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3話 束の間の休日

「おーい、アルティナちゃーん!」


「アルティナさん、早く早く!」


「ああ、すぐ行く!」


 アルティナは人混みの中、先の方にいるフィルとクレイドに急かすように言われすぐに返事をする。

 雲ひとつない晴天に恵まれた今日は、年に一度のアストラル王国建国記念日である。普段であれば普通の商店が立ち並ぶ道が、今日は多種多様多くの出店が並ぶ。

 いつも人通りの多い道だが今日は年に一度の祭事ということもあり、そのさらに多くの老若男女、人種、国外の人、冒険者と様々な人々が行き交い、人が通るのもやっとの光景を見せていた。

 アルティナは普段、このような催し物に出向くことは少なく、また人混みにも慣れていないせいか、フィルとクレイドについていくのに必死のようだった。


「すまない、遅れた!」


「アルティナさん、次はあそこのお店に行きましょう! あの出店はこの祭りの日限定、頬っぺたが溶けて落ちるほど甘くて美味しいスイーツが売られるそうですよ! あぁ、もうあんなに人が並んでます!個数にも限りがあって売り切れ必至みたいですから、早く行きましょう!」


 続けてクレイドも。


「お、あそこの出店、めちゃくちゃうまそうな巨大骨付き肉が置いてあるぞ、しかもビールも1杯サービスだってよ! あとで行こうぜ!」


「二人とも、今日やけにテンション高くないか?」


「えぇ、だってお祭りですよ(だぜ)!」


 まずはスイーツの店から行きましょう、とフィルが言うとクレイドはおう、と二つ返事。すぐに目的の出店の方へ二人はそそくさと行ってしまった。

 クレイドは相変わらずだが、フィルに関しては普段冒険者としての彼女しか見てこなかったが、プライベートになると意外とこう言う一面もあるのだなとふとアルティナは思った。


(まあ、たまにはこういうのも悪くないか)


 本来今日は先日の一件もあり、各々休みということになっていた。しかし昨日の酒場での話の中、フィルの提案でパーティでこの祭りに行くことになったのだ。フィルは意外なことに祭りのような行事が幼いころから好きらしく、アルティナは今日も鍛錬に励む予定だったのだが、フィルの輝くような目を向けられると断れずに了承して、祭りへとやってきていた。

 アルティナはまたも一人遅れる形になってしまった。早く二人のところへ行かねばと少々焦りつつ歩みを進めようとした。

 ・・・その時。

 どこからともなく子供の声で楽しそうに鼻歌を歌う声。

 あたりは祭りを楽しむ人々の声で溢れかえっているなか、アルティナはその鼻歌だけが周りの声を掻き消すかのようにはっきりと聞こえる感覚に陥いった。


「ん?」


 アルティナは、その鼻歌がやけに気になり、その鼻歌を歌う主を探そうと周囲を見渡す。

 あたりは当然のように祭りを楽しむ普通の人々ばかりだ。探していく中で、不意にある一点を見つめる。すると人と人が歩いているその小さな隙間に見覚えのある顔が一瞬見えた。


「あ、待て!」


 アルティナは思わず声に出す。鬼の童女の顔が見えた気がした。しかし、周りの人混みのせいで一瞬見えた隙間のその人物はすぐに見えなくなった。

 距離にして約十歩ほどの距離か、普段の人通りであればすぐに追いつくほど近い距離だが、この波のように人が行き来する状況ではやけに遠く感じる。

 アルティナは焦って、少しばかり申し訳なさそうな面持ちで道を開けるよう目の前の人に頼みつつも、特に返答は聞くそぶりは見せず、半ば人を押しのけるようにしてその方向へと進む。

 人を五、六人ほど押しのけて、いよいよ童女の顔が見えたところへたどり着いた。

 しかし、その人物はすでにいなかった。

 アルティナはやけに落胆した表情を浮かべる。まだ近くにいるかもとは思ったが、ただでさえ大人一人を探すのにも苦労しそうなこの人混みの中である。子供と同じ体躯のあの鬼を探すのは間違いなく不可能だと思い、それ以上は探さなかった。

 ただ間違いなく、自分自身をあの窮地から救ってくれた鬼の童女であったことは間違いないと確信する。そして先ほど見えた童女をもう一度思い浮かべたところ、アルティナの脳裏に不可解な疑念が湧いた。


(角が、無かった・・・)


 その童女の額には、あるはずの角が無かったのだ。その姿はまるで、祭りをただ陽気に楽しむ、幼い人間の少女のようだった。


 時刻はもう夕方に差し掛かっていた。この後の夜は花火大会もあるらしく、屋台が並ぶ商店街のほうにはまだまだ人通りで溢れていた。

 今はとうにパーティは合流しており、小休止といったところか、今歩いている道は商店街から少し外れた路地であるため人通りは少ない。三人は思い思いの表情で右からクレイド、フィル、アルティナの順に並んで歩いていた。

 フィルとクレイドは祭りでの目的が果たせたのか、満足げな表情で歩いている。一方アルティナはというと、先ほどの鬼の童女を見かけた一件から、考え事をするかのような少し浮かない表情をしていた。


「楽しく、なかったですか?」


 不意にフィルから投げかけられた言葉にアルティナはハッとする。横を向くと、先ほどまで浮かべていた表情はなく、こちらを心配するような、不安そうな表情をしていた。


「いや、すまない、全くそんなことはないぞ! 私はとても楽しかった。ありがとう、フィル」


 アルティナはこれまでの浮かない表情を無理やり抑え、しかしながら自然な笑顔をフィルに向けて言うと、フィルはパアと笑顔を取り戻した。


「それなら、よかったです!」


 その一連の流れを横で見ていたクレイドは口を挟む。


「そうだ、このあともう少し夜が深くなったら花火大会があるみたいだし、三人で見ないか?」


「そうしましょう!」


 フィルは即答で返事をし、アルティナもそれにそうだなと言って賛同する。


「よし、決まりだな。そしたら、なんだか腹も減ってきたなあ。また集まるのもなんだし、時間まで酒場でも行こうぜ!」


 二人はその意見に賛同し、三人は酒場の方へ向かって歩き出した。歩き出したところで、アルティナはまたも表情を濁らせるのだった。




「なんだありゃ?」


 クレイドは歩きながらに、首を傾げた。

 昨日行ったギルド前の酒場が見えてきたころ、酒場前には妙な人だかりができているのが見えた。酒場前には、あきらかに何人かの人々は足を止め、見物している人さえ見えた。


「おいおい、なんだ揉め事か?」


「困りましたね、あそこに人が集まっているようでは到底お店に入れなさそうです」


 二人は同じように困り顔を浮かべる。

 そうこうして辿り着いたが、遠目から見た時よりも思った以上に人が集まっていて、なかなか前が見えず、人だかりの原因がわからない。


「早く飯食べてえ、酒飲みてえよ・・・」


 トホホと言った表情で呟いたクレイドの腹の虫が暴れている。


「なにがあったのでしょうか?」


「仕方ない、聞いてみよう」


 アルティナはすぐ近くにいた野次馬に声をかけこの人だかりのわけを聞く。

 曰く、恐らくどこかで家族と逸れたであろう子供が酒場に入らせろ、私も酒を呑めると言っているとのこと。当然、酒場に子供を入れるわけにはいかないので、事態を聞いた酒場のマスターも店先に出てきて子供は入れないということを説明したがなかなか聞かないとのこと。

 あろうことかここらにいる人間よりはよっぽど生きているぞと言っているとのこと。

 どこぞの子供かわからんが、言っていることがわけわからねえからもうすでに酒が頭にまわっているんじゃねえの。と野次馬はぼそっと呟いた。


「まさか・・・」


 アルティナはその呟きは無視して、その話を聞いて思い当たることしかなかった。すぐに前にいる人を押しのけて前へ、前へと進んでいった。背後からクレイド達の呼び止めるような声が聞こえたが、それすらも無視して前に進む。


「だーかーら、私は酒飲めるよ! ほれ、この徳利の中をよく見てみろ、れっきとした酒だよ」


「わかったわかった、ただの水でしょうそれは。両親心配しているだろうから帰りな」


 次第にこの人だかりの原因となる声が聞こえてくる。アルティナは前にいる人がようやく二、三人になったところで足を止めた。


「いた・・・」


 そこにいたのは、先ほど見た童女。いや鬼。だがやはり、確かに角はなかった。

 アルティナは止まると、背後からクレイド、フィルもアルティナが通った間を付いてきていたようで、二人も止まる。


「アルティナちゃん、どうしたの急に人押しのけていくなんてビックリしたよ」


「そうですよう」


「いたんだ、私の命の恩人」


 アルティナはそう言うと、さらにその前の二、三人の野次馬の間を通って前に躍り出た。


「あれ、あんた、この前の?」


 少女、鬼の童女は確かにそう言った。それを聞いたときアルティナはさらにこの童女が自分の命を救ってくれた者であると確信することができた。

 そして、酒場のマスターに言い放った。


「マスター、すまない。この人は私の知り合いで、先日魔物にやられそうになっていたところを追い返して救ってくれた、命の恩人なんだ。私が面倒を見るから、どうか私に免じて、酒場に入れさせてはくれないだろうか」


 誰がそんなことを言うのかといった表情でマスターは少女から目を離し、それを言った主、アルティナを見るととても驚いた表情をして、ほんの小考をし言葉を返した。


「・・・まあ、アルティナさんが言うのであればいいでしょう」


 その一幕を見た周囲の野次馬はざわめきだす。


「あれって、第一級冒険者、碧眼の女剣士、アルティナだよな?」


「間違いなくギルド一の実力を持つ冒険者がやられそうになるほどの魔物を追い返した? あの子供が?」


 そんな声がどこからともなく、噂話をするかのように聞こえてくる。

 もちろん、驚いているのは野次馬たちだけではない。


「あれが? あんな普通の子供みたいなのが、アルティナちゃんの言ってた、鬼?」


「でもアルティナさんが言っていたような角は生えていませんね・・・」


 二人はそう言って目を合わせた。

 マスターとアルティナのそのやり取りでようやく事は収まり、周囲の野次馬たちは雲の子を散らすように帰っていく。マスターもアルティナによろしくなと一言添え、酒場の中に入っていく。

 野次馬たちが帰っていき身動きが取れるようになったクレイドとフィルは対面する二人の元に近寄る。


「アルティナちゃん、その子が言っていた鬼の少女でいいんだよな?」


 そうクレイドに問われたアルティナは、先ほどまでの曇った表情はとうに消え、コクリと頷いてから笑顔で答えた。


「まあ、まずは、店で乾杯してから話そう」


 鬼の童女はその言葉に、「さんせー!」と子供のような無邪気な声で呼応した。

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