45 漆黒の神馬と漆黒の狼② ~五日目
西日が差し始めた公爵城は寒々としていた。
王都で遊軍部隊の隊長を務めていたというリラを目の前にして、マリサはぐっと口を引き結んで対峙していた。
『あなたはどなたかしら?』
と聞かれたからには答えなければと思うが、シロリンを守ると決めたのにも関わらず、身体が微かに震えていた。
(負けるな私!)
横にいるシロリンのコートを撫でて、なんとか気持ちを落ち着け息を整える。
「は、はい、私はマリサと申します」
本名は、「犬養まりさ」だが、ここでは気が付けば「マリサ」と名乗っていたので、名前のみを伝えることにする。
「知っているわ」
ならなぜ聞いたのかと思わないでもないが、確認のためなのだろうとマリサは結論付けた。
「いろいろと、聞こえていてよ」
そう言ってじっとマリサを見つめるリラは、水と風とその上級魔法の雷を操るらしいが、氷の魔法も使えるらしい。
放たれる冷気で吐く息が白くなっていた。
「いろいろ……ですか?」
リラは、フッと鼻で嗤う。
「あなた、女神様の御使いなのですって?」
マリサは思案する。フルゥピュアでは、村人達に「御使い」等と言われたことはあるが、女神から直接力を授けられたわけでも、ましてや啓示を受けた訳でもないのだ。
「いいえ、私自身、女神様の御使いなどとは思っていません」
「そう? おかしいわね。わたくしの曾祖母、マリアと同じ光魔法の使い手だと得意になっていたのではなくって?」
目を瞠ったマリサは、ブランカとの会話を思い出す。確かに、そんなやり取りをしたのだ。だとすれば、この話はブランカから伝わったのかもしれない。
マリサは小さく溜息を吐いた。
マリサ自身、ブランカに対して良い感情を持てず、『ライアン様から曾おばあさまの話を伺った』等と、対抗をするような話し方をしてしまっている。
(いちいち棘のあるというか、含みのある言い方をされて聞き流せなかったのよね……)
虚しくなるが、ここは、正直に話すしかないだろう。
「……今回の物資の輸送に参加させていただいたフルゥピュアで、そのようなお話をした記憶があります。恐れ多いことではございますが、マリア様とは、魔法の種類が同じ、というだけのことですと申し上げました。消して、マリア様のことを軽んじた発言ではございません。数日前のことですが、気が付けば、私のことを誰も知らない、この世界に立っていました。寄る辺のない想いでいたところ、ライアン様より、マリア様のお話を伺って、とても励まされたのです」
途端、リラの顔が険しくなり、それと共に冷気も増して行き足元の芝生は霜で覆われていった。
「ハッ、弁の立つことだこと! あの子は、私の可愛い妹分は泣いていたのよ。先触れ燕の便箋は涙で滲んでいたわ!」
臨月に入ったとは思えない素早さで、リラがバックステップを踏み数メートル遠のいた。
入れ替わるように、後ろに控えていた、シロリンと同じくらいの体躯の大きな漆黒の狼が音もなく迫ってきた。
(あぶないっ)
マリサは身じろぎもできなかった。
と、同時にシロリンがマリサの前に躍り上がり、狼の身体をいなすように尻尾で払った。
「グァルルルル……」
体制を崩した漆黒の狼は横に一回転してなんとか立ち上がり、頭を低くして牙をむき出しにした。
「ワフッ、ワフッ!」
シロリンを見るとどうやら遊んでもらっているような、楽しんでいるような顔だった。
(なぜだ?)
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




