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それはセオが十七歳になった頃だった。
微笑みながら有無を言わさず、私の左薬指に指輪を嵌めてきた。
一目見て高価だとわかる繊細な金細工、中央にはアクアマリンが美しく煌めいている。
私の色です、と言ってその指輪に口付けを落としながらセオはこちらの様子を伺う。
「この指輪、指につけてる感覚がないんだけど?」
「それには特別な魔法が付与してありますので。
ティアに負担はかけません」
「でも……こんな高価な物……」
「外しては駄目ですよ。ティア、わかりましたか?」
「──わかったよ」
「これは私からの誓いの指輪です。ティアに受け取っていただけてすごく嬉しいです」
勝手に指輪をつけといて何を言っているんだか。
これで断ればどうなることか。
誓いの指輪は結婚したいと思った相手に、自分の色を纏った指輪を贈り合う。
セオが私への執着が激しいのはわかっているが、いきなり指輪を贈られるとは思ってなかった。
過去にはもう少し他の令嬢にも目を向けてみたら?
と提案もした。
そうしたら「ティア以外の年頃の令嬢をすべて排除すればよろしいですか?」なんて答えが返ってきて、慌てて「私だけ見てろ!」と叫んでしまった。
……その時のセオの顔。
一日中ご機嫌で、ずっとベタベタと私にくっつき、鬱陶しいったらない。
もう悟ってはいるんだ。
セオの手綱は私が握らないといけないらしい。
「なら私もセオに指輪を送った方がいいよね?誓いの指輪は互いの色を贈り合うんだっけ?」
「っ……」
────あ。
久しぶりに見た。その顔。
私の好きなアクアマリンの瞳が揺れて……。
……なんだ、私の天使は何も変わってないな。
「セオ……指輪、欲しくない?」
セオの左手の薬指を指先で撫でる。
びくりと過剰に反応しているセオが愛おしく感じてしまう私も、とっくにおかしいのだろう。
「──欲しいに決まっていますっ……!」
・・・
じっと自分の左薬指にはまっている指輪を見つめる。
アクアマリンの石はセオの瞳とよく似た色だ。
重さは全く感じなくて、つけている感覚すらない。
私には魔力がないから魔法は扱えないが、この指輪に付与されている魔法は相当凄いものなのだろう。
「お嬢様、そろそろ湯浴みをいたしましょうか」
「うん、わかった」
(風呂に入るなら指輪は取るべきか……)
そっと指輪を取ろうとするが──
……抜けない……?
回そうとしたり、ぐっと力を入れてみるが、指輪はびくともしない。
まるで指と一体化してるような。
(……呪いのアイテムか)
翌朝、私は叩き起こされた。
「おはようございます、ティア」
早朝、セオが我が家の応接室に来ていた。
まだ朝の六時を少し過ぎた辺りだ。
「こんな朝早く、どうしたのかな?」
「ええ、少し大事な話をしたくて……」
いつも通り微笑んでいるのに目の奥はちっとも笑っていない。
──これは嫌な予感がする。
セオは魔法を使い、一瞬で姿を消したかと思えば、
次の瞬間には私の目の前に立っていた。
「左手を」
「……手?」
差し出した左手に、セオの手が重なる。
指輪を確かめるように、優しく、けれど逃さないといった動きでセオの指が這っていく。
「──ティア。昨日の夜、この指輪を外そうとしましたか?」
どうして指輪を外そうとしたことがセオに伝わっているんだろうか……?
背中に冷たいものが伝うのを感じながら、私は答えに詰まった。
「何故外そうとしたんですか?重かったり、痛かったのでしょうか?それとも指輪が不快でしたか?」
「──────たんだ……」
「ティア?今、なんと──」
「だからっ、風呂に入ろうとしたんだ!その時に指輪を傷付けたら悪いと思ったんだよっ!」
その後、私はセオに平謝りされた。
しかも恥ずかしいことを言わせて申し訳ないと、どこか嬉しそうに。
「私はティアのことなら……何でも知っていたいんです」
そう微笑んで窓を開け、朝陽を浴びるセオ。
それ以上、指輪について語られることはなく、今日は一緒に朝食を食べましょうと言われて話は終わってしまった。
(またうまく話を逸らされたな)
──私も馬鹿ではない。
まあ、セオのことだから指輪になにか魔法で細工しているのは間違いないだろう。
これからもセオには、私が何も気付いていない、愚かな女だと思っていてほしい。
・・・
「こんなものかな……?」
「うむ、初めてにしちゃなかなか良い出来ではないか?白銀が見事な指輪に仕上がったな、セレス」
「もう少しこのペリドットをしっかり固定したい」
「なら、この工具で台座を押さえながら宝石を固定しろ。一定方向に力をかけるなよ?せっかくの宝石が割れちまう」
「────わかった」
今日は領地内にある知り合いの工房に来ていた。
目的はセオに手作りの指輪を贈るためなんだけど。
「殿下!気が散るから向こうで待っててください!」
「ティア、私のことは空気とでも思ってください」
何でセオがこの工房にいるんだ。
呼んだ覚えは一切無い。
私が工房に行ったら、職人達に紛れて当然のような顔で一緒にお茶を飲んでるし。
私が指輪を作ることも全て把握してるし。
(……絶対この工房内に内通者がいるな。誰だよ、セオに情報を流したのは……)
セオにサプライズ等をするのは、とりあえず無理っぽいと私は今回の件で、静かに察した。
「ああ、もう。ティアが私のために手作りの指輪を作ると知って……私もそうすればよかったと恥じるばかりです!」
「……あっそう」
セオは悔しそうにしてはいるが、嬉しくて嬉しくて仕方がないらしい。
珍しく口元がずっと緩んで、それは幸せそうだ。
もう何も言うまい。
ここにいることだって、どうせ問い詰めてもこの男は絶対に答えないし、はぐらかすのだから。
二人きりの空間の中、私は騎士がお姫様に忠誠を誓うかのようにセオの前へ跪く。
そのままセオの左手を手に取り、薬指に唇を寄せた。
「セオ、今まで言葉に出して言ったことがなかったね。不誠実だった……許してほしい」
「──ティア?」
「私はセオがちゃんと好きだよ。いつも私を守ってくれていて、ありがとう。この指輪を君に受け取って欲しいんだ」
セオがびしりと固まる。
ああ、本当に愛らしいことです。
「セオ、指輪を受け取ってくれるよね?」
「──っどうしてそんなに……ティアはかっこいいんですかっ……!?私だってっ……もっと貴方にスマートに指輪を渡したかったのにっ!」
そこにいつもの余裕は一切なく、普通の17歳らしい男の子が真っ赤になって嘆いている姿を見た。
「あはは、私だって君を知りたいし、守りたいんだよ?完璧なんて演じなくても大丈夫だから。私だけにはそんなセオの素を見せてよ?絶対、嫌いになんてならないからさ」
「これではどっちが王子だかわからないじゃないですかっ!」
指輪を嵌めてあげるとセオはアクアマリンの瞳の中にキレイな涙を浮かべていた。
確かに、これではセオの言った通り、本当にどっちが乙女だかわからないと苦笑する。
セオは幸せそうに目を細めて、何度も何度も私が作った指輪を嬉しそうに見つめている。
その姿を見ていたら、胸が少しあたたかくなった。
「セオ、少し屈んでくれる?」
「──?」
セオの顔にそっと近付く。
ほんの一瞬、互いの呼吸が触れ合って──
あの日以来、私達は久しぶりのキスをした。




