51 箱庭の箱③
更新、お待たせしてしまいすみません。
マリサがスマホの電源を入れると、広大な農場が現れた。稲穂を揺さぶりながら風が吹き抜けていく。
突如、魔物の咆哮が轟いた。その襲来を予期するように画面は暗転する。
「ライアン?」
魔物と対峙する人物のシルエットが、ライアンとよく似ている。
そう思うのはこの世界で初めて出会った人物だからだろうと、マリサは結論付ける。
次に現れた後ろ姿は女神、それとも巫女だろうか。その祈りが、優しい光を纏いながらドーム状に広がって行き、人々へと、荒れ果てた大地へと降り注いでいった。
突如場面が切り替わり、地の底から魔獣が生まれ、更なる災厄が訪れるのか……という所で、マリサはチュートリアルをスキップした。
「ふぅーっ、この画面、つい見入っちゃったけど、なぜかしら、この先の展開、転移する前と違ってる気がする……」
うーむと考えるが、どこがどう変わっているのか等、はっきりと覚えていない。チュートリアルを真剣に見る人ははたしているのかと思うマリサだった。
気を取り直し、浮かび上がった『箱庭のロンド』の文字をタップする。
覚悟を決めて、マリサは自分のステイタス画面を開いた。
『名前・マリサ(犬養まりさ)
レベル・8 攻撃力・? 魔力・2000 体力・80 防御力・500 瞬発力・50
スキル・光魔法(∞ 遠隔地の場合 効力半減~90%) 土魔法(園芸) 物理攻撃回避率99% 同魔法攻撃回避率99% 収納魔法(アイテムボックス ∞ 時間停止)
備考・シロリンの保護者、相棒
加護・豊穣の女神セレース 浄化の女神サルース 大地の女神オプス 水の女神ユートゥルナ 癒しの女神パナケイア 他』
「……」
マリサは自らのステイタスを惚け気味に眺め続けていた。
数分後、
「えぇーっ! 私のステイタス、なんか全体的に、おかしくないですか??」
と、思わずスマホに詰め寄っていた。
シロリンが何事かと首を傾げている。
「え、まってまってまって、シロリンの保護者で相棒ですって!」
女神達の加護への驚きよりも、「シロリンの保護者、相棒」というフレーズがマリサのハートをぶち抜いていた。
マリサはガバッとシロリンに抱き着いた。
「シロリン、シロリン。私、君の保護者なのに、護られてばかりよね。それでも、一緒にいてもいいの?」
「ワフゥ? ワフワフッ!」
「うっ……、『何言ってるの? あたりまえだよう』ですって?」
マリサは「うう、うーっ」と、泣きながらシロリンにぎゅっとしがみつく。
だがすぐさま、シロリンに顔中を嘗められ飛びつかれて、ギブアップする羽目になるのだった。
そうこうしていると、テントの外をズザザザザザ……と這いずるような音が迫ってきた。
背筋に悪寒が走り、マリサは慌てて外へ出た。
「NO~っ!」
あと僅かでテントを覆い尽くしそうなほどに緑が迫っている。
またもや、畑の作物が育ち過ぎてしまっていたのだった。
「やばっ、いますぐ収穫しなきゃ!」
「ワフッ!」
植物系の魔物の如くうねうねと蠢く様子に、マリサは涙目になりながら、シロリンと共に収穫を始めるのだった。
ガーデンテーブルに灯りを点けたカンテラを置き、ようやくマリサは一息ついていた。
空はすでに夕闇に染まり肌寒くなっていた。
「やりきったよ、かなりがんばったよ私達……」
横ではシロリンが、フレイムダブの塊肉に夢中で齧り付いている。
テーブルの上には、野菜を煮込んだスープ(収穫の合間に仕込んだ)が湯気を立てている。
「もう今日はこれで終了!」
ジャーキーを噛み締め、スープを啜りつつ、しみじみと一日を振り返る。
三度目は、二度目の収穫ほどジャングル化させずにすんだ。三度目の収穫と共に本日最後の種と苗も植えている。
尚、翌朝の収穫時に野菜をあまりジャングル化させないよう、女神の呪文は省くことにした。
「ふぅーっ、もしかしたら、幸せってこういうことかも」
数日前は見知らぬ世界に怯えていた。家もなければ、何の保証もない、異邦人ならぬ異世界人という寄る辺のない身の上だ。
けれど、隣には愛おしいシロリンがいて、こうして、元気に働くことができるのだ。
しみじみしかけたマリサだったが、生まれてこの方「幸せ」を感じたことも噛み締めた覚えもないと気付き、顔を顰める。
「でもまあ、今が幸せならそれでよし!」
「ワフッ!」
シロリンが「うん!」と相槌をうった。
思わず笑顔になってしまう。
「うんうん、シロリンがいて、とーっても幸せよ」
開き直ったら身体中にじわじわと、喜びが満ちてきた。
「ふふっ、これで明日、早朝に起きられたら完璧だわ」
だがすぐさま嫌なことを思い出す。
公爵城では手の平返しかと思うような酷い目に合いシロリンが負傷したのだ。
ブランカは、家が没落した今も、ライアンの姉と手紙のやり取りをしているという。
(シロリンさえいたらいいんだ。そうなんだけど、あんな風に、一方的に敵意を向けられるなんてね……)
すると、真面目マリサが呟いた。「まったく、ネガティブが抜けないわね」新マリサも続く。「能天気になれとは言わないけど、落ち込んでるだけじゃ、どうにもならないわよ?」
「あー……、はい、その通りだけどさ」
分かってはいるが、立ち止まる癖は簡単には抜けそうもないのだ。
「ワフゥ?」
マリサの声に、地面に寝そべっていたシロリンが「どうしたの?」と立ち上がる。
「うーん、シロリン、何でもないよ」
そうだ、自分はシロリンの保護者なのだと、マリサは改めて自分を鼓舞する。
シロリンがぐりぐりと頭を身体にすり寄せてくる。中腰になって両手で受け止めるが、受け止めきれずドサッと倒れ込んだ。
「うっ、結構体力ついてきたと思うけど、シロリンを受け止めるのは、到底無理だわ……」
ふふっと笑いながらシロリンを力いっぱい抱きしめる。
「だけど、もう、シロリンの足手纏いにはならないからね」
マリサ自身にも女神の加護があることを知った今、シロリンのために最大限使わせてもらおうと決心する。
(天涯孤独だったのに、こんなにも大切な存在と出会えるなんて思ってもみなかったよ……)
それは、肉親と縁が薄く、ずっと孤独に生きてきたマリサにとって、初めて芽生える感情だった。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




