47 畑活① ~五日目
(ええっと、どういうこと?)
マリサは混乱する頭をはっきりさせようと、両手で頬をパンパンッと叩く。
自分はなぜ元いた荒れ地に戻れたのかと考えたら、マリサは怖くなった。だが、今は悠長に考えている暇などないと気付く。
「女神様かシロリンのパワーか何かわかりませんが、ありがとうございますっ!」
深々と腰を折り礼をすると、頭を無理やり切り替えた。
「さあ、シロリンは進化中みたいだから、まだ日のある内に畑よ、畑!」
長距離移動の疲労と公爵城での緊張で、心も身体もヨレヨレだが、少しでも早くポイントを貯めてマイホームが欲しい。安心したいマリサだった。
となれば身体に鞭打って頑張るしかない。
アイテムボックスから種と苗を出す。そこにはフルゥピュアでお礼と称して受け取ったものが含まれていた。
「フルゥピュアで種と苗を頂けたのは、本当にありがたかったな。手持ちのものではシロリンが耕してくれた畑の二割程度しか植えられないと思っていたのが、全部埋まりそうだわ」
マリサは感謝の気持ちと共に作業を開始した。
「ふうっ、日が落ちる前に終わったわ。これも、チート? ってやつよね」
箱庭ゲームと同じで、ぱっぱっと蒔くだけで種も苗も定着するのだ。畑を歩き回る労力は必要だが、腰を屈めなくて済むのはありがたかった。そのため、短時間でシロリンが耕した畑の百本ほどもある畝、全てに植えることができたのだ。
セレースの呪文を唱え、最後の水やりを終えて、マリサはほっと息を吐いた。
流石に、水撒きはシロリンが水に漬かってブルブル身体を震わせた方が早いだろうと、マリサは思い出してふふっと笑う。それでも、ジョウロに大きなバケツがあるおかげで何往復もせずに済んだのだ。
フルゥピュアへ発つ前、公爵城で農作業の道具を貰い、アイテムボックスにしまっておいて良かったとしみじみ思う。
「直ぐに必要になりそうな道具や食料を先に頂いておいて良かった!」
本来なら、今日残りのものを受け取って帰るつもりが、それどころではなくなってしまったのだが。
「もうスッパリ諦めましょう。小屋を建てていただくのだって過剰な気がするし、農作業の道具や生活用品、保存のできる食料だけでも、十分だものね」
もしかしたら、ライアンともこれきりになってしまうかもしれないと、マリサはしんみりしてしまう。
ぽぽんっと、新マリサが脳裏に現れた。「あらあら、女は諦めが肝心よ。さっさと次に行きなさい。その上で、しばらくは様子見ってところかしら」真面目マリサが呆れた声を出す。「様子見ってなによそれ。まあいいわ、領主様だかなんだか知らないけど、あんな完璧な男、滅多にいないからってなによ。未練たらしく思い出したりしないことね!」
(うーん、次ってなに? だいたい、友人を作るどころの騒ぎじゃないわ。ここじゃご近所さんも近所と言っちゃおかしいくらい遠いんだから。それに十分未練がましい気がするけれど?)
マリサはむすっとしつつ、出会ってもいなかったことにできないものかと考えるが、いくらなんでも無理そうだ。
暫くは、胸の奥の痛みと付き合うことになるのだろう。
黄昏れている場合ではないと再び奮起する。もう日没まで秒読みだった。
「よしっ、次は急いでテントを立てるぞ」
簡易テントではなく、ロバジイから貰った魔物避けの護符の付いた一人用ではない立派なテントだ。簡易テントの方は、トイレの目隠しに使うことにする。
「ロバジイ、シロリンが荷車を引いたお礼だって言って、フルゥピュアでお借りしたテントをそのまま下さったけど、こんなに良くしてくれるなんてね。足を向けて寝られないよ」
テントをてきぱきと組み立てながら思いを巡らせる。
お世話になりっぱなしだったロバジイに、豪快で温かな人柄のロババア。剣士であることに誇りを持ったケビンと、魔法の研究に余念のない真面目なテオ。かわいらしいモモちゃんは、その名からモモクマを思い出して更に笑顔になったものだ。
フルゥピュアの遠征では、素晴らしい出会いもあったのだ。マリサはテントを整えながら胸が温かくなり、目頭もじんわりと熱くなり、視界が少しぼやけるのだった。
カンテラを点けてテントに備えると、繭の中のシロリンに向かって話しかける。
「明日は夜明けと共に起きて、また畑を頑張るからね。一日何毛作できるかな? シロリン、おいしいお野菜沢山作るから、楽しみに待っててね。でも、早く出てきて顔を見せてね」
泣かないように踏ん張っていたのが、シロリンの怪我と、リラの冷ややかな目を思い出した途端、堰を切ったように涙が溢れ出る。頬から伝い落ちる涙は、乾いた地面にどんどん吸い込まれていく。
グレイスにとてもよく似た、巨大な黒い神馬に、無抵抗のシロリンは蹴られたのだ。マリサをかばっての怪我というのが、マリサには酷く堪えた。
あの時、女神の声だろうか、
≪ダイジョウブダ、キズハアサイ……≫
そう告げられたものの、漆黒の神馬の能力がグレイスと同等ならば、足の蹴りは、岩をも砕いてしまうほど凄まじい力を有するのだ。シロリンの怪我は裂傷だけではなく、骨も折れていたのではないかと気付き、痛みはいかばかりかと青ざめるマリサだった。
日がすっかり落ちて肌寒くなった。この世界の少し大きな月は満月となって青白い光を放っている。
進化中のシロリンを待つには、落ち着かなく静かすぎる夜だった。
(しっかりしなきゃって思うけど、無理みたい。眠れるかどうかわからないけれど、今夜はもうこのまま休もう……)
簡易テントの倍以上ある大きなテントの中へと、繭をゆっくりと移動させる。元は借り物だったため、フルゥピュアではシロリンを入れることはなかったが、繭の状態で入れても十分マリサが寝るスペースはあった。
カンテラの灯りを消しつつ、それにしても、なんと長い一日だったことだろうとマリサは苦笑する。
「シロリン、一緒にいようね……」
寝袋に潜りぼうっと発光している繭の方へ片腕を伸ばすが、一向に涙が止まらないマリサだった。
更新がゆっくりとなりました。後、数話で一区切りとなります。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。




