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 私が十六歳で、その日は貴族の集まりで茶会をした時だったかな。

 それはそれは麗しい天使のような子を見かけて胸が高鳴るのは普通のことでしょう?


 だから私は、種を撒こうと思った。



「──な、に、してる、の……?」


 麗しい天使は、木の上で寝そべっている私を見つけて驚愕の表情を浮かべている。


 それはそうだ。

 令嬢が木の上で茶会をサボるなんて、破天荒なことをしているんだから。


「──おや、見つかってしまうなんて……困るなあ」

「え!?あ、危ないよ!ねぇ!!?」


 木から飛び降りようとする私を、天使は慌てて止めに入る。

 しかし私はそれを無視して、ストンとドレスのまま華麗に着地した。


「そんなに大きい声を出さないで?見つかってしまうよ」

「……あ、……ごめんなさ──」

「静かに」


 天使のぷっくりした唇に、私は柔らかく自分の人差し指を押し当てる。


 金の髪にアクアマリンの瞳。

 そしてこの美貌。

 王家の血筋が持つ色や美しい顔は素晴らしい。

 この時点で、私はこの天使が王子であることを理解していた。


 第三王子、セオフィラス殿下。

 歳は十二歳。天使のような容姿で民を魅了。

 魔力が国で一番高く、将来は歴史に残る大魔術師になるだろう──と騒がれていたな。


 簡単な形式の茶会だと聞いていたのに、お忍びで王子が参加するとは本当に面倒だ。

 婚約者候補でも決めるのだろう知った後は、適当に身を隠そうとここにいたのに。


「先程は失礼いたしました。我が国の神に愛されし王子。セオフィラス殿下」


 得意でもない口上とカーテシーで挨拶をする。


「あの、貴方は……」

「申し遅れました。私はセレスティア・オニールです」

「────オニール、……辺境伯……?」


 流石は王子、頭の回転が速い。

 こんな地方の貴族の名前まで覚えているのは感心する。


 天使は私を見て、美しい笑みを零した。


「こちらこそご挨拶が遅れました。私はこの国の第三王子、セオフィラス・アルベールと申します」


 幼いながらも所作がとても美しいと感じた。

 私の挨拶とはまるで違って、洗練された動きだ。


 アクアマリンの瞳が真っ直ぐに私を見ていた。


「セレスティア嬢、一つお聞きしたいのですが、貴方はお茶会に参加しないのですか?」

「今日は殿下のための茶会でしょう?貴方こそ、こんなとこにいてもよいのですか?」


 不敬だが、質問を質問で返した。

 そんなことをされたことがないのだろう。

 殿下の顔が一瞬だけ驚き、こちらを見ていたが、やがてまた優しく微笑んで、同じ話を進める。


「セレスティア嬢も、今日の参加者ですよね?」


 どうやら逃げられないようだ。

 これ以上はさすがに怒られると思い、私は諦める。


「会場へ戻りましょう。送りますよ」


 私は茶会へ戻ろうと踵を返した。


「お待ちください!」


 振り返ると、何やら殿下は必死な様子だ。

 それを見ていると笑ってしまいそうになるが、不敬なのでここは堪えよう。


「──何か?」

「貴方がお茶会に出ないのなら陛下に、いっ、言いつけます!」


 アクアマリンの瞳が、今度は興奮で輝いている。

 反対に私のペリドットの瞳は、冷たく殿下を見下ろしていた。


 ああ、面倒だし、愉快だ。


 だって、まさかこんな十二歳の子供に脅されるなんて思わないでしょう?


「それは、とても面白い発言ですね。陛下にはなんと?私が茶会をサボっていたことを?それとも木の上に登っていたことを?」

「ど、どちらもです!だから……っ」

「──ああ、困りましたね。殿下は私を脅してどうしたいのですか?」

「あ、貴方を、その……わ、私は……」

「本当に仕方のない方ですね」

「え……?」


 グイッと殿下を引き寄せ、抱きしめる。

 そのまま顔を近付け、柔らかい唇に口付けを落とした。

 身長は私の方が高いから、小さな体は簡単に思うようにできる。

 殿下は驚きで口を開けていたので、つい出来心と好奇心でその小さな唇を甘噛みしてみた。


 ビクリと小さな体が揺れる。

 あまりやると可哀想だと思い、唇をそっと離した。


「これで……殿下も、陛下には絶対言えない秘密が出来てしまいましたね?婚約もしていない王子が、未婚の令嬢と口付けなんて……誰にも言えませんよね?」

「──な、ん……」

「私はこんなドレスや茶会、そして見合いなんて興味がないんですよ。今日だって無理矢理ここへ連れて来られたんです。万が一にも殿下に好かれたり、興味を持ってもらうのは困るんですよ。言っている意味、わかりますよね?」


 刺すような視線を送れば、子ウサギみたいに殿下は震えている。

 ああ、本当に可愛らしいことです。


「……っ……私を……脅す、の?」

「まさか。先に私を脅したのは殿下でしょう?」

「……卑怯です!……こ、んなっ……」

「──殿下、いけませんよ?」

「っ」

「ああ、もしかして私が欲しいのでしょうか?ならば自力で頑張ることです。さあ、今度こそ行きましょう。会場まで送ります」




 ・・・




「セレスティア!」

「兄上」

「姿が見えないから心配したではないか!お前は茶会に出ず、どこへ行って……って殿下!?」

「見ての通り、殿下は気分が優れないようで、向こうで私が介抱しておりました」




 その後、意味のない茶会はお開き。

 殿下は俯いたまま、従者とどこかへ消えていった。


 あれだけすれば男のプライドもボロボロだろう。

 十二歳にしちゃなかなか刺激的な出来事だったに違いない。




 解散後、馬車で自分の領地へ移動する。

 私は四番目の兄と向かい合って座っていた。


「セレス……」

「兄上、説教ならば聞きたくない」

「……騙して連れてきて悪いとは思っている」

「私がドレスなんて、さぞお笑いでしょう」

「いいや、似合っているよ」


 兄上は悲しそうに眉を寄せて私を見ている。


「困りましたね。そんな顔をされたら怒れません」

「セレス……やはりお前には幸せになってほしい。父上も、兄上達も、皆お前を思っている」

「女の幸せは、結婚して子供を産み育てることですか?」

「………」

「兄上、それは一般論でしょう?私は辺境伯令嬢。産まれ落ちた時から、自領で戦う定めにありました。今もそれが私の使命だと思っております」


 オニール辺境伯領。

 国境沿いのこの領地は、いつも戦いと死の隣り合わせだ。

 戦うのは主に魔物だが、ここでしっかりと奴等を食い止めなければ人々が危ない。

 地方の田舎だが、小さな町や集落は多く、一度魔物を入れてしまえばどうなるかなんて語りたくもない。


 小さな頃から、民のために戦う父や兄達を尊敬し、自らも剣を持ち必死に戦った。

 そうして役に立って褒められるのが、何も持たない私の唯一の生き甲斐だった。


 だから最近の父上や兄上達の言動が許せなくもある。

 我が家の男達は、私に令嬢として生きてほしいらしい。

 私に剣を持たせてくれたのに、なんて勝手なのだろうか。

 私の存在意義を取り上げないでほしい。


 どうせならば男に産まれたかった。

 そのせいかはわからないが、言動や態度、思考がどうも男みたいになってしまった。


「お前がどんなに頑張っても、女という理由だけで騎士にはなれない。ずっとこのままなのは無理だと、聡いお前ならわかっているだろう?」

「はい。わかっております」


 兄上は私の心を抉るのが好きだな。

 まあ、今更だ。


「………セレス。とりあえず今回のことは父上には言わないでおくよ」

「それはありがたいですね。茶会にいなかったなんて知れたら、怒られてしまいます」

「全く……お前は頑固だ」

「亡くなった母上似なんでしょう」

「そうか……」


 悲しそうに眉を寄せるのは、兄上の困ったところだ。

 これでは私が悪者ではないか。


「お前にとって本当にいい殿方はいないのか?」

「そうですね……天使になら会いましたよ」

「……殿下のことか…?」

「さあ?どうでしょうか?」


 領地まではまだ時間がかかる。


 いつものように、優しい兄上のお叱言を聞き流そうではないか。

 そのまま私は静かに目を閉じた。




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