23話 S大学生の矜持
「…ええと」
漸く目を覚ました廣瀬が、全員の顔を見回した。
「ど、どうする?」
「どうするったって…」
野本が震える声で言った。彼はその場にしゃがみ込むと、年甲斐もなくべそをかいた。
「どうにもできねぇよ。祟りなんだろ、俺たち、みんな死んじまうんだよ!」
野本の横を、高橋の遺体が運ばれていく。血なまぐさい、むかつく臭いが、辺り一面に立ち込めた。高橋の開いたままの瞳孔が、野本に虚ろな視線を向けていた。
「高橋さんみたいに、皮剥がれて。木村さんみたいに、首の骨折られて死んじまうんだ!」
「やめろ!」
恐怖のあまり気が動転したのか、齋藤が野本に掴みかかった。床についた野本の手は、高橋の血で赤く染まった。
由香里は、ストレスのあまり泣き出した。悲しくもないのに、涙が止まらなかった。漠然と、もうダメだと感じた。助かることを、心のどこかで諦めた。
「やめないか!」
吉村の叱責がとび、齋藤たちは我に返る。吉村は大きく息を吸い込むと、それに見合った声量で続けた。
「ことある事にぎゃーぎゃーと、それでも大学生か!大人としての自覚があるのか!自分には学があるからと天狗になっているのかもしれないが、今の君たちははっきり言って小学生以下だ!」
彼は齋藤の胸ぐらを掴むと、平手打ちを食らわした。齋藤は床に叩き伏せられ、由香里は悲鳴を上げた。
「幸樹!先生、やめて!」
吉村は再度大きく呼吸すると、これまで学生たちが聞いたことのない声量で、彼は叫んだ。
「君たちは、何だ!学問の徒だろう!科学に生きる者たちのはずだ!それが、非科学的なものに踊らされ、碌に調べもしないまま情報を鵜呑みにし、勝手に絶望した!あまつさえ、友人に暴力を振るうのか!」
由香里たちは、言葉も出なかった。確かに、吉村の言う通りだ。
常軌を逸した惨劇に、呑まれてしまったことは仕方がない。しかし、『祟り』などという彼らの知る科学からは最もかけ離れたものにまで、呑まれてしまう必要はない。
「君たちは、誇りあるS大学の学生なんだろう!なら、少しはS大学生らしくしてみせろっ!」
由香里の中から、力が湧いて出てくる。そう、自分たちは、他でもないあの名門S大学の学生なのだ。この程度の逆境、容易に超えてみせるだけの、力と才能があるはずだ。
吉村に鼓舞されて、一同は拳を振り上げた。野本と廣瀬に至っては、肩を組んで泣きながら校歌を歌い始めた。
「…暴力はいけないと言いながら、何とも矛盾したことをしてしまった。すまないね、齋藤くん」
「いいんです、先生。お陰で気合い入りました」
齋藤は吉村に喝を入れてもらった礼をすると、力強く立ち上がった。
「初めに、公民館に行き、過去の文献を漁ろう。そして、本当に九年ごとに犠牲者が出ているかどうか、調査をしよう。祟りでないなら、他殺だ。これは有り得ない仮定の話だが、万が一にもこの現象が獅子織様の祟りなら、必ず解呪ないしは沈静化させる方法は伝わっているはずだ。そうでなければ、この村は存続していない」
吉村の提案に、野本は首肯した。
「祭りの周期も九年でしたね。さっきの様子を見る限りだと、この村にイカれた風習がある可能性もある」
「それはそれで良くないな。祟りというものが本当にあるのかどうかはさておき、人間の方が恐ろしいことは確かだ。追い詰められた人間が、何を始めるか分かったものじゃない。取り敢えず、私たちは五人全員で行動するように心掛けよう。幸い、この村は老人ばかりだ。私は兎も角、君たちが本気で走れば追いつけるやつなんていないさ」
そう冗談目化して言うと、吉村は学生たちに荷物をまとめさせた。チェックアウトの日付自体は今日であったため、彼らは一旦宿を後にすることにした。女将は残念がっていたが、殺人鬼が彷徨いているともわからない場所に留まる訳にはいかなかった。今後、トンネルが復旧するまで、移動と宿泊はバンで行うことにした。三人が欠け、随分と広くなってしまったバンは、皮肉なことに往路より快適になった。




