10話 核心
食後、桜は海咲たちと共に、浴場近くの休憩室で自販機の棒アイスを楽しんでいた。
ここへ来る道中、齋藤と木村の二人と遭遇しそうになったが、桜は彼らを避けるようにして海咲の元へと逃げてきた。齋藤たちがやけに親しそうであったことが少し鼻についた―有村由香里の立場に立ってみると、二人との関係はそれぞれ恋人と親友であったから―が、桜は由香里に告げ口するつもりは毛頭なかった。これ以上痴話喧嘩が起きようものなら、吉村が胃痛で倒れてしまいそうであったからだ。
彼らの姿を思考の片隅に追いやると、桜は傍らに座っていた海咲に微笑みかけた。
「ありがとう…その、何から何まで。私、どうかしていたわ」
桜の手の中には、苺味の棒アイス。桃色と白色のマーブル模様が可愛らしい。アイスは、海咲が奢ってくれた。歳の割に彼女は羽振りが良いようで、原宿系ブランドの可愛らしい長財布の中には、一万円札がぎっしりと詰まっていた。
「いいってことです。怒りが有頂天になることなんて、誰にでもありますよ。忘れましょう、甘い物食べて。カカオは記憶にいいのです」
「ちゃんみさ、普通の人にブロント語は通じないんだよ。あとそれカカオ入ってない」
時折咳唾珠を成すこともあるとは言え、海咲の言動は往々にして滅茶苦茶であった。黒髪の少女は、本人の意思に反して終始ツッコミ役に回っているようである。彼女が海咲のナンセンスの元ネタを解説してくれるようになり、桜は漸く花崎式会話術のスピード感に追いついた。
「それにしても、さっきの川魚はやばかったねぇ。死臭がしたよ」
「海咲ちゃん、それは調理の前に魚が死んでいるから仕方がないのでは…?」
「あはは」
どうやら、彼女たち二人も川魚を受け付けられなかったようである。聞いたところによれば、二人とも臭いが気になったようだ。桜は明確に言語化できるほど塩焼きに対して嫌悪感を抱いてはいなかったが、言われてみれば確かに、臭いが気になったような気がした。
「そういえば、この近くは狐の嫁入りで有名なんですよ、桜さん」
「ああ、そうなの」
「ちゃんみさ、息をするように嘘をつかない」
「すみません。何にせよ、お稲荷様は祀ってあります。というか、桜さんよくそれに気がつきましたね?何か感じます?こう…第六感的な」
海咲は雲を掴むようなジェスチャーをしてみせた。桜は海咲の冗談を笑って受け流すと、首を左右に振った。
「全然そんなことはないわ。ただ、今日の昼間、海咲ちゃんが言っていたことがあるでしょう?」
老婦人が持っていた桐箱の中に納められていた金色の糸。海咲は、あれを狐の毛だと言っていた。
「いえす。でも、あれは私が適当言っただけで…」
「本当に?」
「ちゃんみさ、余計なこと言ったの?」
「やば、私の責められターンか、これ。お話は既に拷問へと変わっているんだぜ?」
桜は、核心に踏み込むつもりだった。もし、万が一。彼女の予想―否、妄想が正しいとしたら。弟が姿を変えてしまった原因が、呪いであるという可能性。それが、桜の妄信から、確信へと変わる。
「海咲ちゃん、貴女が…獅子織様なんじゃない?」
予想外の言葉に、海咲はくすりと笑った。




