25 閑話⑥ ~三日目(16話と17話の間)
(家と小屋、両方建ててくださるって言われたけど、施しなのかな。それとも、光の魔法を使う私を懐柔するためなのかな。そんな価値があるのかどうか疑問だけれど……)
公爵領の土地は公爵家のもので、借地という扱いだ。借りている土地に住居や小屋を建ててもらうとなると、借金が増えてしまうのではないだろうか。
それに、マリサは家をポイントで手に入れるつもりだった。
「ご厚意は大変ありがたく思います。ですが、建てて頂くような余裕はとてもありません」
「いや、全てこちらで手配するから、資金などの心配は無用だ。さっき、君が光魔法でうちの畑の収穫を何ヶ月も早めてくれたお陰で、南の領地へ運ぶ支援の受け持ちが、ぐんと楽になったのだ。だからそのお礼だと思えばいい。まあ、帰ってからの手配にはなるが」
かつて、公爵家の広大な畑は大層痩せた土地であったが、レアとアレイの畑のように、丹念に手入れをされた今では素晴らしい土の状態だという。
又、マリサの呪文により、更に栄養豊富になり、大きく育ったのだ。そのおかげもあり、南の領地の領民に必要な、数か月分を賄えるほどの収穫量になったという。
それを明日、南の領地へ運ぶ手はずになっている。
「お役に立てたなら嬉しいです。けれど、家は、自分で用意する予定をしていますし、小屋の方はまだ考えていませんでしたので、お気持ちだけありがたく頂戴します」
「遠慮はいらないのだが?」
真面目マリサが「建てて貰いなさい!」と食い気味に言って出てきた上、新マリサが「ただで建ててくれるって凄いじゃない」なんて浮かれているが、マリサの心は、「どうしても譲れない」と叫んでいた。
「いいえ! いくらなんでもそこまで甘えるわけにはいきません。私が予定をしているのは、とても小さな家ですが、苦労したり、時には喜んだりしながら目標をもつことは、私にとって、ここで生きていくのに、とっても重要なことなんです」
「素晴らしい心構えで共感できるが、無理に、頑張りすぎてはいないのか? これは、正当な君の報酬だと思ってくれていいのだが」
半分呆れたように肩を竦めるライアンに、マリサは笑っていいえと首を振った。
「はぁーっ、仕方ないな。だが……」
結局、マリサも半分折れた形になった。自分の意見ばかり頑なに通して、せっかくの厚意を無にするのは悪手かもしれないと、物置小屋を建ててもらうことになったのだった。
「ところで、物置小屋の話からふと思ったのですが、まさか、ワゴンにご用意いただいたものを全部、頂けるというこではないですよね?」
恐る恐るマリサが聞けば、
「その、まさかだが? あー、なにか足りないものがあるのか?」
「いえいえいえ、頂き過ぎなくらいです!」
その時、シロリンの顔が浮かんだ。
「不足は全くないのですが、一つ、お聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「あの、シロリンが頂いた塊肉ですが、どこで手に入れたものでしょうか? どこかの商店で購入したものか、それとも狩りをするとか?」
「ああ、それならどちらも概ね合っている。この城の裏、私兵の訓練場の向こうは森が広がっているが、魔物が出るため訓練を兼ねて、時々討伐をしたり、オレも個人的に狩りをすることがある。それだけでは足りぬから、冒険者ギルドに依頼したり、精肉業者に注文しているが」
「そうなのですか……」
マリサが出来るのは、冒険者ギルドへ依頼をするか、精肉業者に注文することだろう。だが、今はまだ資金がないため、いつ依頼や注文が出来るようになるのかわからない。
(シロリンに、ひもじい思いはさせたくないから、何とかしなくちゃ。そうだ、ポイントの交換でお肉とかなかったっけ? あったらマイホームの設定変えよう。畑も頑張んなきゃ)
「……マリサ嬢」
「はいっ」
ライアンがじっと見つめていてドキッとした。
「一度、狩りの様子を見てみるか?」
「えっ?」
「オオカミ犬達の訓練を兼ねて森で狩りをする予定がある。前回の狩り同様、グレイスと、狩りにも慣れたトレーナーを二人帯同させるつもりだが、どうだ?」
「はい、見てみたいです。ご迷惑でなければ、シロリンも一緒に連れて行ってもいいですか?」
「もちろんだ。君の護衛にもなるし、オオカミ犬達と交流する、いい機会になるだろう」
「ありがとうございます。足手まといにならないよう、頑張りますので、よろしくお願いします!」
前回の狩りでは、火炎山鳩(火を纏い、火を噴く。焚き火に潜り込む事がある)、ワイルドボア(体重をかけて突撃する)、苔鹿(木や苔に擬態して木の上、岩の上から蹄で襲ってくる)、ホーンラビット(一本角で突き刺してくる)、を全部で百余り仕留めたという。
狩りに同行するのは、南の領地の問題を処理してからになるが、マリサにとっては正に渡りに船だ。
話が終わり、ライアンが書類仕事を進める間、ワゴンの品々を手早く吟味することにした。アイテムボックスには余裕があるが、取り合えず南の領地で使うものと帰ったらすぐに必要になりそうなものをチョイスする。衣服や下着を数日分、寝間着とマクラ、それから台所用品と食器やカトラリー、ガーデンテーブルと椅子は一脚のみ。小麦、植物油と塩と砂糖と食料全て、念のためジョウロと大き目のバケツをありがたく仕舞い込んだ。
「明日は早朝からの出発になる。睡眠をしっかりとっておきなさい。さて、ディナーの用意が出来たようだな」
ライアンが立ち上がりエスコートの手を差し伸べた。
「はい、何から何までありがとうございます」
マリサは、ディナージャケット姿の凛々しいライアンの腕に手を添える。
「ああ、思い出した」
突然ライアンが呟いた。
「はい?」
「オレが十歳の誕生日を迎える前、父の王都赴任で一家でこの土地を離れることとなり、公爵領に残る曾祖母に『王都へ遊びに来て、約束だよ』と、オレは何度も強請ってしまったのだ」
眼光鋭いライアンの金の瞳が、揺らいでいる。
「曾祖母がこう言ったのだ。『ええ、遊びに行くわ。武士に二言はありません』と」
刹那、ライアンの表情が陰ったように見えた。
「彼女は、光の魔法こそ操るが、武人ではないのにおかしな言い回しをするなと、強く印象に残ったのだ。地球の西洋生まれの彼女だが、東洋の国被れだったらしく、凄まじい読書量で、二ホンやチュウゴクという未知の国の言葉や文化に親しんでいたのだそうだ」
ライアンの曾祖母マリアは、ライアンが十歳の年に亡くなっていると聞いたばかりだ。もしかすると、その約束は果たせなかったのかもしれないとマリサは思った。
会ったこともない人だが、ライアンの話から、その為人が立ち上ってくる。素晴らしい人だったのだろうことも。
「本当に、お会いしたかったです」
マリサの声が少し震えた。
「ああ、本当に会いたいよ。君とはきっと気が合っただろう」
ライアンの腕に添えたマリサの手を、ライアンがもう一方の手で包み込む。
マリサは、気持ちがふわふわと浮き立っていた。そのため、南の領地へ向かう明日の不安は、暫しの間薄れていた。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです




