非武装地帯
安全な場所まで辿り着いた頃には、アーリンも他の皆も憔悴しきっていた
ライラ星人は特に睡眠を必要とはしなかったけれども、酷いダメージや大きな衝撃を受けた時には、休息を取り眠ることがあった
この時は、殆どの人が今までにない深い眠りに落ちた
皆より少し早く目覚めたアーリンは、先程の出来事がまだ現実として受け入れられなかった
あの生物はいったい何?
私たちを食べるの?
青ざめて呼吸が浅くなるアーリンに、知り合いの大工のマイネルがポンと肩を叩いた
「大丈夫?」
アーリンは大きく息をすると、首を振った
「皆を助けられなかった」
「アーリンがすぐに動いたから、ここにいる皆が逃げられたんだよ」
マイネルはそう言って、無理に笑顔を作った
「他の皆は無事かしら?早く知らせないと」
「もう連絡はまわってる
今のところ、彼奴らは湖の周りから動いてないみたいだ」
そう、と力無くアーリンは相づちを打った
ライラ星に争いは無い
戦うことなど何も無かった
だから当然、武器も防具も無い
ライラ星人が作るのは生活に役立つ最小限のものだけだ
穏やかで優しいライラ星人たちに為す術は無い
あの生物たちから身を隠すことしか思いつかなかった
侵入者のことを、ライラ星人たちはベイダーと呼んだ
ベイダーたちは、隠れるライラ星人のことをハイダーと言った
突如訪れた悲劇
ベイダーとハイダーたちの攻防戦の日々
ライラ星人は少量の水と果実で生きることができる
とはいえ、流石に全く何も口にしないでいられるのは限界がある
それを知ってか知らずか、ベイダーたちは湖の周りを根城として陣取っていた
新鮮な果物と水を補給するためには、ベイダーたちの近くへ行かなければならない
ハイダーたちは、用心深く計画を立てて三人一組で素早く行動した
最初のうちは、地の利もあり気づかれずに上手く水と食糧を手に入れることができた
そのうちに、ベイダーたちは待ち伏せ作戦をとるようになった
情報を集めて智恵を働かせたのもあるのだろうが、それよりも恐ろしいことにベイダーたちの中にストークを使う者が出てきた
ライラ星人とは比べものにならない程度だったが、ハイダーたちの動きを察知する
ストークを感知して襲ってくる
ライラ星人を食すことで、その能力を持つようになったのだ
とりわけ、赤い髪をしたハイダーが美味で、他の者よりストークが身につくことも学んだようだった
じわじわとハイダーたちは追い詰められていった
皆気が休まらず、睡眠時間が増えた
しかし、眠っている間を狙って襲われることもあり、悪循環だった
このままでは、不利になるばかり
ライラ星人たちは集まって、神託を求めた
ライラ星人たちのストークを使い、ライラ星から脱出して他の星へ移住するという策が授けられた
ライラ星の人々は、ストークを駆使して鉱石を切り出して宇宙を移動する船を造り始めた
独自の技術により、クリスタルにエネルギーを充填し、重い鉱物船を浮かべる
湖の周辺で徘徊しているベイダーたちは、鉱山に出入りしているハイダーたちの動きには気づいていなかった
ストークが弱いので、遠く離れた鉱山の様子まではわからないようだった
鉱物船の製作も順調に進み、少し希望を取り戻した頃
アーリンは仲間のトーエンとカイルと三人組で食糧の補給へと向かった
アーリンはストークが強いので、ベイダーたちよりも先に相手の動きを察知することができる
危険にも慣れて、気分も上向きになり油断をしていた
微弱なストークを感じてはいたが、近くにベイダーの気配は無い
果実に手を伸ばした時、背中に鋭い痛みが突き刺さった
振り返るとベイダーの爪が、自分を貫いている
「アーリン!?」
すぐ近くにいたカイルが走り寄り、ベイダーに背後から体当たりをした
ベイダーはアーリンの背中に刺さっていた爪を抜き取ると、その手をカイルに振り下ろした
一瞬の出来事だった
カイルは弾け飛んで、首から大量の血が溢れた
「カイル!!」
致命傷だった
カイルは倒れてピクリともしない
アーリンは自分のものとは思えない叫び声を上げ、ストークで側の巨大な鉱石を持ち上げると、ベイダーの頭上高くから力一杯叩きつけた
泣き叫ぶ自分の声が、頭に響き渡る
アーリンの胸の中に燻っていた何かが一気に燃え上がった
許せない、許せない、許せない
憎悪の炎が、自分の身体全体から湧き出して噴き上がるのを感じた
トーエンがカイルを抱き起こして、名前を叫んでも、カイルはもう動かなかった
鉱石の下でベイダーも潰れていた
他にベイダーの仲間はおらず、単独行動だったためストークも弱く近くに居ることに気づけなかった
アーリンはベイダーを殺したことに、何の感情も持たなかった
それよりも、怒りと憎しみの炎が胸の中で燃え盛り、涙が止まらなかった
トーエンと二人でカイルをストークで運んで帰った
私を助けようとして、カイルは命を落とした
背中から流れる血の傷の痛みよりも、心が痛くて痛くてたまらなかった
自分がもっと気をつけていたら、カイルは死ななかった
アーリンは、心の中に消えない真っ黒な感情が生まれ、自分が変化したことを感じていた