41話 常世を憂う大妖蛆
降り注ぐ、光の束。幾重にも幾重にも、雷のように光を放ち、空気を灼きながら落ちてくるそれは、的確に由香里の体躯を削っていった。
懸命に逃げるシシオリの柔らかい白肌を、レーザービームのシャワーが蹂躙していく。セ氏にして、千五百度を超えるそれは、掠めるだけで有機物を炭化させる。
「ひいっ、ひいっ」
異能の力は、殆どモノにしていた。今の彼女は、姿こそ常人とは似ても似つかないが、一応は人のカタチを留めていた。言い換えるなら、巨大な肉体など、今の彼女にとって枷以外の何物にもなり得なかったのだ。
「おち、ろォ!」
少女の手足を捻じ切らんと、由香里は呪詛を飛ばした。音より速く届く不可視の波動は、果たして花崎海咲を捉えられない。
制空権は、完全に掌握されていた。地を這う虫が、鳥を落とせるはずも無い。しかし、それ以上に海咲と由香里の間には、決定的な差が存在していた。
「貴女の妖術、キモイね。キモすぎて肝になった?あ、見た目も白子みたいだし、元々全身胆みたいなものか…」
海咲は、由香里の不可視の視線を、知覚することができた。彼女は、呪詛を伝える媒介たる『エーテル』の揺らぎを巧みに感知し、由香里の対空砲火の射線を全て見切っていたのだ。
呪詛の塊である由香里の妖術は、この世界において完全な異物。不定形のアメーバのようなそれは、紫外線を照射されるより余程感知しやすい。呪詛の発現には、一秒間程度焦点を合わせる必要があることを、海咲は既に看破していた。軌道の緩急と閃光による目眩しで、由香里の粘ついた殺意を避け切ると。海咲は、お返しとばかりにレーザーの雨を掃射する。
知覚にリソースを割いた海咲に対して、由香里には彼女の放つ閃光が感知できない。幾ら目を凝らしたところで、彼女の目を眩ませるには十分すぎる光量のレーザーが、驟雨のように降り注ぐだけである。
銃口の役割を果たすのは、海咲の細い指。射線を見極めるために指先を直視すれば、マズル・フラッシュで目を焼かれる。焦点を合わせようとも、魔法使いは忽ち間合いをずらしてくる。
極めつけに、レーザーは亜光速で照射されるだけでなく、この場にあるほとんどの遮蔽物を貫通する。屋台に身を隠した由香里の体を、数本の熱線が屋根ごと炭化させた。
「貴女、桜さんにお熱みたいだし。ぶっ殺さなきゃね、同担被りは」
そう言って、彼女は再び銃を構える。
まずい、体の修復が追いつかない。手数は向こうの方が遥かに多い。時間をかけ過ぎた。餌となる神饌は、殆ど残っていない。
由香里は歯軋りした。確か、警官が言っていた。藍沢以外にも、行方不明者が出ていると。花崎海咲とその一派は、村人を間引いていたのだ。こちらに勘づかれないように静かに、しかし的確に。シシオリの力の源になるはずの、神饌を減らされた。蛆が心臓か睾丸に寄生することすらも、恐らくは看破されていた。宿の女将たちを操って、妖蛆をその卵と共に経口摂取させようとしたのに、それにも口を付けなかった。いや、そこでバレたのだろうか。否、潜伏は完璧だった筈だ。誰一人として私が、有村由香里に混ざっていたとは気が付かなかったはずだ。
藍沢、藍沢もだ。あいつも蛆を―あいつも食わなかった。
藍沢に刺されたところが、きりきりと痛む。傷は深くないはずなのに、一向に治る気配がない。
しかし、藍沢桜はもう死んだ。食ってやった。今は、私の腹の中だ。
「藍沢は死んだ!お前も、死ね!」
異能の力でひしゃげたシルエットが、大きく歪む。それは暫くゆらゆらと滞空すると、霧散した。
あれは偽物―また、逃げられた。
そして、次は必ず。
「直上!」
由香里の読み通り、海咲は由香里の死角となる真上から、脳天目掛けて銃口を構えていた。
「死ねぇぇぇ!」
逆に脳天から、海咲の体を右回りに捻ってやる。自分と同じく、再生するにも限度があるはずだ。終わりが来るまで、殺し続けてやる。我慢比べだ。
呪詛が完全に廻ったと思われたその刹那。海咲の体が、閃光を伴って爆散する。
慌てて目を覆うが、もう遅い。屋台の影から、両眼を獰猛に輝かせた海咲が躍り出る。
「―第一節、破棄。
逆巻き逆巻け焔の忌辰 行けど行けども三隣亡 泥犂に堕ちれど花一つ 咲かせて死にましょ "簡易詠唱"『赤口黄泉路』」
銃を象った海咲の右手から、蒼白い閃光が撃ち出される。光の筋は雷のように幾度も屈曲すると、由香里の腹部に突き刺さる。セ氏にして数千度の熱線は、由香里の体内組織を軒並み焼き尽くしながら頭部に向かうと、その蒼い軌跡を炸裂させた。まるで体内から花が咲いたように、光の奔った軌跡は炎に飲まれていく。花弁は延焼し、由香里の全身を余さず包み込む。
海咲はこの一撃で由香里を荼毘に付してやろうと思っていたが、彼女の予想に反しシシオリは未だ健在であった。内側から身を焼かれながら、由香里は再び膨張していく。
「ぴえん、余裕あるね。中まで火が通ってないのかな」
肉塊に潰されないように、海咲は距離を取った。ペンダントを叩いて箒を召喚し、末尾のブースターを吹かして一気に櫓を超える高度まで登る。
どこまでもどこまでも、由香里は膨らんでいく。櫓を越し、先程よりも遥かに大きくなった。成長には苦痛が伴い、由香里は声を出して泣いた。気味の悪い音が、山を震わせて響く。
それは重機械のような低音。不揃いな拍だが、音階は常に同じ。そのアンバランスさが、聞き手の鼓膜を不愉快に掻き乱す。
「おーーーーぉん。おーーーぉん」
終末の鐘が鳴るような、おどろおどろしさ。怨霊の類とは戦い慣れている海咲ですら、思わず身震いした。
櫓の背を越し、天高く聳えた腐肉の塔。シシオリの青白い体躯に、幾重にも筋が入る。そこから二筋ほど血を流すと、彼女はそれらを一斉に見開いた。
「あっ、」
海咲が気づいたときには、もう遅い。彼女は由香里の巨大な瞳の前に、身を晒してしまった。
「―カラコン、とれちった」
惚けた顔をした海咲の体に、数百の呪詛が叩き込まれる。それは常人であれば、来世まで魂を因果に囚われるほどの、超高濃度の呪い。魂を犯す、怨嗟の塊。デコイを作り姿を晦ます暇もなく、海咲は細切れにされて墜落した。




