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「王都から我が領地へ視察団が来ることになった」
「……それは本当ですか、父上?」
それはあの茶会から間もない日のことだった。
退屈な毎日に、少しだけ楽しそうな話が舞い込んだように思えた。
父と兄達が高揚した様子で話を続ける。
「ああ。今までは魔物討伐関係の報告だけ受けていた国が、直に動くらしい」
「ですが……今更過ぎませんか?」
「口を慎め。第三王子がわざわざ出向いて下さるんだぞ」
「セオフィラス殿下自ら……?」
「そうだ。あの天才が来るならば何が策があるのかもしれん」
私は脚を組み、静かにその会話を聞いていた。
「セレスティア。お前は駄目だ。やはり女が戦う場に出ているのは好ましくない。この話も聞くことは許されない。わかるな?」
「──はい。わかりました」
私はすぐさま自室へ戻り、誰も入れないように鍵を掛けた。
ぼふり、とベッドに身を投げる。
「ふぅ……」
随分と動きが早いことだ。
さすがは王族といったところだろうか。
確かにあの時、種は撒いた。
それがどう転ぶかは賭けだが──
(うまく私の駒になってくれよ……)
・・・
「第三王子セオフィラス・アルベールです。急な訪問をお許しください」
「いえいえ、殿下。このような辺境までご足労いただき誠にありがとうございます」
「辺境伯領の報告には常に目を通しておりました。私も微力ながらお力添えできればと思いまして」
「殿下自ら来て下さったのです。これほど心強いことはありませんよ」
私を出迎えたのは辺境伯領の男性達。
辺境伯という領地にいるため戦う事が多いのか、全員体が大きい。日頃から鍛えているのだろう。
普段から国の境を守り続けてきた彼等に、私はただ感謝しかなかった。
「オニール辺境伯、日頃よりこの国を守っていただき、心より感謝致します」
「殿下!?我々に頭を下げてはいけません!」
「私は皆様の長きに渡る憂いを晴らしたいと思っております 。今回、恩を返したくてこちらに参りました」
「と、仰いますと……?」
オニール辺境伯は心当たりがないといった様子で首を傾げている。
私の目的は──
「セレスティア嬢は今どちらに?」
「セレスっ!!!」
バァンと私室の扉を開けてきたのは私の父。
慌てて走って来たのか、銀の髪が乱れている。
「父上……ノックくらいして下さい」
「急げ!セオフィラス殿下がお前を呼んでいる!」
「私はお呼びではなかったのでは?」
「いいからすぐに来なさい!!」
「ちょっ……父上!?」
熊のように大きな父は、そのまま私を応接室前まで引きずっていった。
扉の近くで父が声を潜めて話す。
「殿下はお前をご指名だ。粗相がないようにしなさい」
「父上は入らないのですか?」
「お前と二人だけで話がしたいそうだ。頼んだぞ」
「──はい」
父は言うだけ言って去っていく。
扉をノックすると、「はい」と緊張を含んだ声が返ってきた。
「失礼致しま──」
「セレスティア嬢!」
扉を開けた瞬間、天使は感極まった様子で私の元へ魔法を使い、一気に飛んできた。
ふわっとキレイに着地し、私を見てにっこりと微笑む。
「ずっと、お会いしたかった……」
いきなり跪いたかと思えば私の右手を取り、流れるように手の甲に口付けを落とす。
「セオフィラス殿下、この度は──」
「セオとお呼びください。呼び捨てで構いません。敬語もお止めください」
「それは……不敬になります」
「なりません。私がそう呼んで欲しいのです」
「ですが……」
「素の貴方が見たいのです。どうかお願いします」
天使は跪いて手を握ったまま私を見上げ懇願する。
王族にこんなことをさせるのはさすがに気が引ける。
私は諦めて小さく息を吐いた。
「──セオ。これでいい?」
「……っ……」
「二人きりの時だけ……ね?」
「はいっ……!」
私が名前を呼んだくらいで、こんなにも嬉しそうにされると、少しだけ胸が熱くなる。
「私もセレスティア嬢を特別な愛称で呼びたいです」
「好きに呼べばいいよ」
「では、ティアと……お呼びしても?」
「みんな、私のことはセレスって呼ぶ」
「私だけの特別な名前で呼びたいのです」
「うん、セオの好きにしたらいいよ」
「──よかった。ティア、よろしくお願いしますね」
応接室にはお茶の準備がしっかりされていた。
とりあえず私達は落ち着こうと互いに席に着き、喉を潤すため、お茶を飲もうとしていたのだが──
「……近くない?」
「そうでしょうか?適正な距離だと思います。ティアの表情がよく見えて、私は幸せです」
天使は当然のように、私の隣に隙間無く姿勢を正し、綺麗に座っていた。
ずっと微笑みながらこちらを見ていて、まるで私の仕草を一つも見逃すまいとしている。
(さっきから主導権を握られていて面白くないな)
そんな余裕なんていつでも崩せるのに。
私はアクアマリンの瞳が揺らぐ瞬間を見たくなった。
「セオは私に会いにきてくれたんだよね?」
「──っはい……」
「あんなことを私にされたのに……?」
少し長めの金の髪を手に取り、弄ぶ。
あの時のことを思い出したのか、天使の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
ああ、その顔が見たかった。
「……私とキスしたいからここに来たの?」
「そ、そんな……わ、私は……」
「セオって王子なのに……変なこと考えてたの?とっても悪い子ね?」
耳元でそう囁けば、天使は転移魔法でその場から一瞬で消えてしまった。
「……ふふっ、可愛いなぁ……」
・・・
私の女神は、想像以上に魔性なのかもしれない。
嬉しくて、嬉しくて、顔が緩む。
こんなにだらしのない顔をティアに見られたくなくて、転移魔法を使って逃げ出してしまった。
「後で……ティアに詫び無ければいけませんね」
「殿下!?何故ここに!?セレスが何かしましたか!?」
「──オニール辺境伯……」
とりあえずはここに来た本来の目的を果たしましょうか。
「そんなことが可能なのですか?」
「はい。今までは私の魔力が足りず、実行は不可能でしたが今は違います。国境沿いに、結界を全て張ることは可能です。これで魔物が、この領地へ現れることはなくなるでしょう」
「そ、そんなことが可能になるとは……っ!!」
「ですが、今の私の魔力では持って一週間程度でしょう。ですから毎週ここに参り、結界を張り直します」
「殿下──我々のために……っ……!」
オニール辺境伯は涙を流して喜んだ。
それならば、本当に良いことをしたのだろう。
しかし──これはあくまで建前。
私の本当の目的は、その先にある。
──セレスティア。
貴方を手に入れるためなら、私はなんだってしましょう。




