26 異変!④ ~四日目
師走、なにかと気忙しい中お越しくださりありがとうございます。
年内、できればあと一度更新できればと考えています。
※序盤に残虐表現ありです。苦手な方はご注意ください。
ザシュッ!
ズザザッ!
赤黒い血飛沫が、シロリンのシルバーホワイトのコート(被毛)に飛び散った。
巨大サイズのポイズン・レッドアントが真っ二つになって転がっている。
その横でうずくまる剣士をひっぱりあげながら、魔術師が賞賛の声を上げる。
「お見事! また一撃ですね」
マリサは顔を引き攣らせながら、魔術師の反対側から剣士の腕を支える。
「お怪我はありませんか?」
毒を帯びた数多の魔物の返り血で、臙脂の軍服はどす黒く染まっているが、見たところ裂傷等はなさそうだった。
「……ありがとうございます。大丈夫です」
「うへぇ、これはまたデカイな」
ロバジイが後ずさりながら、さも気味悪そうに顔を顰めた。
レッドアント自体は小型犬サイズで、この日遭遇した毒に侵されて異変したポイズン・レッドアントは、大抵が大型犬程だった。だが、この個体はシロリンと変わらぬ大きさだ。
(うう……もう無理……)
胃から込み上げそうになり、巨大な虫の残骸からマリサが目を逸らすと、見晴らしのいい少し開けた場所があった。同じ場所を見ていたロバジイが先を行き、草地にどっかりと座り込む。
「おーい、ここいらで少し休むぞ」
「了解しました。教会まではあと四分の一ほどですが、少し息を整えて補給としましょう」
魔術師は言いながら、剣士に肩を貸して太目の間伐材の上に座らせた。
「申し訳ない。我々の認識が甘かった。正直、広場から教会までの僅かな距離で、ここまで毒にやられた魔物と遭遇するとは思わずにいた……」
苦渋の表情を浮かべ剣士が頭を下げる。
「我々がお助けせねばならぬところ、反対に助けられてばかりだな。マリサ様とシロリン君がいなかったら、どうなっていたことか……」
魔術師が魔力ポーションの小瓶をぎゅっと握り緊め頭を下げた。
マリサの光魔法の効果で、毒と瘴気のガスを防ぎ、毒に侵された魔物の血を浴びても、毒が身体に回らない。更に、これまでの道程で、シロリンが半数以上の魔物を倒していた。
シロリンは真っ先に危険を察知し、いの一番に魔物に飛びかかり一撃で倒すわ、複数の魔物を威嚇し戦闘不能に陥らせるわ、八面六臂の大活躍だった。
しかし、マリサの横から魔物が現れた時は、剣士が素早く盾となって薙ぎ払ってくれた。ポイズン・トレントからのカミソリのような木の葉の攻撃では、魔術師のウォーター・ウォール(水の壁)が弾いて防いでくれもした。
十分助けて貰っている、と喉まで出かかってマリサは口を噤む。
マリサと年齢は変わらないだろう若い二人だが、ライアンからの信頼も厚いらしく、マリサの護衛にと昨夜の内に城での晩餐の後で紹介されていた。剣士、魔術師という仕事にプライドを持つ者に、慰めのような言葉は失礼に当たるだろう。
「ロバジイの羽根にも救われたよ」
剣士は、胸に着けた虹色に輝く羽根を指差ししみじみと言った。
ロバジイから借りている、マリサの胸元を飾っている加護付きのコカトリスの羽根は優秀だった。その羽根のおかげで、身のこなしが小学生時代並みに軽く素早くなり、複数の魔物に対峙した時、攻撃をなんとかかわすことができたのだった。
「本当ですね。私、こんなに飛んだり跳ねたりしたのは子供の頃以来です!」
羽根が気にいったマリサは、買い取れないかとロバジイに価格を聞いて薄笑いになった。
通常、金貨十枚は下らないらしく、今身に着けているものならば(使用品・中古)、知り合い価格で「金貨八枚でいい」とにっこりされた。
剣士と魔術師は考えさせてくれと言って悩んでいるようだ。
気を取り直して、ブロックイチゴを取り出してそれぞれに手渡した。他の収穫物は九割方支援に回すが、ブロックイチゴは水分やビタミン補給になるし、シロリンが食べられるので半分確保することにしたのだ。
「おお、嬢ちゃん悪いな」
「あ、すみません」
「いただきます」
なにげに、ロバジイのマリサの呼び方が、『お嬢さん』から、『嬢ちゃん』に変わったのが嬉しいマリサだった。
「フォオン……」
シロリンがマリサの脇にぐいぐいと顔を押し付けてくる。力を加減しているつもりだろうが、そもそもの力が桁外れなので、マリサは横倒しになった。
「ワフゥ……」
途端、シロリンがオロオロ顔になってしまった。
マリサは(脇と地面に打ち付けた腕が少々痛むものの)何でもないようにすぐ起き上がり、シロリンの顎の下をわしわしと撫でる。
「平気だからね。よしよし、シロリンもどうぞ」
一際大きなブロックイチゴを出すや否や、パクッと吸い込んだ。
「アフ、ワフ……」
シロリンは瞬く間に飲み込むと、キラキラの眼でマリサが齧りかけたのを、じっと見つめている。
「ふふふっ、もうっ、仕方ないなあ」
デレッデレの顔で、マリサはブロックイチゴをシロリンに差し出す。
「ワフッ!」
あっという間にマリサの分も一飲みにしてにっこり顔になるシロリンだった。
「いいですねえ、私も従魔がほしいです」
シロリンを見つめていた魔術師が切なげに言う。
「私もです。天翔る従魔もいいですが、シロリン君のような頼もしくもかわいい相棒、憧れますね」
剣士は空を見上げて溜め息をこぼす。
「おい、こいつは、ただのオオカミ犬じゃないぞ。まず探したところで見つからんし、万が一遭遇したところで、ワイバーンを手懐けるより無理な話だわい」
ロバジイが呆れ顔で言った。
剣士の方は公爵家の管理するワイバーンに、騎士と二人で騎乗しこの地へ来た。魔術師も同じくで、二人には専用の従魔がいない。
いざ飼育するとなると、場所と人手と相応の資金が必要になるため、貴族と言えど個人で飼育する者は限られるのだ。
「ははっ、オオカミ犬でも手懐けるのは難しいがな。おまけに奴等は運動量が豊富だし、飯もたらふく食うからなぁ。懐次第ってところだが、興味があるなら紹介できないこともないぞ?」
ロバジイが二人を見てニヤリと笑った。
「オオカミ犬なら何とか飼育できるかと、いいなと思っていたのですが、そうですよね……」
「そう、ですよね……」
剣士と魔術師、二人して遠い目をしている。
マリサは二人の気持ちが痛いほど解るのだった。マリサも動物が大好きなのに、飼えなくて燻り続けていたからだ。
(シロリンは、おりこうで、かわいい。守ってくれて頼もしいし、かわいい。癒されるし、すっごくかわいいから、それは憧れますよね)
むふふ~と、マリサは傍から見れば若干気持ちの悪い笑みを浮かべてシロリンを眺めているが、本人は気付きもしない。
(運動の方は、シロリン自身で走り回ってくれてるからいいのかなって思うけど、確かに、ご飯の確保は大変なんてものじゃないよね……)
横で寝そべるシロリンの耳の近くをパフパフと撫でながら、マリサはふと心配になりなんとも言えない顔になる。
「そ、そうなんですよね。ご飯ですよ、ご飯。もちろん死ぬ気で頑張るつもりですけど、エンゲル係数、やばいんだろうなぁ……」
「「「えんげるけいすう?」」」
剣士と魔術師とロバジイが首をかしげている。
「え、えーっと、食費のことです。おそらくうちは食費の割合が、支出の軽く半分以上になるんじゃないかなと」
「……まあ、そうなるだろうなぁ」
ロバジイが深く頷く。
「ははっ、それは頑張れとしか言いようがないな。さて、そろそろ行くぞ」
三人に同情するような目を向けられ、マリサは若干涙目になりながらシロリンと共に立ち上がった。




