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元婚約者

「突然の訪問、申し訳ありません。でもこうしてソフィア様とお話しできて嬉しいわ」


 手紙事件から一週間後、突然メリアが屋敷を訪れた。庭園のガゼボで、ソフィアの目の前には、出されたティーカップを片手にメリアが微笑んでいる。


「あいにく、ルード様はお仕事で不在ですが」

「いいんです、わかっていて来ましたから。それに、話しをしたかったのは、ルードではなくソフィア様なの」


 にっこりと微笑みながら、メリアはゆっくりと紅茶を飲む。そんなメリアを、ソフィアは不思議な顔で見つめていた。


(私に話って、何かしら?やっぱり、ルード様のこと?)


「話、というのは?」

「私がルードへ手紙を出しているのはご存じ?」

「……ええ、お聞きしています」

「そう、聞いているの」


 ソフィアの返答に、メリアはつまらなそうな顔をしている。どうやら、ソフィアを驚かせたかったらしい。メリアが一体どういうつもりなのかわからず、ソフィアは緊張した面持ちでメリアを見つめた。


「それじゃ、私とルードが昔、婚約者だったことは?」

「え?」


 メリアとルードが元婚約者というのは初耳だ。突然の話にソフィアが驚いていると、メリアはにんまりと嬉しそうに笑う。


「知らなかったのね。ルードはそんな大切なこと、あなたに教えてくれなかったの。かわいそうに」


(かわいそう?)


 メリアの言っている意味が分からず、ソフィアは相変わらず不思議そうな顔をしてメリアを見つめている。だが、メリアは気にもせず話を続けた。


「小さい頃の話だけれど、私たちは親同士が決めた婚約者だったの。でも、ルードの氷の瞳のことを知って、私の両親が婚約を解消してしまったのよ。それ以来、ルードとは疎遠になっていたわ。私は、今の夫と婚約、結婚したけれど、ルードはずっと一人だった。当たり前よね、氷の瞳を持っているなんて、誰もが怖がって近寄らない。……私だってそうだった」


 小さく息を吐いて、メリアは瞳を閉じる。


「でも、私は心のどこかでずっとルードのことを思っていたの。今の夫とも家同士が決めた結婚だったから、夫が女遊びの激しい人でも仕方ないと思って割り切っていたわ。ルードがずっと一人だと知って、どこか安心していたのね。もしかしたら、いつかルードと一緒になれるかもなんて、勝手に淡い思いを抱いていたわ。でも」


 そう言って、メリアは瞳を開くと、ソフィアを厳しい目で見つめる。


「あなたがルードと出会って、ルードの氷の瞳は治ってしまった。そして、ルードはあなたと結婚してしまったわ。私は、夫の浮気に日々耐えて我慢しているのに、ルードはあなたと幸せそうに暮らしている。もしも、私とルードがあのまま婚約して結婚していたら、私は今みたいな苦しい思いはせずに、ルードと幸せに暮らせていたかもしれない。ルードの隣で、ルードを支え、一緒に仲睦まじく暮らしていたかもしれない」


 メリアのカップを持つ指に力が入る。


「ねえ、ルードと別れてくれない?」

「……え?」

「ルードだって、きっとあなたが目を治してくれたから一緒にいるだけでしょう。あなたに気持ちなんてあるわけないわ。両目で見れるようになってから、ルードは見違えるように素敵になったのよ。あなたみたいな子爵家の娘じゃなく、もっとふさわしい令嬢がルードにはお似合いだと思うの。あなただって、そう思うでしょう?」


 メリアの言葉に、ソフィアの喉がヒュッ、と小さく鳴った。


「私にルードをくださいな。私と夫は夫婦仲が破綻してるの。夫の不貞行為はたくさんあるから、それを理由にいつだって離婚できる。離婚したら、ルードと一緒になって、今度こそ幸せになってみせるわ。だから、ルードと別れてくださる?」


(メリア様は、何を、言っているの?)


 どこまで身勝手なのだろう。自分が幸せでないから、ルードをよこせと言うのだ。ルードが氷の瞳だった頃は音信不通だったくせに、ルードの目が治ったと知った途端、ルードを欲しがっている。ルードが一番嫌うタイプの人間だ。怒りにも似た思いが、ソフィアの中にふつふつと沸き上がって来る。ソフィアは震える両手を握りしめ、真剣な眼差しでメリアを見つめてから小さく深呼吸をした。


「お断りします。ルード様は、メリア様にはお渡しできません」


 ソフィアの返事に、メリアの顔が引きつる。だが、ソフィアは臆することなく言葉を続けた。


「メリア様は、心のどこかでずっとルード様のことを思っていたとおっしゃっていました。でも、ルード様と再会するまで、ずっとなんの連絡もなさっていなかったのですよね?氷の瞳が治ったと知った途端、急にルード様へ手紙を執拗に届けるなんて、おかしいです。メリア様がルード様のことを本当に慕っているとは思えません。それに、ご自分が今幸せでないからと、ルード様に自分の幸せを押し付けるような言い方をしています。そんなの、ルード様に失礼です」

「なっ!あなたに、何が分かるのよ!」


 カッとなったメアリは、持っていたティーカップの中身を思わずソフィアへかけた。ソフィアの服に紅茶がかかり、紅茶のシミが広がっていく。


「たまたまルードの目を治せたからって、いい気にならないで!あなた、上級の治癒魔法を使えるらしいけれど、ルードの氷の瞳がなぜ治ったかはわかっていないんでしょう?それなのに、いけしゃあしゃあとルードの隣に居座って、図々しいにも程があるわ。子爵家の娘らしいけれど、本当の娘ではないそうじゃない。その家では侍女のように使われていたくせに、ルードの目を治したからっていい気になって――」


「いい加減にしろ」


 突然、地を這うような低い声がして視線を向けると、ルードがソフィアの近くに来てメアリを睨みつけている。それは氷結辺境伯の名にふさわしく、メリアの心を凍りつかせるかのような冷たく恐ろしい瞳だった。


「ル、ルード!いつの間に……」


「仕事で必要な書類を取りに戻って来たら、君が来ていると聞いて嫌な予感がしたんだ。なぜここにいる?それに、ソフィアにずいぶんと失礼なことをしてくれたみたいだな」


 ソフィアの服についた紅茶のシミを見て、ルードは怒りに満ちた顔をする。


「そ、それは……!」


「いいか、手紙でも俺は君と一緒になるつもりはないとはっきり断っている。俺は君のことを何とも思っていないし、むしろ今回のことで嫌悪感さえ抱いた。君は俺と一緒になれれば幸せになれると勘違いしているようだが、俺は君のような女を幸せにしたいとは思えない。夫が浮気性だからと自分も他の男と自由気ままに浮気しておいて、俺の目が治っていると知ったら急に俺にすり寄ってくるような女を、どうして幸せにしたいだなんて思うんだ」


 ルードの言葉と気迫に、メリアは顔を青ざめてカタカタと震えている。


「君のことは、かわいそうだとは思う。だが、君と一緒になることは絶対にない。もう二度と、俺たちに近づかないでくれ。わかったなら、お引き取りを」


 そう言って、ルードはソフィアをゆっくりと立たせて、エスコートするようにガゼボから離れる。ソフィアは、メリアの方を見て小さくお辞儀をしてからルードに続いた。




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