44 漆黒の神馬と漆黒の狼① ~五日目
公爵城の敷地に入り、厩舎でトニトと再会しロバジイと別れた後、マリサは待っていた公爵家の馬車に乗り換え城へと急いだ。
シロリンは馬車には乗れないため、犬舎で待たせてもらおうか、どうしようかとマリサは考えた。だが、シロリンの方で離れたくない様子だったため、本犬は馬車の横を並走している状態だった。
マリサは窓からシロリンの様子をじっと見ているが、フルゥピュアからの長い道程をやってきたのが噓のように元気いっぱいに走っている。
(さっき、シロリンの水に、体力と魔力のポーションを少し入れたせいかな? けど、よくあの激ニガのポーション入りの水、飲んだよね)
ポーション入りの苦い水は、シロリンが倒した毒が抜けたワイルドボアの塊肉と一緒に与えていた。お腹がよっぽど空いてたせいかもしれないとマリサは苦笑した。
横の窓から前方の小窓(御者の様子等も見える)に目を移すと、川向こうの公爵城へ続く跳ね橋が既に下りていた。
世話になったメイド達に会えるだろうかと逸る気持ちでいたマリサは、次の瞬間、えっ! と目を瞠った。
城の前に、グレイスに似た、翼を携えた漆黒の大きな神馬が見えたのだ。その隣にはこれまた漆黒の狼と思しき獣がおり、更にその奥に、険しい顔をした若い女性の顔がちらりと覗いたのだ。
(なんだろう、胸騒ぎがする……)
馬車に繋がれた二頭の馬が怯えたように嘶き、城の入口から少し離れた場所に急ブレーキをかけるように止まった。
「あっ!」
マリサは咄嗟に扉のレバーを握ったが、椅子から落ちて尻餅をついてしまった。
「申し訳ありませんっ!」
扉が開き、慌てたように御者と従僕が深々と頭を下げた。
「いいえ、大丈夫ですから」
威圧感のある神馬を見て馬が怯えたのかもしれない。
マリサは、にこりとして従僕に手を借り外へ出ると、シロリンがお尻を向けて立っていた。
シロリンは、さっき目にした漆黒の神馬と漆黒の狼の方に顔を向け、何かを計りかねるようにじっと様子をうかがっている。
「シロリン」
歩み寄りよしよしと首元を撫でるが、シロリンはじっと動かないままだ。しかし、マリサもどうしていいものやら考えあぐねてしまった。
前回、ライアンと城へ訪れた時とは違い、迎えのメイドや従僕等が一人もいないのだ。その上、城の入口を塞ぐように神馬と狼が立っており、しかも双方から威嚇をするような威圧を受け、ねめつけられているのだ。
すると、二頭の後ろにいた女性が、こちらに向かって歩いてきた。
ライアンにとてもよく似ている……とマリサは思う。ウェーブした赤銅色の長い髪に、瞳の色がほぼ金色のライアンほどではないが、虹彩は赤銅色と金色の中間といった感じだ。
高く筋の通った鼻も、瞳の鋭さも、その圧倒的な美しさからも、ライアンの姉、リラに違いなかった。
リラは、シロリンの手前、二メートル程離れた場所で立ち止まり、右手をお腹に当て、左手は腰でポーズをとった。お腹にゆとりのあるパンツスタイルだ。
確か、妊娠中でそろそろ産み月ではなかったかとマリサは思うが、それでもスタイルの良さが際立っていた。
リラは、シロリンにちらりと目をやり、次いでマリサへ訝しげに視線をよこした。
「……それで、あなたはどなたかしら?」
マリサはビクンと肩をそらす。
(ロバジイが先触れで知らせたはずよね? 馬車を用意してくださったから、皆様に直接お礼が言えると思っていたのだけれど……。私、なにか粗相でもしたの?)
青ざめかけたその時、マリサ自身も謎だったが、真面目マリサと新マリサがタッグを組んで声を揃えて訴えてきた。『なにを怯えてるのよ! あんた頑張ったじゃない、粗相なんて、んなわけないでしょ。胸を張りなさいっ!』
マリサは一人頷くと、口から心臓が飛びださんばかりに緊張する自分を、背負い投げするイメージを浮かべた。
(シロリンを守らなければ!)
という、無鉄砲なマリサがそこにいた。
体調が随分とましになってきたせいか、気力も戻ってきたようです。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




