29話 祭り <前編>
手錠を付けられたまま、桜は三越たちに連れられていく。獅子織祭は、異様な雰囲気の中執り行われていた。
不自然なほど形の揃った赤い屋台と赤い提灯が、狂気に満ちた精密さで整然と並べられている。村人たちは心を失ってしまったかのような光無い虚ろな瞳で、一心不乱に食べ物を作っていた。中央に聳える歪んだシルエットの櫓からは、耳障りな祭囃子がかき鳴らされ、念仏のような低い歌声が響き渡っていた。
端的に表すなら、常軌を逸したカルト宗教の儀式。やる気はともあれ文化人類学部の学生たちでさえ、一度も目にしたことがない―逆に言えば、類似のものは幾らでも目にしたことがある、特異な形式。目の前で行われているものは、日本特有と言うよりは―アニミズムに基づいた、シャーマンとドラッグが幅を効かせるような儀礼に近い。
おーん。おーん。
人々が泣いている声がする。櫓の手前、彼らは体を簀子で巻かれ、芋虫のように体をくねらせていた。それらを、周囲の人間が袋叩きにする。それは、蟻に集られた地虫のようであった。
「おーん!おーん!」
執拗に、そしてリアルに。ただの祭事とは考えられないほど、彼らは儀式に本気で向き合っている。長い乳棒を力任せに、人々は代わる代わる、『生贄役』の頭を殴打していく。
「あ、あれ。し、死ぬんじゃ…」
野本の懸念通り。彼らの目の前に、鍬が引き出された。生贄一人につき、一本。のべ三本の鍬が、用意される。
「やめなさい…」
力なく、桜は呻いた。
桜の願いも虚しく、大鍬が振り上げられる。
「やめなさい!」
仰向けの顔に、鍬が振り下ろされた。鮮血が舞い、鉄の匂いが充満する。粘液の尾を引いて、鍬が持ち上げられた時には、三人の『生贄役』は完全に沈黙していた。
廣瀬は顔を背け、野本は崩れ落ちた。吉村は、ぐっと下唇を噛んだ。
彼は三越の言葉を思い出す。『犠牲になるのは、いつも外からの人間だった。決まって、全員死んだ』―村長の男は確かに、そう言っていた。吉村は、三越の様子を伺った。老爺は目を爛々と不気味に輝かせながら、拍手をしていた。彼にならい、周囲の男たちも皆一斉に拍手をする。
狂っている。
瞬きの間だけ、拘束が緩んだ。その隙を見逃さなかったのは、応援に来ていた隣町の駐在警官であった。彼は飛び出すと、叫んだ。
「ふざけるな!人が、人が死んでるんだぞ!」
彼は両手に手錠と拳銃をそれぞれ構えると、空に向かって射撃した。弾は真夏の太陽へと、弧を描きながら飛翔する。そして銃声は、たちまち祭囃子の不協和音に掻き消された。
「そこに直れ!一斉逮捕だ!」
彼は手近な男に手錠を付けようとする。それを見ていた三越が、一言。低い声色で、呟いた。
「殺せ」
別の男が、大鍬を振り上げる。それは正に、死刑を執行する、処刑人。
「え?」
男は、惚けた顔の警官に、鍬を振り下ろした。
意外にも、軽い音がした。『正義』とは、案外叩けばこういう音がするのかもしれない。獅子織村の駐在巡査は、彼の足元に飛んできた制帽を眺めて、そう思った。
「はあ」
興が削がれた、とでも言いたげに、三越は肩を落とした。彼は桜に向き直ると、卑屈に頭を下げる。
「申し訳ございません、藍沢の巫女さま。お見苦しいものを、見せてしまいました」
三越が『見苦しい』と評したのは、儀式のことか、それとも。潰れた頭から、湧き水のように赤色を滴らせながら、無様に体を痙攣させる警官。正義に基づいて行動した、彼のことか。
桜は、歯を食いしばった。
「こんなことを」
「はい?」
「こんな残酷なことを、ずっと。やってきたのですか?」
「いえ、ああ、ひひっ。ええ―当然。先祖代々の、教えですから」
さて、と彼は言葉を続けた。
「生贄は、九人でないとな」
ひいふいみい。彼は廣瀬や野本の顔を指さしながら、数えていく。駐在巡査、齋藤、野本、廣瀬、そして吉村。老人の萎びた指は、死神の振るうタクト。彼の気まぐれで、次の犠牲者が決まる。
例の川魚だろうか。焼けた脂の匂いが、鉄の匂いと混ざり合いながら、屋台の間に充満している。桜は気持ち悪くなり、胃の中身を戻しそうになった。
「幸樹、見て!魚が売ってるよ」
「あ?…ああ。そう、だな」
この異質な空気、押し潰されそうになる『死の恐怖』の下にいて。吉村や警官を含めた一同が口を噤む中、由香里だけは饒舌だった。言い換えるならば、彼女だけが夢遊病に冒されたようであったのだ。




