く。
——これがアナスタシア第一王女と後の王国最強の護衛騎士・レンダオの最悪な出会いだった。
***
主人に対して、失礼極まりない態度のレンダオ。しかしアナスタシアは動じない。
アナスタシア・ヴィ・オーレリアは第一王女でありながら、“うとまれ王女”と噂され虐げられていた。
王位継承権第一位のアナスタシアを排除したい義母が、権力を握るために散々な嫌がらせをしたのだ。その結果、王宮のほとんどから疎まれ、不躾な対応をされることは日常茶飯事になっていた。
けれど、護衛騎士となると話は別である。義母から常に狙われるアナスタシアはちゃんと守ってもらわねばならない。だからどうにかして信頼関係を築き上げる必要がある。
「はじめまして、レンダオ。その不遜な態度を一切隠そうとしない姿、気に入ったわ。」
ティーカップを置き、レンダオに向き直ったアナスタシアは美しい微笑みを浮かべて優しく語りかける。そのまま、流れるように立ち上がり、レンダオの近くへと歩いていく。
次の瞬間。
「だけど私が主。主人には礼儀を尽くし、敬語を使うものよ」
アナスタシアはレンダオの胸ぐらを掴んで引き寄せる。一切表情を崩さず、あくまで優雅に。
無理矢理にでも目線を合わせてにこやかに見つめる姿は、表情と言動が全く噛み合わず異様な威圧感がある。想定外のアナスタシアの行動に、レンダオも圧倒されて動けないでいた。
初めてレンダオと目が合ったアナスタシアは驚きで固まっている彼をいいことにまじまじとレンダオを見つめる。水分を多く含んだ大きな瞳に長く厚みのあるまつ毛。不満げな表情とは裏腹にタレ目が思いのほか人懐っこくみえる。
容姿も整っているから彼は余計目の敵にされるのかしら、とアナスタシアはのんきに考える。
“実力は飛び抜けているものの、平民出身で差別され、本人も協調性皆無の問題児”レンダオは聞いていた噂と違わぬ態度だった。
(生きのいいのを連れてきてと言ったけれど、本当に元気が有り余ってるのをよこしてきたようね。)
にこにこと楽しそうに笑っているアナスタシア。
「お離しください。アナスタシア第一王女は騎士に手を出す趣味がおありで?」
すると平静を取り戻したらしいレンダオがアナスタシアを睨みながら嫌みたらしく告げる。どうやら敬語は使えるみたいだ。
「あら、ごめんなさいね。あなた、ちゃんと喋れたのね」
ふふ、と静かにレンダオの拘束を解くと胸元に寄ったシワを丁寧に伸ばすアナスタシア。
「厄介者同士、よろしくね」
明らかに警戒した表情を向けるレンダオに、威嚇する動物みたいと面白くなるアナスタシアであった。
***
レンダオとアナスタシアが出会う少し前。
「どうして俺が温室育ちのお嬢様の護衛なんかしなきゃならないんですか!」
第三騎士団の執務室にはレンダオの怒りに満ちた声が響き渡っていた。
その日は新配属の任命が下される日だった。レンダオは先日、多大な活躍で隣国との戦いを鎮め大出世が期待されていた。
しかし、実際に下された辞令は“第一王女の護衛”。
平和ボケのようなその任務にレンダオは烈火のごとく反抗するのだった。
「お前なぁ。そんなに血の気が多くてどうするよ」
“出世したいのに小娘の護衛なんかを任されて超不満”という感情が全面的に滲み出ているレンダオを、やれやれと呆れながらなだめるのはクローゼスト第三騎士団長。彼はレンダオを平民からスカウトした本人であり、レンダオが信頼する数少ない人物でもある。
「血の気の問題ではありません。これは正当な抗議です!」
平民出身のレンダオが何かと不遇なのは事実である。
しかし、この命令は平民差別から来たものではないと団長は知っている。
「ともかく、これは上からの命令だ。拒否権はない」
「はっ。貴族どもは俺の実力が怖いんだろ。だから王女の護衛なんて、腕が鈍るわ功績は上げられない仕事をさせて出世の遠回りさせたいんだな。あいつら権力だけで実力がないもんな」
「まぁとりあえず行ってこい。第一王女様はお前にとっても勉強になるぞ」
「この国の王女も王子も自分勝手で民から税を巻き上げることしか考えてないろくでなしばっかだろ。何でそんな奴の護衛なんか……」
「いいから行ってこい! くれぐれも失礼のないように。いいな!」
というやり取りをした直後に非礼を働き、クローゼストに大目玉を食らうレンダオであった。
***
翌日。クローゼストにしこたま絞られて、レンダオは真面目にアナスタシアの元へ向かう。
しかし、タダで任務にあたるのも腹立たしいので、早朝に起こして甘やかされた王女様にぎゃふんと言わせようと何ともしょうもないことを考えていた。不当な配属への完全な八つ当たりである。
しかし、到着した矢先にその企みは砕かれる。
「待ちくたびれたわよ」
既に準備を整えた王女が待ち構えていた。
黄金に輝くブロンドヘアに白く透き通る肌、翡翠のアーモンドアイが印象的な麗しい少女。差し込む朝日に照らされて、彫刻のような顔立ちをより神秘的に見せていた。
「……今5時だぞ? 朝の修練すら5時半からなのに」
「そう。もう5時ね。9時の始業まであと4時間。それまでに確認事項は全て戻しておかないと、みなさんの業務に支障が出るでしょう?」
「ほらいくわよ。執務室での護衛があなたの今日の仕事です」
淡々と告げるアナスタシアに引っ張られ、さっそく業務に連れていかれるレンダオだった。
アナスタシアは5時過ぎに執務室に入って、16時まで席を立つこともせずただひたすら書類に目を通した。
時折、メイドに資料を持ってこさせたりしているが一息つく暇もない。
そして16時、やっと席を立ったと思ったら
「今から会議にいくからついてきてちょうだい」
そこからは会議、会議、会議。
全ての業務が終わったのが21時だった。
もちろんその間、食事をとっている様子もない。
まさしく激務。並外れた体力があるレンダオではあるが、それでも大変さは理解した。
おそらく、一介の王女がこなす業務量ではない。
「……レンダオ、食事は召し上がった?」
「あんたが食べてないのに俺が食べるわけないだろ」
「気づかずごめんなさいね。明日からは私を気にせず食事して」
「食事をとっている間に襲われたらどうすんですか」
「それもそうね……。では私の横で食べる?」
「なんでそうなるんすか。あんたも食事はしてください」
少しずれているアナスタシアに気が抜ける。少なくとも、レンダオが今までで出会って来た貴族たちとは違うということがわかった。
「……あら、昨日はあんな態度だったのに主人をさっそく気遣ってくれるの?」
「倒れられたら俺の仕事が増えるんでね」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、心配してくれているのが垣間見える。その不器用な優しさにアナスタシアは嬉しくなる。
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
ふわりと笑みを浮かべるアナスタシア。
昨日とは違う、柔らかい笑顔にレンダオは少し目を見開くも、すぐにふい、と逸らすのだった。
「……! おい王女サマ。少し下がって」
そんな穏やかな会話がなされた直後、突然レンダオが声色を変えて剣に手をかけた。
そうしてほどなく、侵入者がふたりを目掛けて襲い掛かってきた。
相手は5人、こちらは1人。明らかに分が悪い状況にアナスタシアは退路の指示を出す。
「10メートル後ろに使用人用の隠し通路があります。何とか凌いてそこへ……」
アナスタシアの命令も聞かず、レンダオは走り出していた。
そこからは一瞬だった。レンダオが最小限の動きで次々と倒していく。声を上げる隙もあたえず、流れるような剣捌きであっという間に制圧した。
レンダオは剣を一振りして血を払い、静かに鞘に戻す。その一連の動きすら美しい。
普段の印象とは異なり、彼の静かで洗練された戦い方にアナスタシアは見惚れていた。
「……あなた、本当に強いのね」
「能天気だな。激務に刺客に、あんたも気が休まらないな」
「そうね。でもあなたが守ってくれるんでしょう?」
「そうだな。じゃあ別に問題ないな」
そうして、やっと初日の護衛が終わるのだった。
***
それからも王女の激務は続いた。
ただ、レンダオが来てから変わったことが一つ。
王女が食事をとるようになった。
血の気の引いた青白い顔色をしていた王女も、レンダオがいることでしっかりと食事と休息が取れるようになり血色を取り戻していた。
そんなある日の夜。
「今日はもうさがっていいわ」
いつもより早くアナスタシアから解散が告げられた。
ならば久々に団長に鍛錬をつけてもらおうと歩いていたレンダオ。
その途中、声を荒げる男の声が聞こえた。
レンダオと別れてから、アナスタシアは第一王子・ローランドと対面していた。
彼は義母がアナスタシアを蹴落として即位させたい王子である。甘やかされて横暴に育った。
「アナスタシア。俺の公費を削るなんてどういうつもりだ」
不満と威圧感たっぷりな言い方でアナスタシアを問い詰める。
「ごめんなさい、今年は不作でどこも厳しいの」
「言い訳するな。お前が無能だからだろうが!」
ローランドは怒りだすと手が付けられない。今日もきっと止まらない。けれど彼の贅沢にしか使われない公費を増やすわけにはいかないので、アナスタシアは覚悟を決めて耐える。
「居場所のないお前に仕事を与えてやってるんだ。しっかり働けこのグズが」
近くにあった花瓶の水を思い切りかけられる。
ぽたり、ぽたりと水が滴り、妙な色気が漂うアナスタシア。
身体に沿うデザインのドレスだったのもあり、余計に女性らしい曲線が露わになって目に毒である。
そんなアナスタシアを見て、ローランドの目の色が変わる。
「ッ……。はは……。それとも身体で支払うか?」
アナスタシアに無遠慮に近づくローランド。
そのままゆっくりと首筋をなぞられる。アナスタシアはこの時間が早く終わることを祈りながらぎゅっと目を閉じてただただ耐える。
ローランドの手が鎖骨を通り、胸に差し掛かろうとしたその時。
バシッと音がして、ローランドの手が払いのけられた。
「っ……!」
目を開けると、レンダオがローランドとアナスタシアの間に入っていた。
自分を守る後ろ姿に、アナスタシアは不意に泣きそうになった。
「なんだ貴様!」
「すみません、アナスタシア様に近づく刺客かと思いまして」
「なっ。俺は第一王子だぞ!」
「絞め殺すのかもしれない可能性があったため、払わせていただきました。」
レンダオの殺気立った鋭い視線に、ローランドもたじろぐ。
これでも、国一番の実力者なのだ。彼に本気で殺意をぶつけられたら誰でも恐怖に怯えてしまう。
「くそっ。今日は帰るがちゃんとしろよ。アナスタシア」
「アナスタシア様は無能ではありません。それが理解できないあなたこそ無能なのでは?」
なぜかいつもに増して苛立っている様子のレンダオにアナスタシアは少し驚く。しかし、これ以上無礼を重ねると横暴なこの男がレンダオに何をするかわからない。
「なんだとこの畜生が!」
ヒートアップしそうなふたりに割り込み、アナスタシアは頭を下げる。
「うちの従者が失礼いたしました。」
「その駄犬も躾ておけよ!」
捨て台詞を吐きながらローランドは去っていくのであった。
ローランドを見送って、アナスタシアはレンダオに向き直る。
「嫌なものを見せてごめんなさいね。助けてくれてありがとう」
「……なんであんたが謝るんだよ。それにあいつになんで言い返さないんだよ」
なぜか怒っているレンダオをアナスタシアはなだめる。
「だって意味がないもの」
「ここでは私が何を言い返しても意味がない。彼らの思い通りにならないと正しくないの」
アナスタシアの諦めた表情に、レンダオはなぜか悔しくなって感情的になってしまう。
「……それでも、あんたがあんな風に言われていい理由にはならない!」
「……っ」
レンダオの言葉をアナスタシアは噛みしめる。自分のために、こんなに怒ってくれる人間がまだいるのかと嬉しい。
「……ありがとう。あなたのその気持ちだけで十分よ」
レンダオが助けに来てくれた時、アナスタシアは不意に泣きそうになっていた。
今まで、刺客から守る騎士はいても、権力から、王子から守ってくれる騎士はいなかった。
嫌悪感を我慢して触られるのに慣れてもいた。だけど、それを助けようとしてくれたことが何よりもうれしかったのだ。
アナスタシアはそれだけで本当に十分だった。
あまり響いてない様子のアナスタシアに不満げなレンダオ。
「びしょ濡れね。着替えなきゃ。戻りましょう」
そういって何事もなかったかのように歩き出す。
すると、レンダオは突然アナスタシアを抱きかかえる。
「ちょっと!?」
「よーくわかった。あんたは俺の話も心配も聞かない」
「あんたは優しいから、従っていたらまたこんな風に傷つけられるかもしれない。だから俺は勝手に動かせてもらう」
そう言ってずんずん歩き始めるレンダオ。彼の剣幕にアナスタシアは抵抗できない。
「あんたを傷つけようとするもの、それをあんたが許したとしても俺は許さない」
「……何よそれ……」
優しいのは人のために怒れるあなたでしょう。そう思うアナスタシアだが大人しくレンダオに身を任せるのだった。
***
「レンダオ、少しいいかしら」
お礼もしたいから、お茶もどうぞ、とアナスタシアにおもてなしを受け、ふたりは座って向かい合う。
出会ったときと同じ優雅な所作でティーカップを置いてアナスタシアは静かに話し出す。
「私は何よりもこの国の民が大事なの。今日少しわかったと思うけれど…彼らに実権が渡ってしまったら横暴な圧制で民が苦しむわ。それだけは避けなくてはいけない。だから、どうしても生き残る必要がある」
「……それであなたを護衛騎士に任命したの。クローゼスト団長にお願いして、腕のいい信頼できる騎士を私に貸してほしいと」
アナスタシアから告げられた配属の真実。
貴族の嫌がらせと思っていたが、そうではなかったらしい。
「ごめんなさい。あなたのやりたいことを妨げてしまって。けれどどうかお願いよ。もう少しだけ私を守って」
アナスタシアは美しくお辞儀をした。王族がただの騎士に頭を下げるなんてありえない。レンダオでもわかる常識を覆してきた王女にレンダオはまたも圧倒されている。
「隣国と秘密裏に同盟を結ぶ交渉を進めているの。正式に結ばれたら相互に監視体制ができて腐敗した王政が正される。それまでの期間でいい、私を守ってほしい」
「……なんだよ。俺の評価真っ当じゃねえか。」
短い間だが、彼女の献身を見てレンダオはアナスタシアを信頼し始めていた。だから必要とされることが嬉しい。
それに、国のためなら自分の命すら投げ出しそうな彼女を見ておかなければとも思った。
「あぁ。そうだ。俺は国一番の実力を持った騎士。その俺が守るんだ。絶対にアナスタシア様は死なせない」
レンダオはおもむろに膝をつき、アナスタシアの手にキスを落とす。
「アナスタシア様、全てを賭けてお守りいたします」
真剣なまなざしでアナスタシアを見つめ、騎士の誓いを交わす。
突然の行動に驚くも、アナスタシアはすぐに微笑んでレンダオを見つめ返す。
「えぇ。あなたは私の最強の騎士です。頼みましたよ」
こうして、最強の騎士と王女の絆は固く結ばれたのであった。
お読みいただきありがとうございました。
生意気な騎士が王女にわからせられて忠誠を誓う話が見たいと思い書き始めました。
順調に惚れ込んで絆を結んでいくレンダオとアナスタシアを書けて楽しかったです。
アナスタシアが好きな方はここで止まってくださいませ。またどこかでお会いできるととても嬉しいです。
※ここから先は業が深い方のみお読みください。※
書いているうちに、忠誠を誓ったこの男が愛する主を守れなかった姿を見たくなって制作したのが、本作の続編となる中編連載「死にたがりの騎士を救う方法〜身代わり王女は護衛騎士の最愛を目指す〜」です。
本編自体はハッピーエンドですが、このお話の続きとして読むと一部バッドエンドですのでお気をつけください。
気になってくださった方はぜひこちらも読んでいただけると幸いです。




