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24話 リサーチ

  公民館に着くと、一同は早速調査に取り掛かった。元々個々の能力は日本の中でも最上位に位置する彼らである。由香里たちは次々に資料を見つけては、公民館から貸与されたホワイトボードに情報をまとめていった。


 「昔の資料が出てきました。旱魃に関してですね。資料によれば、近年まで獅子織滝に生贄を捧げていたみたいです」


 「滝にあったあの白骨死体はそれか」


 「先生、九年前の新聞、出ました。時期は今回と同じ八月。女性三人のグループが、いずれも頚椎を損傷して亡くなっています」


 「付近に皮を剥げそうな猟師は?」


 「先程サーベイしましたが、数十年前までは熊撃ちがいたそうです。しかし、現在猟友会は解散しています」


 「先生」


  齋藤が古い資料を館員に手伝ってもらいながら、一同の元まで運び込んできた。この館員は村の外から来た人物で、吉村は彼に調査の協力を依頼した。


 「これを見てください。室町時代に描かれたものと伝えられていますが、外部の分析によると実際には大正時代初期に描かれたものだそうです」


 「ふむ、きな臭くなってきたな」


  その保存状態がよい郷土史は、獅子織村の歴史が絵巻としてまとめられていた。齋藤が開いていた頁は、村人が金色の衣を纏った女性から、件の繊維を賜っている姿が描かれている。女はこの時代にしては奇抜な金色の髪をしており、保存状態が良いとは言っても年季を感じさせる絵巻には、少々不釣り合いであった。絵巻の中で妖艶な笑みを浮かべる彼女からは、それが例え古風なタッチで描かれていたとしても、絶世の美女だったのであろう気品が伝わってきた。


 「金色の毛か」


 「金毛白面、とくれば九尾の狐ですが」


 「単なる語呂合わせですけど、九、という数字も一致しますね」


  齋藤と廣瀬はそう言い合うと、顔を見合せた。


 「藍沢さんが」


 「そうか、稲荷神社。あれは、この金色の毛を売っている女を祀ったものか?」


 「それは飛躍しすぎだろう。しかし、有益な情報であることに変わりはない。九尾の狐か…」


  吉村はホワイトボードにそう書き込むと、顎を撫でた。


 「あとは、これも…」


  そう言って、齋藤が絵巻の中の掛け軸を指で示した。怪訝な顔で、吉村はそれを見た。


 「九相図、か。諸行無常を表す、仏教の考え方だな。参ったな、これも『九』か」


  金髪の女性の後ろ、絵巻の中に更に描かれた掛け軸には、九相図が描画されていた。九相図とは、人が死に、やがて骨になり土に還るまでの様子を表したものである。その様子は九つに分かれており、ガスが溜まって膨張するところから始まり、腐乱し鳥獣に食い荒らされる工程を経て、最後は焼かれて灰になるまでが描かれていた。


 「…私たちの人数は?」


  由香里がそう呟くと、すかさず廣瀬が人数を数えた。


 「八、だね」


 「そこは違うんだ」


  考え、仮説を立て、調べる。彼らは目覚しい勢いで調査を進めた。その結果、確実な情報を三点得ることが出来た。


  一つ、この村では、九年ごとに外部の人間が訪れては亡くなっていること。二つ、この村では、生贄の風習があること。そして最後に、獅子織様は、近年になって作られたものであるということだ。


  最後の情報は、郷土史を紐解くことで判明した。何点かの郷土史には、一見するだけでは気が付かない、巧妙な方法で情報を偽造した痕跡が見つかった。恐らくは、紙の質感を再現可能な、修正液のようなものを用いたのだと考えられる。修正箇所も絵巻の和紙と同様に劣化しており、一見すると区別がつかない。しかし、一部は割れて剥離しており、そこでようやく彼らは偽造を見破ることができたのだ。


  こうして偽造されていた部分を読み取ると、龍神は元々本当に龍として崇められていることが分かった。『獅子織』という存在は、その龍神伝説に被せて意図的に作られたと考えられる。


  恐らくは、生贄の儀式を扇動した何者かが、私欲の為に持ち出した偽りの神―それが、獅子織だろうと彼らは結論づけた。


 「この高名な巫女が滝に住む魔物を鎮めたらしい。しかし、彼女は魔物を取り逃したと」


 「この逃げている女こそ、魔物の正体」


  白く肥えた巨大な人面の蛆と戦う、錫杖を持った巫女。そして、次の頁では魔物は樹木によって縛り付けられ、巫女の後ろを蛆と同じ顔をした女が逃げていく。彼らは女と蛆の顔を見比べ、彼女こそ魔物が姿を変じたものであると推測した。


 「魔物は、村の外に出ていた…?」


  独り言のように、由香里が呟いた。誰かが、生唾を飲み込む音が聞こえた。


 「まあ待ちなさい。何も、この絵巻が直接物事を表しているとは限らない」


  そう言って、吉村はホワイトボードを指し示した。彼は取りまとめた情報を整理し、仮説を立てた。


 「例えば、金色の繊維というのが、富の象徴であるとする。こと小乗仏教では、私欲はタブーだ。基本的にはね。しかし、悪心というものは、一度動き始めれば止めるのは難しい。金色の繊維の売買で村は栄え、人々の欲望は加速した。そうして肥大して行った村人たちの欲望の象徴が、この魔物。一旦は抑え込まれたと思われた悪心も、村人の中には潜んでおり、時が経てば再び現れるだろうという戒めが、この最後の頁である、とかね。


  九相図は、諸行無常の精神を象徴している。驕れる者も久しがらず、というだろう?我欲に流されるまま富を溜め込んでも、いつかはなくなってしまうということを表しているかもしれない。


  この説だと生贄との関連性が不明瞭だが、セパレートして考えても問題ない可能性もあるな。生贄は、十中八九雨乞いのためだろうから。龍神伝説があるなら、尚更だ。生贄に関しては、大昔には日本中どこの村でもやっていたことだ。大正時代までと言われると、少々驚きを隠せない。―が、集落の立地がこの陸の孤島では、明治維新から始まる近代化が遅れたのも致し方ないだろう。


  最後に、外から来た人間を排斥したがるのは、田舎のような閉鎖的社会ではありがちなことだ。執拗に頚椎に固執するのは、何故だろう。それは、犯人の私怨があるのかもしれないね」


  私は刑事ではないのでその辺は説明がつかない、と吉村は付け足した。


 「確かに、そういう考え方もできますね…」


  齋藤は吉村の説に賛同した。彼の説を補強する材料こそ現時点では持ち合わせがないが、吉村の仮説は確かに説得力をもっていた。


 「一点、いいですか。あの…」


  野本が吉村に質問を投げかけようとすると、吉村の携帯電話がタイミング悪く鳴り出した。吉村は一旦教え子を制すと、立ち上がって電話を取った。


  彼は二言三言電話に向かって喋ると、学生たちに向き直った。


 「藍沢さんが、見つかったらしい」


  桜の無事を喜ぶ面々に、由香里は無性に腹が立った。




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