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「ごきげんよう、セオフィラス殿下。ずっとお会いしたかったですわ」

「わたくしも殿下にお会いできて光栄ですわ」

「まあ、本当に神の御使の如く麗しい方ですわ」


 お茶会が始まると、令嬢達が一斉に集まってくる。


 地方の視察という名目で、今日も秘密裏に私の婚約者候補を探すのが目的……らしい。






「ラスにはまだ婚約者なんていらないですわ」

「あの子はまだ十二歳ですのよ?!ラスにはわたくし達がいるでしょうに」

「あ〜そうだね。ラスにまだ女性を紹介するのって、僕も早い気がするなあ〜」

「ラス。婚約はお前の気が向けばでよい。焦る必要などはどこにもないからな。私からも父上に進言しておこう」


「はい。兄様、姉様。お気遣いありがとうございます」


 過保護な家族に囲まれている私だが、幸せだった。

 両親は常に仲が良く、兄がニ人、双子の姉達、そして私は五人兄妹の末っ子として、このアルベール王族に生を受けた。




「陛下。セオフィラスです。お呼びでございますか?」

「おお、ラス。呼び立てて悪いな。さあ、こちらへ来なさい」

「はい」


 今日は珍しく、王から呼び出されていた。

 賢王と名高く尊敬する王に呼び出されるのは、いつも少しだけ緊張してしまう。


「違う違う。ここに座る」


 ぽんぽんと玉座に座る王は自分の膝を軽く叩いている。

 つまりはそこに座れと。


「──陛下」

「今は私達しかいない。父と呼びなさい」

「父様……」

「また大きくなったかな?私の天使よ」

「先月、十二歳になりました」

「ああ、知っている。本当に時が過ぎるのは早い」

「いつまで私を子供扱いするおつもりですか」


 優しい顔で私の頭を撫でながら、父様は微笑む。


「民が泣きます。こんな息子に甘いなんて知れたら、どうするおつもりなんですか」

「私は家族思いだからな」


 賢王の中身は、家族にとてもとても甘かった。




「お見合いですか?」

「お前も十二になったからね。けれど……上の子達があの様子だったろう?」

「兄様と姉様達は、私に婚約者はまだ早いと仰ってました」

「昨日、リーゼリアと少し話していたのだが……」

「母様と?」

「そうだ。お前にもぜひ、好いた令嬢と添い遂げてほしいと」

「ですが、私もアルベールの王族です。我儘は言いません。務めを果たす覚悟は出来ております」

「……うーん……なんと言えばいいかな……」


 困ったように父は微笑む。

 そんな顔を父にさせてしまったセオフィラスは、罪悪感からか俯いてしまった。


 優しい子に育ったなと思いながら、王は我が子にとある提案をする。


「じゃあ、そうだな。王命を与えよう。視察という名目でいろんな地方へ赴き、たくさんの令嬢を見てきなさい。気に入った令嬢がいるかもしれぬ」

「そうでしょうか……?」

「そうだとも。まだ出会えてないだけで、どこかにお前の半身がいることを願っているよ」




 そして私は、女神に会った。

 あの衝撃は、今でも忘れられない。


 お茶会に出て少しだけ令嬢達の勢いに疲れてしまった私は、休憩をしたくて侍従に「誰も近付けないように、一人になりたい」と頼み、庭の方へ出た。


 その女神は木の上で気怠げにしていて、本当に綺麗だった。まるで絵画を切り取ったかのように。


 勇気を出して声を掛けると、猫のようにしなやかに、女神が私の元へ降りて来てくれた。


 近くで見れば、宝石のように輝くペリドットの瞳。

 月を溶かしたかのような見事な白銀の髪。

 整った顔立ちは美しく、静かに微笑む表情には色香があり、これまで出会ったどの女性よりも目を奪われた。


 名はセレスティア・オニール。


 一目惚れだった。

 この人が心から欲しいと、願ってしまった。


 だからだろうか。

 彼女には、私の醜い部分が丸見えだったのだろう。

 父に言うと脅しても欲しかった人。

 考えず行動した結果は、愚かで浅はかだったのだ。


 突然、彼女が微笑みながら私を愛おしそうに抱きしめた。

 その腕の中は柔らかく、花の香りがした。

 いきなりのことに頭が真っ白になり、硬直していると、物理的に押さえ込まれ口付けをされる。


「ん……っ!?」


 不覚にも口を開けていたので、唇をそのまま甘噛みされたのがわかる。

 まだ閨教育もしていない十二歳の小さな体は、大いに反応した。


 唇が離れると、彼女は妖艶な笑みを浮かべ、私を脅してきた。

 確かに先に脅したのは私だが、セレスティア嬢はそれを逆手にとってきたのだ。

 なんと見事な手腕なのだろう。


 もうその事実だけでもたまらない。

 王族なんてものともしていない毅然とした態度は、気高く美しい。


 そして、こんな私に彼女は最後のチャンスをくれた。

 自分が欲しいなら自力で頑張れと。


 私の愛する人は、なんという殺し文句を言うのだろう。




 ・・・




「リリア……あの子、レーヴィル地方の視察から帰ってきたと思えば、ずっと上の空ですわ」

「本当にどうしたのでしょう?アリアは何も聞いていなくて?」

「残念ですが、付き添わせた侍従達からもわからないと……」


 セオフィラスを陰から見守る姉妹がいた。

 見事な絹のような長い金髪はゆるく巻かれ、アクアマリンの瞳は不安そうに揺れている。

 天使のような容姿をした双子の姫達は、末っ子のセオフィラスをとても心配していた。




「ラス〜おかえり〜!」

「リュミー兄様……」

「元気ないんだって〜?何かあったかな〜?」


 第二王子のリュミエールは、可愛い末弟が帰ってきてから様子がおかしいと双子の妹達から聞いていた。

 王国の騎士団長でもある彼は、急いで仕事を部下に投げて、セオフィラスの元へやってきた。


 彼もまた金髪とアクアマリンの瞳を持ち、常に柔らかい物腰でいつも笑顔を絶やさず、基本的には誰にでも優しい。

 家族の中で最も背が高いが、身体つきはしなやかで細い。

 だが、こう見えても騎士団長だ。

 剣を握れば別人のようにガラリと変わる兄に、セオフィラスは密かに憧れていた。


「いえ……少しいろいろ考えることがありまして……」

「そうなの?視察ってお見合いだったんでしょ?いい女性でもいた?」

「──知っていたのですね。……兄様、私は女神に会いました」

「え!?本当に?」

「はい。振られました」

「ラスが振られたの!?」

「強引に迫ろうとして失敗しました」

「……んん?……待って……本当にラスがそんなことしたの?」

「はい。ですが相手のご令嬢は私よりもずっと上手で……どうすればあの方を私の手の内にできるかを考えておりました」

「──うん、そっか」




 ああ……可愛い弟がとんでもないことを言い出しているのを僕は冷や汗をかきながら聞いていた。


 我がアルベール王家は、好きになった異性に対しての執着が全員すごい。

 父上を筆頭に、例外はない。


 父上は母上を隠すように離れの宮に監禁……いや、住まわせているし、第一王子でもある兄上のヘリオスも婚約者の令嬢に対して普段は紳士に振る舞い、隠してはいるが裏では異常なまでに執着している。

 双子の妹達も婚約者がそれぞれいるが、本人達には悟らせないように、相手の交友関係やその日の行動を全て把握している筋金入りのストーカーだ。


 もちろん僕にも愛しい婚約者がいるが、これはもう血筋なんだろうと割り切っている。

 彼女を誰にも見せたくないし触らせたくない。

 僕の最愛に仇なす者がいるならば──殺す。


 でもそんな感情、可愛い弟のセオフィラスにはまだ早いって思ってたんだ。


 女の子みたいな顔立ちで天使のように無垢な弟。

 うちの家系は美男美女と言われているが、セオフィラスは特に美しい。

 ほとんどの女性は彼に惹かれる。


 きっと大人になれば、誰もが欲しがる男になるだろう。


「ラスはその令嬢が好きなの?」

「はい」

「うーん……どのくらい好き?」

「閉じ込めて、ずっと一人で愛でたいと思うくらいには想っております」


 恋する少女のように頬を染める弟は可愛い。

 言ってることは最悪だ。


「──兄様」

「ん?」

「私は剣を、もっと本格的に習いたいです」

「ん〜……でもラスは魔法の方が得意なんじゃないの?魔術師団長にもなれるよ」

「魔術師団長には確実になります。ですが剣の才能も欲しいのです」

「どうしてか聞いてもいい?」


 しゃがみ込み、弟の小さな手を握り、同じ高さでしっかり目線を合わせた。

 僕と同じアクアマリンの瞳は輝いて、真剣な眼差しだ。


「私が好いたご令嬢……とても気が強そうなのです。調べたら、彼女は剣術が得意なようでした。力もあるようです。ですから──大変でしょう?」


 ──相手を強引に組み敷く場合が大変でしょう?


 血が繋がっているからこそ、可愛い弟の言いたいことが理解できてしまった。


 この天使はうちの家族の誰よりも──


「ですから私も、兄様のような素晴らしい剣術を会得したいと考えております。協力して下さいますよね?私の兄様?」


 弟はとてもキレイに微笑んでいた。




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