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2120年05/20. -22:30-。
雨はすっかり止み、むせった臭いが裏路地に漂っている。
ボルグを家に帰らせ、黒田はまた繫華街の裏路地に来ていた。
犯行現場から近い酒場に黒田は向かっていた。つまり隠れ酒場だ。
観測者達から得た情報によると、ここで坂本刑事が話していたという映像が見られた。映像にはまだ生きていた坂本刑事が写っていた為、推定するに数週間前の姿だろうか?
多く酒を摂取したらしいが……一体彼に何があったのか。
そうこう考えているうちに例の酒場に来ていた。
さてと……こういった場所は、一見さんお断りであることは相場が決まっている。だからといって紹介してくれる人もいないわけだが、それでもここに入れる合言葉があるらしい。
どれ、それに賭けてみることにした。
黒田はまず玄関前に立ち、タッチパネルに触れる。するとタッチパネルから機械音声が発せられ、パスワードを求めた。
「ブラックか、ホワイトか」
ブラックとホワイト。
それを意味するものが黒田には分からなかったが、観測者から得た情報で合言葉の答えを話した。
「グレーだ」
そう答えると玄関上にあるテンプレートがcloseからopenに替わる。
玄関は拒んでいた者を受け入れるように自動で開いた。
黒田が酒場に入って行くと、突き刺すような視線のお迎えが待っていた。玄関に受け入れてもらえたが、中に居る人間まで受け入れてもらえるとは限らない。何事もなかったのように黒田は視線を無視しながらカウンター席にへと座る。
カウンター前に居る酒場の店主が黒田に背を向けながら注文を聞いてきた。
「飲み物は?」
黒田は酒を注文する。
「”正しき心”を頼む」
すると背を向けていた店主が黒田の方を振り向き、顰めた顔を見せた。
「あんた警察か?ここに何ようだ」
「おいおい急になんだよ、せっかく飲みに来たのに酒無しかい?酒がなきゃ話たくても口が回んねえな」
「……正しき心は坂本が好きな酒だ。なんで知ってんだ」
黒田の隣にいた客がそう語りかけてきた。黒田は客を見るとそれは見知った人物だった。
……そう、今日聞き込みをした繫華街の店の店主だった。
他の席に座っている連中らにも、聞き込みをした人達が何人か見られる。
この状況では下手なことは言えないだろう。黒田は鎌をかけるべく、噓を装った。
「ああ、坂本刑事とはだいぶ前の仕事仲間でな……連絡もなくて、突然亡くなったもんだからよ、真相が知りたくてな」
そういうと酒場の店主が突然笑い出した。今度は黒田がその笑いに顔を顰める。
「さてはあんた、噓が下手だな?」
「……なんで噓だって思う?」
「そりゃ噓だってわかるさ、なんだって坂本は警察を信じていなかったからな」
そう言って店主は黒田の前に酒が置かれた。だがそれは、注文した物とは違うものだった。
「注文したやつと違うぞ」
「これはジントニック、”強い意志”というカクテル言葉です」
店主は黒田を真っ直ぐに見つめて、決意したように言った。
「この強い意志は私達の現れです。きっとあなたがここに来たのは、何かの運命でしょう」
「黒田さん、あなたに”依頼”をお願いしたいのです」