表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

2話 獅子織村、到着 <前編>

  山道を越えた先。一行のバンは、清潔感のある近代的な宿へと到着した。それは一面の緑に覆われた村の風景とは、酷く不釣り合いに見える。剥き出しのコンクリートは、この村において文字通りの完全な異物であった。


  城塞を思わせる威圧的な宿の様子に、有名なカルト宗教の本拠地みたいだ―などと、由香里は失礼な想像をしてしまった。


  スーツ姿の男衆に挨拶をすると、吉村は学生に荷物を降ろすように指示をだす。


 「チェックインまではまだ時間がある。大きな荷物だけは預けて、またここに集まるように」


  当の学生たちは、車から降りるなりスマートフォンを取り出して、宿の写真をSNSに投稿することに夢中になっていた。そんな彼らを視界の端に収めながら、吉村は遅れて出てきた女将に挨拶した。


 「こんにちは。吉村です。ご覧のように騒々しい奴らですが、どうぞ三日間よろしくお願いします」


 「あらあら、若い方は元気で結構ですよ。ようこそ獅子織村へ。何もないところですが、どうぞごゆっくりしていってください」


  感じの良い初老の女将は、女将が着るには少々品のない、金色の着物の袖を揺らした。袖の部分には獅子の刺繍がされており、桜の瞳にはそれがとても奇怪なものに映った。


  百歩譲って、虎の刺繍ならば桜も見た事があった。しかし、干支にも数えられる一応は縁起物の虎だとしても、柄の悪い粗暴な印象を、顧客に与えてしまうだろう。


  虎ですら悪影響は免れないが、着物の刺繍は獅子。それは権力や富、あるいは百獣の王としての威厳を彷彿とさせる。少なくとも、旅館の女将が身を包む着物に用いられるアイコンでは、決してないはずだ。


 「獅子の刺繍…。獅子織、村の名前ですよね。ここには獅子にまつわる伝承が?」


  何か特別な理由があるのだろう、桜は女将にそう問いかけた。女将は着物の柄とは幾分か乖離した、品の良い笑顔を浮かべ朗らかに答えた。


 「ええ、ええ。綺麗な獅子の刺繍でしょう?村の特産の、金色の繊維で織られております。機会があれば、ゆっくりお話させていただきますよ」


  桜は知る由もないが。この村の女性にとっては、金色の着物を身に纏うことは、誇りある伝統であり、ある種のステータスであった。


  ぎらぎらと太陽を反射する金色に、桜は一瞬―聞き慣れたサンバの音が聞こえてきた気がした。金色の着物を纏った名優の姿を想起し、思い出し笑いに上がり始めた口角を隠すように、彼女は深深と頭を下げる。


 「はい、お願いします。お世話になりま…っと」


  頭を下げた桜の体に、スマートフォンを掲げた由香里が接触する。桜は大きく体勢を崩したが、由香里は気づかずに走り去ってしまった。


  由香里たちは敷地内にいた数羽の烏を追い散らしながら、子供のようにはしゃぎ回っていた。


 「やばーっ!想像の十倍エモいんだけど!」


 「エグいて笑」


  由香里は生まれも育ちも東京都内であるが、こうした自然も嫌いではない。彼女は現在港区に住んでおり、東京タワー近隣の公園によく訪れていた。


 「なんか、久々~!」


  特にここ最近は試験勉強に追われていたこともある。名門校出身であり、試験だけは得意な彼女であるが、それでも毎晩遅くまで試験勉強に費やすことになった。漸く踏みしめることのできた自然に、解放感もひとしおである。


 「何か、来たことあるみたいじゃん」


  齋藤にそうからかわれ、由香里は笑顔で返した。


 「ま、これでも温泉旅行とかが趣味なので」


 「いいね。また一緒に行きたいね」


 「次は二人きりで、ね」


  由香里たちは一頻り写真を撮り切ると、ようやくバンから荷を降ろし始めた。


 「大丈夫?藍沢さん」


  吉村は、焼けたアスファルトに手を衝いた教え子を、優しく助け起こした。


 「…ええ。行きましょう、先生」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ