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コトノハを奏でて  作者: 氷河期のやもめ
1/2

本と少女 ①

朝の日差しはもうだいぶ強くて、坂道のアスファルトがじわりと照り返してくる。


小高い丘の中腹にある、私立咲森高校。

はっきり言って、こんな所に学校を建てるのはバカじゃなかろうか? 麓からの一本道は、登れば登るほど息が切れるし、自転車でもけっこうつらい。とくに、あたしのような遅刻ギリギリの時間に、その坂を駆け上がる人にとっては尚更だ。


崩れた制服のリボンを直すヒマもなく、年頃の女子にあるまじき、ガチ必死の形相で立ち漕ぎを繰り出す。スカートの裾が汗でまとわりつくのがなんとも気持ち悪い。


朝から何やってんのあたし、と思いつつ、けどどこかで「まあ今日は何とかなるでしょ」と楽観している自分もいた。


すると坂の途中、前を歩いている男子生徒が目に入った。ズボンの裾をたくしあげ、野球帽を後ろ向きに被っている。少し昭和みを感じる見た目だけど、妙に似合っていた。


彼は自転車を押していた。しかも、歩くスピードがやけに遅い。近づいて見てみると、後輪がぺしゃんこにつぶれているのが分かった。


自転車を降り、近寄ってみる。

「どうしたん?」と声をかけると、彼はちょっと驚いたように振り返った。


「見ての通りさ。間に合わないな、これじゃ」


聞けば、近くのグランドで毎日朝の自主練をギリギリまでやってから登校しているらしい。いや青春かよ。


「ウチ、親が勉強にうるさくてさ、無遅刻無欠席を条件に部活やらせてもらってんだ」


皆勤と甲子園の夢は入学2ヶ月で終わりかぁ、と肩を落としている。その姿に、あたしは生来のおせっかい魂のスイッチが入った。


「じゃあさ、あたしの自転車使っていいよ」


「え?」


「あたし、遅刻常習犯だからさ。今さら一回や二回増えても誤差だし」


ドン引きするくらいの自虐に、彼は戸惑ったように笑って、「いや、それはちょっと……」と遠慮した。そこであたしは交換条件を出した。


「購買のチーズメンチパン、あとでお昼に買ってきて。それでチャラ!ってことで、どう?」


「ああ……あれ、すぐ売り切れるやつか」


「うん。頼むよ、ほら!」


あたしは自分の自転車のカゴに入ったカバンを取り出し、彼にハンドルを押しつけた。ほらほらと強引に勧めると、意を決したようにまたがり、


「すまん、恩に着る」


と申し訳なさそうに言った。そして、彼が漕ぎ出すと後ろ姿に向かってあたしは叫んだ。


「あたし、一年二組の織付(おりつき)ミズキ! お昼にメンチパン、忘れないでよー!」


高身長の彼に似合わない小さな自転車が、小刻みに揺れながら進んでいく。彼が笑いながら手を振ったのを見届けて、あたしはようやく現実に立ち返った。


やれやれ。これで今週三回目の遅刻、確定だ。まあ、三回目って言っても、週明けから今日でまだ水曜日。……いやぁ、我ながらなかなかのハイペースだな。


ま、しゃーないかと歩き始めて、ふと思い出したのは生活指導の大塚先生の声だった。


――「織付、次遅刻したら親呼び出しだからな!」


(あちゃー……ママごめーん)


あたしはリュックの紐を引き直し、ぺしゃんこタイヤの自転車と共に坂を登って行った。


遠くで予鈴の音が聞こえる。空はやたらと青くて、初夏の匂いがしていた。なんだか少し、気分は悪くなかった。

毎週木曜日更新予定です

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