02
さてはて何を話そうか、まずは自己紹介からといこう。
「俺の名前は黒田 純一郎。東京都第5地区の特殊刑事課に勤めている刑事だ。ちなみにここは俺のアパートな」
それを聞いたボルクは目を丸くし、直ちに背筋をピンと伸ばして黒田に向かって綺麗に敬礼をした。
「これは刑事さんでしたか、仕事お疲れ様です!私は……」
そう続きを言おうとしたがボルクの反応は悪く、その後黙ってしまった。黒田はどうしたもんかと聞いた。ボルクは顔を下に俯いて申し訳なさそうに答える。
「申し訳ございません……その私、名前を思い出せなくて」
”思い出せない”。
嫌な予感が黒田の頭の中で過った。まさか、メモリーが破損している?それとも消去済みか……この二択になっていくが、どちらも黒田には最悪な展開だ。焦る心情の中、確認するように黒田は冷静に聞いた。
「まあ待て、これから俺がお前に1つずつ質問していく。そしてお前はその質問に”いいえ”か”はい”どちらか自分の現状に近い方を答えていけ。いいな?」
「……わかりました」
「よーし、始めるぞ?まず最初の1つ目だ」
クローズドクエスチョン (Closed Question)
クローズドクエスチョンとは、「はい」か「いいえ」で答えていく質問。回答者にとって答えやすい、また内容を明確に把握しやすい特徴がある。
具体的には、「このお菓子は好きですか?」に対して回答者が「はい、そうです」と答えていく。そして続いて質問をして答えての繰り返し。
クローズドクエスチョンはアンケートや意見、回答内容を明確に把握したい場合に有効であり、また会話の誘導や確認にもよく使われている。
このクローズドクエスチョンとは対照的にオープンクエスチョンも存在する。この質問は質問自体に自由差を入れることにより回答者側の回答がより広くなる特徴を持っている。
こういった昔ならではのやり方は、近未来でも変わらず有効的に使われている。殆ど簡単な二択回答だし、多くこういった実用をネットの中で見かける。ちょっとした広告代わりに15秒だけ協力下さいだとか、人を不快にさせない程度で心理を使って間に入れてくるといった感じだ。さて、黒田自身の文句はともかく質問に戻ろう。
「お前のメモリーについて質問する。昨日のことは記録に残っているか?」
「いいえ」
「一昨日前は?」
「いいえ」
「明々後日も?」
「いいえ」
黒田は額に手を持っていき、皺を増やさんように抑えた。絞ったような声で次の質問した。
「……お前には今、見つかる記録は残っていない?」
「はい」
まさに予想は的中した。
いや、名前すら思い出せてない時点でもう予想ぐらいは出来ていただろう。だが、希望というのは最後まで諦めないからこそ輝くものなのではないか?そうだろう?
……と言ってもだ、記録もないならこいつのことをいくら聞いても仕方ないだろう。まだ1つ目しか聞いていないが黒田は、質問するのをやめることにした。結局、振り出しに戻ってしまった。
「もう質問は終わりですか?」
「ああ、終わり。記録がないんじゃいくらお前に聞いたって仕方ないだろうよ。」
黒田は半分投げやりになり、吸い切ったであろう電子タバコの吸い殻を取り除き、電子タバコに新しい換えを入れてまた吸いだした。ボルクは黒田の電子タバコをジッと黙って見続けている。黒田はあまりジロジロと見ているのに居心地の悪さを感じて、ボルクに注意をした。
「そんなにジロジロ見るな。別に珍しいもんでもねえだろ」
「あなたは確か刑事ですよね?」
「……それがどうした」
ボルグは黒田の目線に合わせて、淡々と説明を始めた。
「まず、ここは室内です。電子タバコとは言えど、煙は火事の原因になりやすいのは御存知のはずです。あなたの部屋は換気がなっていないことと、汚さが目立っています。こまめな空気の入れ替えが必要です。それと、あなたはよくタバコを吸うことが多いみたいですね。私から見た感じだとあなたはあまり健康的とは言えない状態です。少しタバコを控えてみたらいかがでしょう。少しはその暗いお顔も良くなると思いますよ」
瞬きもせず真顔で黒田を見つめて淡々と話すボルグが、黒田は少し怖かった。瞳のレンズに映る自分の表情が引きつっているのが反射して見える。目を見てはきはき喋られるのがこんなにも精神的にキツイとは、思ってもいなかった。相手に悪意があるわけではないから、なおさらたちが悪い。いや待て、あいつ会話の中で少し俺のことディスっていなかったか?いやいや……もしかしたら、心理でも掛けられているんじゃ?と疑心暗鬼になりかけたので、黒田はとりあえず取り換えたばかりの電子タバコを途中でやめることにし、部屋の換気をおこなった。
アパートの窓から見える遠い都会の色とりどりに光るネオン夜景を眺めて黒田はこう思った。この心理は意外に効くかもしれないと。