善と悪
《プロローグ》
我、善なるもの
悪の存在により己を知る
万物は陰陽にて完全たる運命
悪なるかな、己の内に
善なるかな、己の内に
我、善なるもの
未来永劫、悪とは交わらざる
善なるかな
善なるかな
宇宙で最古の人類が生まれ、文明社会が築かれた星、ライラ
原始的な生活ではあったが、その社会性はとても高度で成熟した考え方を持ち、自然との共生を保ち美しく愛に満ちた在り方だった
彼らは心のエネルギー、ストークを使い、様々なことをやってのけた
心のエネルギーに集中して操作することで物質を動かしたり、大きな決断をする時には集団でストークを用いて神託を仰ぐなどしていた
全てはひとつから成る
ストークは、皆に共通する力であり、個は全体の一部、全体は個のために存在するという信念のもと、平和に暮らしていた
美しい星、ライラ
ストークの源である、ブラーバの光に照らされて常に明るく、薄桃色の空
地上には澄んだ湖と白い砂の大地と鉱山が広がり、色鮮やかな果実のなる植物が穏やかな木陰の空間を作っていた
人々は鉱石を採取して加工した家に住み、植物を利用した衣服を身にまとい、花や鉱石を装飾品として頭や腕に着けていた
アーリンはライラ星の湖の畔に住み、花や石を加工デザインして、アクセサリーや身の回りの小物などを作って暮らしていた
アーリンの作品はシンプルで洗練されたデザイン、それでいて愛らしさもあるので皆に人気があった
ライラ星では、皆がそれぞれ得意とする好きなことをして、毎日を過ごしていた
衣食住は充分に足りていて、楽しんで暮らすことを見つけては皆で共有して、成果を喜びあった
お互いの能力や個性を認め合い、補い合って思いやり、幸せだった
悪の存在が現れるまでは
その日も、アーリンは完成した幾つかの作品を持って、いつものように皆が集う大きな木陰の広場へと向かった
広場では、それぞれが持ち寄った品や作品を広げて披露したり、交換したりする
アーリンの真っ赤な髪によく似合う、一番良くできたクリスタルの髪飾りを着けて行った
「アーリン、素敵な髪飾りだね」
「やぁ、アーリン、後で行くからひとつ残しておいてよ」
すれ違う人たちが、笑顔で挨拶をする
広場は賑わっていて、あちこちから談笑する人々の笑い声が響いていた
アーリンが作品を並べ終えて、よし、と腰を下ろした時、今までに感じたことのないストークを感知した
鉱山の方から感じる、何とも表現できない重苦しさ
アーリンはライラ星の中でもストークが強く、皆より敏感だった
ライラ星人のうちで赤髪の者は、ストークが強いと言われていた
アーリンと同じく、他の赤い髪をしたライラ星人も異変を感じているようだった
周りを見回して、不思議な顔をしている
そのうちに皆が気づいて、鉱山の方角の様子を伺いだした
近づいてくる
未知の何かが
皆が見つめる先に、鳥のように尖った口、鋭い爪、加工前の荒い鉱石のような肌をした生物、ライラ星人のような人ではない集団が姿を現した
何か言葉を発しているが、理解できない
全身から好ましくないストークを感じる
アーリンは自然と眉間にしわが寄っている自分に気がついた
何だろう?この感じは…
次の瞬間、アーリンは信じられない光景を目にした
見たことのない生物のひとりが、一番側にいた赤い髪をしたライラ星人に近寄ると、尖った口を大きく開き、頭にかぶりついた
血しぶきが飛び散り、頭部を失ったライラ星人の身体は崩れ落ちた
一瞬、時が止まったかのように凍りついたライラ星人たちから、つんざくような悲鳴が上がった
その場から逃げようとした別のライラ星人を見たことのない生物たちは次々と襲い始めた
雄叫びを上げて、興奮している
ライラ星人の衣服を切り裂いて交尾を始めるもの、柔らかな肌を食い千切るもの、悲鳴と血肉の破片が飛び交い、辺りはパニック状態になった
息を飲んで動けなかったアーリンはハッと我に返ると、すぐに近くの数人のライラ星人とコンタクトを取り、ストークを集中させた
通常、数人のストークを合わせて家や建造物を造る
その場にある大きな鉱石を動かして、ライラ星人の身を守る壁を積み上げる
焦ってコントロールが乱れる
周囲のライラ星人も理解して協力をする
皆のストークを合わせ、壁を築くスピードが上がる
砂埃で視界が真っ白になっている
壁の向こう側から、おぞましいストークを感じて、アーリンは震えが止まらなかったが、必死で集中した
意識が途切れて、気絶しそうになる自分を奮い立たせて、アーリンは仲間たちと壁を造りながら一緒に逃げた
湖の反対側へと走りながら、アーリンの胸の中に燻った何かが生まれていた