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32話 感染

 「ああ、三角形の心臓は、今ここに!大いなる蛮神の再演たる闊歩!」


  鼻血を垂らしながら、三越がふらふらと歩いていく。


  そして彼は、ぐにゃりと捻れた。指先から、肩まで。正反対の方向に捻れた体は、慣性をそのままに縦に捻れていく。最後には、骨諸共捻れ切られ、彼は不気味な芋虫へと姿を変えてしまった。


 「に、げ」


  逃げて。女将は、そう言おうとしていた。彼女は、抗っていたのだ。シシオリによる、精神の陵辱に。途方に暮れる桜の横で、女将が自身の首に手をかける。


  獅子織様は時として荒御魂になったが、その度に祭を執り行って鎮めてきた。一昨日の晩、女将は桜たちにそう言って聞かせた。


  村人たちは、本当にシシオリを鎮めてきたのだ。これまでは。


  しかし、今回は状況が異なった。よりにもよってシシオリ本体が、現れてしまった。そして、恐らく寄生体が蔓延していたのだろう、村人たちはあえなく、シシオリに呑まれてしまった。


 「そん、な…」


  木村と全く同じ方法で、女将も命を絶った。そして一度倒れた女将はゆらりと立ち上がると、正気を失った不気味な笑みを浮かべる。


 「…ごめんなさい!」


  桜は、女将を蹴り倒すと、弾かれたように走った。三越の部下たちは、何やら蹲っていた。これ幸いと桜は未だ現実に意識が追いついていない吉村たちを助け出す。


  拘束を解いて、簀子から抜け出させる。そして、祭会場―獅子織神社からの逃走を図った。


 「お巡りさん!早く!」


  走りながら、警官に向かって彼女は両手を差し出した。手錠を付けられたままでは、何も出来ないからである。


 「あ、ああ」


  彼は手錠の鍵を取り出すと、言われるがまま桜の手錠を外そうとした。


  しかし、彼は鍵を取り落とした。股間に耐え難い痛みを覚え、体の自由が効かなくなったからである。


 「ど、どうしました!?」


  慌てて警官に駆け寄った吉村と、鍵を拾った廣瀬。桜は廣瀬に、鍵を開けるよう頼んだ。


  絶叫と共に、警官のズボンが赤く染っていく。何かが、ズボンの中で蠢いていた。漸く手錠が外れ自由の身になった桜は、吉村と共に警官のベルトを剥がすと、パンツを脱がせた。


  同程度の寸法形状の物体が、二本。


  野本は、思わず股間を抑えた。


  一本は、警官の男根。そしてもう一つは、警官の男根から出てきたと思しき、手足を持つ巨大な人面の蛆。それは、まるで産声を上げるかのように泣いた。


  警官は、こと切れていた。尿管結石より遥かに太いものが、尿道から出てきたのである。激痛に耐えかねた彼の心身は、彼の意思に反して楽な道を選択してしまったようだ。


 「先生!藍沢さぁん!れ、連中、来ますよお!」


  廣瀬に言われて、桜たちは再び走り出した。後ろを振り返ると、神饌の群れがゆっくりと、しかし確実に嘲笑を伴って迫ってきていた。


 「ゆ、由香里、由香里は…」


  齋藤が自身の恋人であった女を探す。しかし、既に由香里が元いた場所には、誰一人いなくなっていた。


 「齋藤さん」


  後ろを走る齋藤に向けて振り返りながら、桜は顔色を伺うようにして声をかけた。場合によっては、齋藤と共に行動することは出来ない。万が一にも、彼らがプラトニックなお付き合いをしていることに期待して、桜は言葉を濁しながら、齋藤に問いかける。


 「有村さんとはどれくらい、その…しました?」


 「…は?」


 「ですからその…性行為、を」


  唐突な質問に、齋藤は面食らってしまった。この藍沢桜という女は、この状況下で何を聞いているのだろう。死ぬ前に処女だけは捨てたいから、俺を頼るつもりなのか―などと、おめでたい想像をしている齋藤を尻目に、彼女は残酷な言葉を告げる。


 「この蛆は性行為を介して寄生するそうです。ですから…」


  桜は、最後まで言い切ることが出来なかった。齋藤は、その場で立ち止まった。彼は、諦めてしまったのだろう。


 「…さようなら」


  彼女はもう、振り返らなかった。




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