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 当初から私が計画していた予定は、随分と狂った。

 正直言って、全く違う方向へと進んだ。

 駒が私の思い通りに動かないと、こんなにも不快で面白くないものになるとは思わなかった。


 元凶でもある目の前のこの男は、今日も澄ました顔で私の元へとやってきた。


「ティア、ここにいたんですね。今日も貴方に会えて、とても嬉しいです」


 あの茶会から既に四年が経っていた。

 幼かった天使は、それはそれは素晴らしい美男子へと成長していた。

 十六歳になったセオは壮絶な色気を纏い、年齢を問わず人気の、まさに理想の王子様だ。


「──やあ、セオ。よくここがわかったね?」

「はい。ティアの行く所なら、大体は把握しております」

「こんな誰もいない町外れの湖に、私は来たことすらないんだけどな?」


 セオはそれ以上、何も言わず、柔らかく微笑んで私の隣に座った。


 追跡するような魔法をこっちにかけているのだろうが、セオに聞いても答えず、魔法が得意な知り合いに聞いても解析不可と首を横に振られてわからなかった。


 どこにいても私を追いかけてくるセオに呆れつつもどこか憎めなく、絆されている。


 セオは若くして魔術師団長まで上り詰めた。

 魔法の才能は卓越しており、セオには誰も敵わない。

 全てにおいて優秀で、非の打ち所がない。


 ──本当に厄介なことだ。


「剣の手入れをなさってたんですね」

「もうあまり出番は無いけどね……静かなとこでやりたくて」

「では、終わった後、ティアのレイピアに私の魔法を付与させてくださいね?」

「過剰にいろいろ付与するのはやめてくれるかな?この前なんて切ったものが凍ったんだけど?」


 セオを睨んでも、嬉しそうに微笑むだけ。

 都合が悪いと、いつもこうだ。


「ティア、私の剣も一緒に手入れしてもらえますか?」


 セオがスッと手のひらを広げれば何も無い空間から装飾が美しい銀のロングソードが現れる。


「セオ……それは自分で──」

「ティアが私の剣を、真剣に扱う姿を見るのが好きなんです」


 セオは剣も得意だったようで、今では王都の騎士団長でもある第二王子のリュミエール殿下よりも剣の才があるのではないかと思う。


 頭も良く、次期国王に相応しいのは彼だと持ち上げられて騒がれていたりもするが、本人は兄達を支えたいと玉座にまるで興味が無い。


 それどころかこんな辺境に、魔法で毎日飛んで来ては私に構う。

 私の可愛かった天使は、いつの間にか私を振り回す男になってしまっていた。


(もう全然可愛くない……)


 あの当時、幼かったセオを味方に付けて私は自分の夢を叶えたかった。

 女でも剣を持ち、騎士になりたかった私はセオをうまく使ってその夢を叶えるつもりでいた。


 法を変えさせて女が剣を持つ事が出来るように。

 大切な誰かを女の私でも守れるように。

 父や兄達を黙らせたかった。


 夢を叶えるための次なる行動を考えている間に、セオは外堀を全て埋めてきた。

 結界を張って領地を守り、戦う必要がなくなった我が家に新たな仕事を持ってきた。


 セオの結界がある限り領地は平和そのものだ。

 そのため新たな移住者が増え、小さな町がいくつかできた。

 管理はオニール辺境伯家が担うことになり、兄達もセオの推薦で王宮騎士団に入るなど、我が家はこの数年でかなり恩恵を受けている。


 ちなみに私の仕事は、セオと結界の様子を見たり、セオと領地内の外周警備をしたりと、ずっとセオと一緒だ。


 まるで犬のようだと嫌味を言っても「私は貴方の犬ですから」と頬を染めてうっとりしている。

 私の言葉を全て肯定するのはよくない、と嗜めても微笑むだけで全然聞いていない。


「──本当に、美しいですね……」

「そうだね。セオの剣は装飾が素晴らしいよ。特に柄の部分は模様が繊細すぎて触るのが少し怖いな」

「違いますよ。ティアが美しいと言ったんです」


 セオは目線を絡め、私の白銀の髪を手に取り、口付けを落とす。


「セオ……剣を持っているから危ないよ」

「頬が少し赤いですね。私のことを意識してくださっているんですか?」


 セオはするりと、流れるように私の髪を耳にかけ、指でさり気なくそこを撫でる。


「──あのね、セオみたいに綺麗な子にそんなことされたら誰だって照れるよ」

「照れているティアも可愛くて素敵です。ああ……困りましたね。耳も真っ赤になってますよ?」


 耳に近付き、唇が触れそうになる距離で囁かれる。


「──セオっ!」

「すみません。ティアがあまりにも可愛いくて、つい……」


 あの時、私がしたことを、今度は逆にされている。

 私の天使の瞳が不安そうに揺れてるのが好きだったのに……なんだ、この男は。


 背は、早々に追い抜かれた。

 誰よりも頭がいいから気付く前に囚われた。

 家族だって、誰一人としてセオには頭が上がらない。


 剣の手入れが終わると座ったまま背後から優しく抱き込まれる。


「──ティア」

「なに?」

「ティアは、こんなに小さかったでしょうか?」

「セオが大きくなったんだよ」

「そうですね。貴方を守るために、大きくなりました」


 ちゅっとセオは私の頭に軽いキスを落とす。


 こんなことをするくせに唇にキスは絶対してこない。

 一番最初に私からキスして以降、セオから触れ合っても手や頭、髪などにキスするだけに留めている。


(紳士なんだか……よくわからないけど……)


 私も二十歳だ。

 この国は十八歳から婚姻が認められる。

 普通の令嬢ならば結婚していてもおかしくはない年齢だ。


 けれど父や兄達から一向に結婚の話は出ない。

 昔はあんなに「早く嫁げ」って聞き飽きるほど言われていたのに。


 静かすぎるのもそれはそれで──


「セオ、相談したいことがあるんだ」

「何でしょうか?何でも仰ってください」

「私も令嬢として身を固めるべきだろうか?」


 私を抱きしめていたセオの腕が、びくりと揺れる。


「……ティア」


 それはやけに冷たい声だった。


「誰か……気になる相手が?」

「…………え?」

「……誰と、結婚するんです?」


 セオの声がどんどん低くなる。

(なに?怒ってる……?)


「いや、まだ決まってるわけじゃなくて──」

「……困りましたね。ティアの結婚については、オニール辺境伯家から既に私に全てを一任すると言われています」

「…………は?」

「もしティアに望む相手がいるなら、私は貴方に気付かれないよう、きっとその方のことを消してしまうでしょうね」


 耳元で言われていることが理解できず、はくっ……と口が動く。

 いつも完璧な王子様のセオがこんな物騒なことを言ってくるなんて。


「貴方が誰かのものになる未来を考えると、私は冷静ではいられません。ですから私から逃げよう……なんてことは絶対に考えてはいけませんよ?」

「セオ──」

「ティアは私から逃げられませんし、逃しません」


 背を向けているためセオの表情はわからない。

 だがセオは冗談を言うタイプではない。


 あまりに豹変したセオに対し、私は──


「逃げないよ」


 努めて冷静に、そう答えるしかなかった。



 ・・・



 今日は愛しい彼女が突然あんなことを言い出すから、私はすごく焦ってしまった。


 彼女に他の男の気配はなかったはずなのに。

 むしろ自分が魔法でそうさせている。


 彼女が男から認知されにくいように。

 彼女がどこにいるかすぐわかるように。

 彼女のことは全て把握しとかなければ落ち着かない。


 やろうと思えば彼女の会話、その時に感じた身体の変化を視ることだって造作もなく出来る。


 でもそれは……

 もう少しだけ先の楽しみにとっておきましょう。


 だって、言ったでしょう。


 ──逃しません、と?




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