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神神神の見ていく世界

私は便器だ

作者: 下田尚志

 我々の身近で一番我々と一緒にいて、我々の悪いところも見てくれて受け入れてくれるもの。それはなんでしょう? そう。それは便器です。

 私は便器だ。


 正確にいうと、田舎にあるちょっと綺麗な駅の男子トイレの個室トイレの洋式便器である。

 駅のトイレは汚かったり和式だったりするが私はそこまで汚くなく存在し続けている。清掃係が優秀だからだ。

 私を利用する人は多い。でかいけつ、小さいけつ、綺麗なけつ、毛むくじゃらなけつ、色々なけつにしかれ、様々なものを出され、処理していく。

 正直毎日退屈だ。ただ操作され続ける日々。自分の意思で動くことも出来ない。何かすることがあるとすればこいつのけつは良い、こいつのけつは悪いと勝手に評価することくらいである。

 だが、最近私に話しかけるやつがたまにいる。特に聞いて何か出来る訳ではないがストレスばかりの私にとっては良い暇つぶしだ。


1、

 今日も来た。

 週に2度ほど私を利用する奴だ。おそらく高校生という存在。来る時間的に学校に行くために利用しているわけではないのだろう。

「久しぶり」

 ああ、3日ぶり。なにもすることがないから3日が長いのか短いのかもいまいち分からないが。

「元気?」

 少なくとも一端の便器に話しかけるような奴よりは幾分か元気だ。

「そっかよかった」

 聴こえてないくせに理解したような発言はよせ。

「最近さ、色々上手くいかないんだ。立場的に頑張らなくちゃとか、皆やらないから頑張らなくちゃって色々するんだけど……結局皆に迷惑しかかけれていない」

 奴の話す内容は主に人生相談だ。学生ということもあって悩みは多いのだろう。まあ、まず人間社会を知らない私にとって心底理解の出来ない世界の話だが。

「どうしたら良いんだろう」

 便器の考えがお前たちに通用すると思っているのか? 私のアドバイスは全く意味ないだろう。私なんかに聞くなよ。

「返事してよ」

 してほしいのか⁉︎

「ごめん冗談冗談! これからもっと頑張んなきゃだし、自分で何とかしてみるよ!」 

 あぁ、その方が良いだろう。できるだけの自分でできるだけやってみろ。

「ごめんね! ありがと! じゃあまた、」

 そう言って奴は私に水を吐かせた。


2、

 今日も来た。

 前に来た時よりさらに疲れてそうに見えた。

「元気?」

 毎度毎度、便器が元気かどうか知ってどうしたいのだろうか。まあ便器でなくてもそうか。普通に他人が元気かどうかなんてどうでも良い話だろう。

「実はさ、僕好きな人がいたんだよ」

 その話は知っている。たまたま席替えで近くなり、話すうちに仲良くなり、惹かれたらしい。こんな弱々しい人間も人らしく恋愛するとは、かなりの驚きものだから忘れず覚えている。

「ずっとバレないように頑張ってきたんだけどバレてたみたい」

 よくある失敗だな。

「最低だよね、好きで大切にしたいって思ってたのに、できずにその上知らず知らず傷つけるなんて」

 傷つける、か。誰かに好かれることは傷つくことなのだろうか。確かに奴は良い男と断言できる程の存在ではないだろう。顔やスタイルが良い訳でもないしけつが良い訳でもない。ましてや便器に話しかけるような頭のネジが錆びているやつだからな。

 でも悪い奴ではない。少なくとも故意に人を傷つけるクソではない。それだけは、断言できる。

「ごめんねこんな話しかできなくて、じゃあまた」

 奴は弱々しい力で、私に水を吐かせた。


3、

 今日も来た。

「もうどうしたら良いのか分からない!」

 奴は個室に入って早々叫んだ。人が少ないトイレでよかったな。

「僕の事嫌いなら嫌いって言ってほしい! 僕と居ても別に良いならそうしてほしい。お願いだから無視し続けないでよ。嫌いって言ってくれれば僕だってモブになれるように努めるのに……」

 どうやら例の娘に無視されているようだ。どれだけのことをしたというのだ全く。

「いや、無視ではないか、」

 無視ではないのか……。

「自分がどう接すれば良いか分からないだけか」

 ……分からないものなのか?

「バレてる事を知って、段々冷たい態度をとられるようになって。もう友達としても一緒に居られないのかな」

 恋人に成りたいわけではないのか?

「ほんとは付き合いたい、なるべく一緒にいたい。けど、そうゆうのを求めたら一生前みたいに話せなくなる。それくらいなら友達のままでいいから仲良かったあの頃に戻りたい」

 自分勝手な悩みだな。相手の事を一才考えてない。自分の事で手一杯。そんな奴だからこのような状態になってしまったのではないか? 便器に向かって叫ぶような。

「ごめんね、最低だよね、こんな人間。ごめんね、関係ないのに巻き込んで。本当、最低だ」

 あぁ、お前は最低だ、

「自分勝手だよね、」

 自分勝手だ。なんだ。自覚していたのか。

「分かってる。だからこそこんな相談ここでしか出来ない。ごめんね、どうでも良いことに巻き混んで。」

 いや、私なんかで良いならいくらでも聞いてやる。というより、私が全部聞いてやる。吐け。お前らが決から出すもののように出して流せ。それが私の数少なく果たせる役目だからな。

 だが、これは相談というか愚痴だな、

 奴は私に水を吐かせ、ゆっくり個室から出ていった。


4、

 今日も来た。

「久しぶり……」

 確かに久しぶりだ。今回は一週間半くらいずっと来ていなかった。

「習い事休みだったんだ。今日から復帰」

 やはり習い事だったのか。こんな遅い時間まで。きっと必死にやっているのだろうな。

「どうしよ、部活で、上手くやっていける気がしない」

 何? 恋愛相談ではないのか? せっかく久しぶりにどうなったか聞けると思ってたのに……。

「なんか、上手く教えられないんだ。やっぱり僕なんかにこの仕事は向いていなかったんだろうな。しっかり皆の音を聞いても意見がそんなに浮かばないの。浮かんでも忘れちゃうしその直すべきとこの直し方が浮かばない」

 本当にどこまでも悩み事の耐えない奴だ。あんなに深く恋愛で悩んで、他の事にもこんなに悩むなんて。押しつぶされたばっかだろう。せめてもっと自分の事を認めてあげれたら良いだろうに。認めてあげられるだけの何かがあればいいだろうに。

「僕どうしたら良いんだろ、色々な悩みが混ざってトロピカルジュースになってる、」

 もっと真剣さをアピールできる例えにしてくれ……。ふざけてるようにしか思えないしすべってる。しかもここ便所だぞ? よくそんなところでそんな例えができたな。

「僕のせいで、部活のレベルを落としちゃってる。早く何とかせめて元に戻さないと」

 奴は私に水を吐かせないで出ていった。奴はなにも出していなかった。本当に相談するためだけに来たみたいだ。そろそろ奴の頭も末期なのかもしれない。


5、

 今日も来た。

 今日はいつも以上に病んでるように思えた。醸し出す負のオーラが今までとは比べ物にならない。

「どうしよ、自分が嫌いでしょうがない」

 どうしたというのだ? 確かにいつも暗いし自分好きっぽさを見せることはないが……。

「あの娘の嫌なところが目にはいるようになっちゃった。あんなに大好きだったのに」

 どうやら好きな娘の苦手なところを見つけてしまったらしい。

「勝手に好きになって、勝手に傷つけた挙げ句勝手に嫌いになってくなんて。最低なんてもんじゃない!」

 ……。

「ただ捨てて乗り換えようとしてるだけだろ! どうせもう見込みはないからって! 最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ!」

 私はどう思えば良いのだろう、奴の事を。

 奴は良い人間ではない。こんな面をみたら誰でもエゴイストとしか思えない。けれどきっと表では色々頑張っているんだろう。自分のダメな所を隠し、誰かの為にと動いて一人になった途端自己嫌悪しているのだろう。奴の言っている通り多分ここだからこんな自分勝手な悩みを吐いているのだろう。

 奴は別にかわいそうな奴でもなんでもないのかもしれない。おそらく外ではただどこにでもいる一般人。凡人で常人で平凡な人。それ以上でも以下でもない。きっともっと助けるべき人はいる。それでもせめて私だけは、奴の話をしっかり聞いてやろう。


6、

「別に気になる人が出来ちゃった」

 奴は悲しそうに辛そうに言った。

「凄い元気で人気者で、いつも空気を明るくしてくれる人なんだ。勝手に暗くなってる僕なんかにも明るく接したり相談してくれたりする」

 どこまでも救いようのないやつだ。どこまでも自分を悪者にしかできないらしい。

「何で僕こんなクズ野郎になっちゃったんだろ。結局僕は好かれなくなったから移っただけなのかな?」

 どう思えば良いのだろう。

「いつもいつも好きな人を傷つけて、こんな奴が誰かの事を好きになっちゃいけないって分かってるのに! どうせまた傷つけるに決まってるのに……」

 もし私が人間だったら、こんな奴に声をかけられただろうか。

「でも、独りが恐い。誰か傍にいてほしい……」

 こんな弱く醜い奴も、強く美しくしてやれるのだろうか。もしそうなら私は奴を救うだろうか。

「僕なんか生まれて来なかった方が良かったのかな、死んだ方が良いのかな、、」

 は? 何言ってんだよ! 人間の癖に‼︎

 私達はお前らに勝手に形を変えられて、お前達の道具にされ続けて、何もかもを自分の意思で出来ないんだぞ! 壊されたくても壊してもらえない。壊されたくなくても壊されるんだよ! それがどれだけ怖いと思って!

 それと違ってお前らは自由だろ? 別に意味を持って作られたわけではない。自分の好きなように動ける。そんな自由な奴が辛そうにするなよ! その自由を自由に謳歌しろよ!



 ……私も自分勝手な奴のようだ。奴に何故か異様にムカついてしまった。もし私が奴に声をかけられたなら、こんな風に叱ってやれたのだろうか。


7、

「僕、都会の大学に行く事になった。多分もう会う機会はほとんどないと思う」

 今日はいつもとは違う雰囲気になっていた。少し落ち着いたようにも思える。負のオーラが消えたわけではない。ただ、そこから顔を出せるようになったのだろう。

「だから最後に言わせて。今までありがと。話を聞いてくれて」

 改まって感謝をされるとは、さすがの私も照れてしまうな。

「君に話を聞いてもらえたから一日一日頑張れた気がする」

 ……私は君になにもしてやれていない。君に感謝されるようなことは何もしていないんだよ。

「正直なにも変えれなかった。皆の為に正しい行動が出来る人間になれなかった。大切な人を大切に出来る人間になれなかった」

 それをできない奴はそんなことを言わない。もし今できなくても、きっといつかできる。その前兆がその言葉だ。

「多分これからも同じ悩みをずっと続けると思う。けど頑張るよ。せめて少しだけでも良い奴だったって思ってもらえる人間になるために」

 そうか。頑張れ。

「ほんとにありがと! 元気でね。たまに帰ってきたらまた愚痴聞いてね!」

 あぁ、いくらでも聞いてやる。お前が良い奴になるために、お前の悪い奴な所を全部受け入れて流してやる。そしていつか、少しでも良い奴に成れたらどんな感じか見せてくれ。楽しみにしているぞ。


 最後に奴は力強くレバーを倒し、私に水を吐かせた。背筋の伸び切らない後ろ姿を見せながら個室の外に出ていった。

読んでくださり、ありがとうございました。初期に書いたものを、今回修正して出させていただきました。修正したとはいえ拙いところも多いですが、内容はかなり気に入っている一作になっております。

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