31 シロリンと一緒に① ~四日目
シロリンがフガフガ言いながら干し肉と格闘している横で、マリサは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
(明日、帰る予定だけど、私のために護衛を付けてもらうのは悪い気がするのよね……)
「シロリンがいるんだしね」
片方の眉を上げたシロリンが、目だけでこちらをちらりと見たが、干し肉に夢中らしい。
「確か、ロバジイも帰るのよね。後でちょっと聞いてみよう」
今さっき、魔術師のテオに夕食を食べに行ってもらったところだった。それと入れ違いに、オレンジ色の髪をおさげにした七、八歳くらいの少女が、覚束ない足取りでパンとスープをトレイに乗せてやってきた。
マリサ達は自分達の食料を持参していたが、調理は全て教会の厨房で賄ってもらっているのだ。
マリサは、後で食べるというような態度をとってしまった事を後悔した。気を遣わせ、手間をかけさせてしまったと気付いたのだ。こういった場で、個人の都合を通すのはただの我が儘となるだろう。
「まあ、わざわざ運んでくれたのね。どうもありがとう」
申し訳なさげにマリサが受け取ると、少女はシロリンをちらちらと見つつ、にこっと笑った。
「あの、聞いてもいいですか?」
「ええ、なにかしら?」
「うんとね、お姉さんは、女神さまとお話ができるの? それと、その大きいわんちゃんは、神様の使いなの?」
好奇心いっぱいのキラキラした瞳が眩しい。
マリサは、「ちょっとまってね」と告げ、ロバジイに借りたテントの中に入った。
ベーコンと野菜の入ったスープから湯気が立ち昇り、いい匂いがしている。トレイを中のテーブルに置いてから外へ出ると、少女と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「そうね、女神様とおしゃべりはできないけれど、お祈りの呪文を唱えて、お願いを聞いてもらっているの。それと、シロリンは、神様の使いかどうかは分からないけれど、私の大切な家族で頼もしいナイトよ」
干し肉をやっと飲み込んだシロリンが立ち上がるやいなや、「ワフッ!」と嬉しそうに吠える。
少女はシロリンを見上げて、びくっと肩を揺らした。
「びっくりした。わんちゃん、すっごく大きいんだ!」
恐る恐るというように、少女はシロリンのほうへ手を伸ばすが、触るまでは無理らしい。すると、シロリンが首を下げて、ペロリとその手を舐めた。
「きゃっ!」
少女は手を引っ込めて、胸を押さえている。
「うふふ、シロリンは、今まで人を噛んだことはないわ。そうね、あなたと友達になりたいって顔をしていると思うな」
「えっ、ほんとう?」
少女はもう一度、ゆっくりとシロリンに手を伸ばし靴の踵をめいっぱい上げて、その胸元をわしゃわしゃっと撫でた。
「わっ、わわっ、もっふもふだあ!」
「うふふ、そうでしょう? 最高のもふもふなのよ」
シロリンは少女の顔をペロッと舐めてにこっと笑った。
「うふふっ、くすぐったいよう!」
すっかり打ち解けた少女は、ぽすっとシロリンに抱きついた。
「ありがとう、シロリンちゃん」
「ワフッワフッ♪」
シロリンと、シロリンのキラキラの被毛に埋もれる少女の姿が神々しいほどに美しい。マリサの心は震え、瞳には輝いて映っていた。
(ううっ、かわい過ぎるっ。写メ撮りたい。ゲームしか立ち上がらない残念スマホが恨めしい……)
シロリンがテントの横で寝そべると、少女は満面の笑顔でマリサに向き合った。
「お姉さん。あのね、あたし、すっごくいっしょうけんめい女神さまにおいのりしてみたの。だけど、女神さまは聞こえなかったみたいなの」
笑顔が消えてうな垂れる少女が、かわいいのとちょっぴり気の毒なのとで、マリサは思わずよしよしと頭をなでる。
「うーん、どうやら、私がお祈りをする時に唱える呪文は、他の人は使えないみたいなのよ。ライアン様に同じ呪文を唱えてもらったら、なにも起こらなかったのよ。あ、この話は内緒よ?」
「うん、ないしょにするよ。そっか、ライアンさまもダメなんだ。でも、お姉さんはとくべつなんだね。すごいなあ!」
純粋な瞳を持つ少女の方が、よっぽど女神に愛されそうだ。
(なんとなくだけど、それって、周波数が違うとか、波長が合わないとか、そんなような話だったりしないかな。だって、私が特別徳が高いってわけでも、心が澄んでいるわけでもないもの)
苦笑しつつ、一人納得するマリサだった。
「そうだ、お姉さんは、ライアンさまとなかよしさんなの?」
「え?」
「あのね、この村に、ライアンさまが来てくださるのを、あたしも、しせつのみんなも、ブランカ先生も、ずーっと楽しみにしていたの。それなのに、明日、畑のご用がすんだら、すぐに南へ行ってしまうって。まものがいっぱい出てたいへんだってしってるよ。でも、でもね、ほんの少しでいいから、いっしょにいてほしいなって……」
さっきよりも更にしゅんと少女は肩を落としている。
「あなたも、皆も、ライアン様のことが大好きなのね?」
「うんっ! たくさんじゃないけど、こっちにご用がある時は、かならず村に来てくださるの。それでね、グレイスがまものをやっつける話とか、おもしろいお話をいっぱいしてくださるの。おみやげもたっくさん! あとね、いつもかなしいお顔のブランカさまが、ライアンさまがいっしょだと、いっぱい、わらってくださるからうれしいの!」
「……そう」
とは言え、南の領地への移動の日程は変えられないだろう。となると、明日の朝から行う農地の視察等に使う時間くらいしか見繕うことはできないはずだ。
いくら非常時とは言え、なんとかならないものかとマリサは思案する。
「分かったわ。そうね、ライアン様に一度、聞くだけなら出来ると思うわ」
「わあっ!」
少女は、ぴょんぴょんと飛び上がって喜んでいる。すると、シロリンも立ち上がって「ワフワフ」言いながら、テントの倍ほどの高さで、ぴょーんぴょーんと弾みだした。
「きゃははっ、シロリンちゃんすごーい、ジャンプ高いねーっ」
「オフ、ワフッ!」
「あ、もういかなくちゃ。お姉さん、シロリンちゃんまたね!」
と言って戻ろうとする少女をマリサは引き止める。
「まって、出来るのは、ただ聞いてみることだけよ。だから、養護施設の皆さんにも、ブランカ様にも内緒にしていてね?」
「あっ、そうだった」
えへへと笑う少女に、マリサはすっかりほだされてしまっていた。
くぅ……、とマリサのお腹の虫が小さく鳴いた。
「はぁ、お腹ペコペコみたい。あなたはもう食べたの?」
「うん、もう食べたよ」
それを聞いて、マリサはにっこり頷いた。
「そうだわ。私の名前は、マリサって言うの。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「あたしは、モモ!」
「モモちゃんね。じゃあ、またね」
マリサは今度こそさよならと手を振る。
「うん! マリサお姉さん、シロリンちゃん、またね!」
シロリンもわさわさ激しく尻尾を振っている。
手を振って少女を見送ると、マリサはシロリンに語りかけた。
「ライアン様にどう話したらいいかしらね……」
シロリンはきょとんと首を傾げるばかりだ。
「ふっ、シロリンだってわからないわよね。仕方ないわ、相談したいってお願いしてみますか」
そう決めてシロリンを抱きしめた後、冷めてしまった食事にようやくありついた。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




