8 畑を作ろう②
残暑お見舞い申し上げます。
三日目の朝。
「ふぇ、ふぇ、ふぇー――っくしょん!」
マリサは思いっきりくしゃみをして目を覚ました。
とは言え、かなりの疲労で直ぐに起き上がれそうにない上、瞼が重たくて目が開けられなかった。
(なんか、くすぐったい……。でも、もうちょっと、寝たい……)
全身が、もっと休ませろと訴えていた。
◇◇◆◇◇
昨日は、あれから湧いたばかりの井戸の水でシロリンを洗ったのだった。
シロリンがブルンブルンやっている中、マリサはずぶ濡れの自分を見下ろした。
この世界は今、春のぽかぽか陽気ではあるが、服が濡れっぱなしでは流石に寒い。
ここからは森が見えるくらいで、見渡す限り人工物は何もない。
人にも獣にも今のところ遭遇していないため、グズグズに濡れたスニーカーと靴下を脱いで裸足になり、思い切って服も脱いだ。
と言っても、下着は着たままだし、テントの中に置いていたカーディガンを出して羽織りボタンを留める。
『長めのカーディガンでよかったわ』
濡れた服を着ているよりはマシだろうし、動けば肌寒さも何とかなるだろう。
脱いだ服の水を絞って、テントの上へ広げて干すと、よしっと、畑に向き合って、右手を握って突き上げる。
『日が暮れる前に、ちゃっちゃと畝をこさえて、植えるぞ!』
◇◇◆◇◇
(昨日は中々頑張ったよ私……)
やり切った達成感を味わいつつ、微睡みながらマリサは想像を巡らせていた。
ゲーム『箱庭のロンド』では、野菜や果物を植える際に、相性を考えなくても良かったし、間引かなくても収穫ができるようになっていた。
勿論、ちゃんと野菜同士の相性や植え方を工夫した方が、質の良いものが育つのだが。
植えた後は一度きりでいいが、水やりは必要で、肥料はあった方が作物が大きく育つ。
更に、害虫対策をすれば歩留まりは高くなる。
今後マリサは、最低限自分達が食べる分の野菜を作り、家畜を育てることをメインにしたいと考えている。
その前に、暫くは野菜や果物を中心に、生産を増やしながら懸命に育てて、目当ての家畜を買うための資金を貯めなければならないだろう。
ゲームでは、鶏と山羊と羊を数種類育てていた。
雌鶏から収穫した卵の半分程を売り、山羊から取ったミルクでチーズを作り、羊の毛を刈り、毛糸に加工して売ったりもしていた。
(ぐふふ~。家畜を増やして、もふもふの楽園に……)
涎が垂れそうになり、マリサは現実に戻る。
「そうだ……そろそろ起きなきゃ。畑、どうなったかな……ふぇ、ぶあっくしょん!」
ブルリと身体を震わせて、今度こそマリサは目を開ける。
「うわああっ!」
目の前は、緑のもじゃもじゃで埋め尽くされていたのだった。
「なんじゃこりゃーっ!」
「ワフ、ワフ、ワフッ!」
背中にいるシロリンの鳴き声が、サラウンドで響き渡った。
そういえばと、マリサは思い出していた。
あれから高速で畝を作って、手持ちの種と苗を全部植えたのだ。
どれくらいの時間で、種から芽が出るか、苗が成長するのか確認しようと思い、シロリンにもたれながら暫く畑を見ていたのだが、その後の記憶がないのだ。
「あーっ、そのまま寝ちゃったんだわ」
もじゃもじゃの正体は、育ちに育った畑の野菜に違いないだろう。
取りあえず、目の前の視界を緑に染めている、蔦やら葉やらを掻き分け空間を確保する。
「シロリン、ちょっと動いて。後ろへ下がってくれない?」
背中のシロリンの腹の辺りをパシパシ叩いて、後ろへ移動してもらった。
やっとのことで、もじゃもじゃもりもりの緑の世界から脱出したマリサだったが、
「ふぁっくしょい!」
自分が薄着なことに気がついて、
「ひゃっ!」
と十cmほど飛び上がった。
「やだ、私ったら、服、服!」
慌ててテントへ駆けて行くと、屋根に干したジーパンとシャツ等を引っぺがして、テントの中に飛び込んだ。
(カーディガン羽織ってたとはいえ、こんな格好で屋外で、何時間も寝てただなんて……)
赤くなったり青くなったりしながら、急いで着がえると、マリサはペタンと座り込んだ。
「風邪ひかなくてよかった……。シロリンともじゃもじゃの野菜達が壁になってたおかげかも……」
マリサは、野菜の成長の早さに驚きつつ、ほっとしてもいた。
「あっそうだ、もう収穫ができるんだよね。ってことは、ロバジイがやってくるんだ」
畑の野菜等を収穫すると、どこからともなく、ロバに荷車を引かせたおじいさんこと、ロバジイがやってくる。
ロバジイは収穫物を買い上げたり、別の商品と物々交換してくれたりするのだ。
ロバジイが荷車で運ぶ品物はランダムで、いつ何を運んでくるのか分からないが、目当ての物が見つかるかもしれないという、楽しみがあった。
マリサは、今自分にとって必要なものがなにか、早速リストアップに取り掛かることにする。
「まず、農作業用の服は必要よね。汚れるし、雨が降ることもあるだろうから、着たきりじゃ無理だもの。そうだ、火をおこすための道具だわ。マッチとか、火打ち石とか? 火おこしの道具や鍋、ナイフに、お皿とかカトラリーは今すぐ必要ね……」
煮炊きするためにも、鍋や火おこしの道具は押さえておきたいのだった。
本音を言えば、ペラペラの簡易テント生活は心許ないため、早く家が欲しい。
だが、家を手に入れるためには、かなりのポイントか、お金が必要になる。
それに今は、シロリンと言う頼もしいボディガードがいるため、優先順位的に家は後回しでもいいだろう。
まずは安全に、というより、少しでも、文化的な生活が送れるようになりたいと切に願うマリサだった。
「ワフッ、ワフッ!」
「あっ、シロリン、ごめんごめん」
マリサはテントの外へ出ると、シロリンに抱きついて朝一もふもふを堪能する。
(よしっ、今日もシロリンチャージで頑張るぞ!)
改めて、もじゃもじゃもりもりぼーぼーの畑を見て、また、
「ひゃっ!」
と、今度は五十cm程飛び上がるマリサだった。
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