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27話 詰問

  桜は、手錠を付けられて警察の取調べを受けていた。取調べと言っても田舎の駐在所に大層な拘留室があるわけもないので、彼女は生活感のある雑然とした個室で駐在員に詰め寄られていた。


 「ですから。弁護士を呼んでください。それまでは、何もお話できません」


  押収されていた着替えを貰い、食事も貰い。警官の厚意でシャワーも借りることが出来た。桜はつくづく、法治国家に生まれたことに感謝した。彼女は漸く気力を取り戻し、今は駐在巡査相手に舌戦を繰り広げていた。


 「弁護士は来られない」


  桜は肩を落とした。先程から、話はずっと平行線である。弁護士を呼ばない限りは、不利も不利であるからだ。


  そもそも、神社に寄ってパワー・プレイに興じてしまったお陰で、彼女は尋常ではない量の返り血を浴びてしまっていた。さすがにこれでは、桜単身で無罪を主張することは難しい。


  駐在巡査は、最初こそ山姥のような桜の姿に気圧されてしまったが、今は冷静に彼女が大量失踪事件に絡んでいるのではないかと問い詰めていた。結論として駐在の推理は当たらずも遠からずであったのだが、二人にそれを知る術はない。


 「では、何もお話できません。御期待に沿えないことは大変心苦しく思いますが、私個人としてはまず無罪を主張させていただき、そして木村さんが私の目の前で自殺を図ったこと以外は申し上げようもございません」


 「あのねえ…」


  普通に考えれば、木村が桜の目の前で唐突に自殺したというのは有り得ない話である。それも、道具も使わず自ら頚椎をへし折って死んだというのだから、警察からしてみれば信用できるはずもない。つまるところ、被疑者の証言はアテになりそうもない。しかし、彼は村人の献身的な―言い換えるならば、狂気的な―協力もあり、捜査は署の応援なしでも十分進むのではないかと楽観していた。


  畢竟、現実はそうではなかった。失踪した村人はおろか、木村を殺害した凶器すらも出てこないのである。寧ろ、今は桜より駐在の方が精神的に消耗していた。


  時刻は午前十一時。大人数で祭りの準備がなされているのか、段々と駐在所の周りも賑やかになってきた。


  そんな中で、吉村たちのバンが派出所の前に停車した。ドアが開くと、吉村と学生たちがぞろぞろと姿を現す。吉村は駐在所の前で、今朝方高橋の検死を行った警官に呼び止められた。


 「吉村先生、御足労ありがとうございます」


 「いえいえ」


  自分より二回りは若い、少しやつれた隣町の駐在に、吉村は頭を下げた。


 「学生が、苦労をおかけいたしました」


 「いえ、仕事ですから」


  そう言って、彼は吉村たちを仮設の拘留室へと案内した。


  個室では、尚も桜と巡査が水掛け論の言い争いをしていた。巡査と異なり女学生の方は冷静であったが、寧ろその相変わらず怜悧な表情に、一同は恐ろしくなった。特に野本と廣瀬は、桜に怯えているようであった。それも仕方の無いことである。何故なら彼らにとって、桜は同じゼミの仲間の命を凄惨に奪った、サイコキラーの可能性があるからだ。


 「藍沢ァ!」


  由香里は桜を見るなり、ヒステリックな金切り声を上げながら殴りかかった。無抵抗の桜を、由香里はどこからか手にした水入りのペットボトルで滅多打ちにした。


  桜は、微動だにしない。手錠を掛けられた細い両手をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばって、耐えた。そうするのが、正しいと思ったからだ。


  有村由香里の誤解を解くことは、難しいだろう。彼女とは決して仲が良いわけではなかったが、それでも同じゼミの学友である。親友を失った悲しみくらい、自分が受け止めてやることも、やぶさかではない。桜は、そう考えていた。


  幸い、由香里の凶行は途中で警官と齋藤に止められたが、桜の頬と額の上には、殴られた跡が赤赤と残されていた。


 「有村さん」


  彼女がどう思おうと、何を信じようと、それは有村由香里自身が決めること。しかし、真実は。きちんと、告げるべきだろう。


  桜は深呼吸して、決心した。そして努めて静かな声色で、桜は由香里に言い聞かせる。


 「木村さんは、自殺しました。殺したのは、私ではありません」


 「嘘だっ!!!」


 「いいえ。本当です。私は、一人で木村さんの首を折れるだけの力を、持ち合わせていませんから」


 「それは瑞希だってそうでしょう」


 「ええ、そうですね。しかし…」


 「それに、あんたは逃げた!」


 「…」


  それは、由香里の言う通りである。確かに、桜は逃げた。気が動転していたとはいえ、それは紛れもない事実。


  何も隠す必要はない。桜は自分の言葉で、ありのままを由香里たちに伝えることにした。


 「ええ、その通りです。私は、逃げました。あの時は、常軌を逸した光景に、パニックになってしまったのです」


 「嘘だ!いつもの口八丁で逃げようとするつもり?!」


  目を血走らせ、由香里が吠える。その剣幕に、桜は表情を曇らせる。どうやら彼女には、あまり余裕がないようだ。


  まずい。状況はあまり、良くないだろう。


  このままでは弁護士を待っている間に、由香里にあらぬ事を喚かれそうであった。そうなると、どうしても不利になってしまう可能性がある。基本的には、物的証拠さえ無ければ自白以外で決定的に裁判の結果に働きかけるような要素はない。しかし、取調べを担当する警官の印象は、悪くなる一方であろう。最後まで黙秘を貫くか刹那の間逡巡した後、桜は可能な限りで自己弁護をすることにした。


 「…木村さんは正気を失っていました。自殺の寸前、彼女は私に襲いかかろうとしたのです。私が慌てて身を翻したところ、彼女は突然自分の手の甲を掻き毟り、そして、自分の頭を自分の手で回しました。段々と、彼女の瞳から光が失われていくのが見えて、私は脈を調べようと彼女に触れてしまったのです。そこを、高橋さんに見られたのです。彼も気が動転していたようで、大きな声を出していました」


  一息ついて、桜は一同の顔を見渡した。自分に有利な証言をしてくれるであろう、高橋の姿を探してのことである。


 「私は、逃げました。このままだと、高橋さんに人殺し扱いされてしまうと思いましたから。ここまで、合っていますよね、高橋さん?」


  しかし、いつもなら飛び出してくるであろう、お調子者の姿はない。桜は不審に思って、吉村に彼の所在を尋ねた。


 「…高橋さん?…ところで、高橋さんは?」


  吉村が話す前に、由香里が口を挟んだ。


 「あんだが殺したんでしょう!目撃者を消すために!」


  由香里の言葉に、桜は硬直した。


  高橋さんが、死んだ?


 「待っ…てください。高橋さんが、亡くなったのですか?」


  茫然自失の桜に対して、由香里は鼻を鳴らして応えた。


 「白々しい。あんたが殺したくせに」


 「待てよ由香里。高橋さんに関しては、まだ藍沢が殺したと決まったわけじゃない」


  一応、齋藤が桜に助け舟を出してくれる。


 「高橋さんに関しては、じゃありません。木村さんもです。私はやってない」


  桜は齋藤の言葉を訂正すると、苦虫を噛み潰したような顔をした。


  遅かった。守れなかった。もう、犠牲者が出てしまった。


 「吉村先生、本当なのですか」


  力なく、吉村は首肯した。その姿を見て、桜は愕然とする。


 「うん。今朝、宿でね。手足と首を折られて、亡くなっていたよ」


  手足を折られて、という言葉を聞いて、桜は顔を青くした。この村には、その死因にぴたりと当てはまる、怪物がいる。高橋が死んだのは、シシオリの仕業である。


  顔面蒼白の桜に、吉村は優しく語りかける。


 「ところで、藍沢さん。体は大丈夫かい?もしかして、崩落に巻き込まれた?」


  何故それを、と疑問に感じたが、そもそも山道は一本道である。滝から戻る際に、崩落現場を見るのは当然のことだ。


 「ええ、そうですね。まんまと巻き込まれまして、昨日は洞窟で夜を明かしました」


  桜の言葉を聞いて、由香里は威圧するように机を叩いて叫ぶ。その異常な様子に、廣瀬と野本は震え上がった。


 「罰が下ったんだ!」


  罰。そうかもしれない、と桜は自嘲した。これは、一度責任から逃れようとした、そして高橋を守れなかった、自分への罰。


 「ええ、そうでしょうね。私は逃げましたから」


  元々自罰的な性格の桜は、由香里の言葉を真摯に受け止めることにした。


 「藍沢さん。答えてくれ」


  吉村は、桜を真っ直ぐに見据えた。彼としては、ここで桜から、真意を引き出したかった。


 「どうして、このような凶行に及んだんだい?」


 「ですから。私はやっていません」


  毅然と。桜はそう言い切ってみせた。桜の視線の動き。発汗具合に、唇の運び。吉村は心理学的な洞察を総動員した。


 「本当に、やっていないのだね?」


 「ええ」


  柔和な表情で、納得したような顔をした吉村。


  これは理論に基づいた尋問であった。彼女からすれば、吉村の態度は嘘を突き通せたと確信させるものであった。心拍数を測れないことが惜しいが、この後で桜が極端に落ち着いた―安心したような様子になれば、彼女が嘘をついている可能性は低くなるだろう。逆に少し興奮したように、嘘を補強するために口数が多くなれば、確実にクロだ。


  しかし、吉村の目には、とても木村の死について桜が虚構の物語を組み立てているようには見えなかった。しかし、彼女は努めて冷静を装っている風にも見える。


  吉村の観察の通り、桜は焦っていた。恐怖していたのだ。悪霊を祓える力を有した自身の先祖は、その力を使い果たした。そして、悪霊は今にも覚醒しようとしている。如何に血筋がそうであろうが、畢竟、今の桜には、魔物に対処出来るような異能は備わっていなかった。


 「藍沢さん、もう一つ、いいかな」


  自己肯定感も高く、気丈な桜が怯えている。吉村は恐る恐る、その訳を聞き出すことにした。


 「何がそんなに怖いのかな?」


  桜は、震える瞳で吉村を見据えた。


 「先生。一刻も早く、この村を出ましょう」

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