第6話 出発進行
「ピーッ」と、暗く寂し気な汽笛が夜明けの空の下に響く。
鈴の音を鳴らす踏切を、EF58が牽引する夜行列車が通過する。
一等寝台車や一等展望車、そして食堂車を連結した、堂々たる夜行急行列車だ。
まもなく食堂車は朝の営業が始まる。
食堂車の厨房では、ちょうど仕込みが終わったところだ。
食堂車の給仕役用の寝台から身体を起こし、顔を洗って身なりを整えて、彼女が朝の仕事に向かうと、食堂車は朝の営業開始。
影法師のような客が疎にやって来て、彼女は注文を取りに行く。
夜行列車の食堂車の朝の仕事だ。
窓の外は、片田舎の景色。
だけど町になったと思えば、駅に着く。
片田舎の町の駅。
待避線や留置線、貨物ホームに加えて小さな機関区がある。
小さな機関区は、その日によって止まって居る機関車が変わる。変わらないこの世界で変わる物は列車だろうか?
給仕役の彼女も、一度この駅のホームに降りて短い休憩。
それまで乗っていた、ぶどう色のEF58電気機関車に牽引される、オハユニ61客車やマイネ40一等寝台車と言ったぶどう色の客車を主体とした列車の最後尾には、一等展望車が連結されていたが、この後の勤務はどんな列車に乗るのだろうか?
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鉄道模型を走らせながら、紅茶を片手に学校の課題をこなすが、プリント1枚の課題なんてあっという間に終わってしまった。
「さてと。」
と、自分は今走らせていた、EF58の夜行列車を駅に停車させると、列車を留置線に入れ、次の列車を用意する間に、対向列車として駅に停めていた、国鉄EF15形電気機関車に牽引される貨物列車を発車させる。
次の旅客列車は、新しく登場する新鋭、24系寝台車のブルートレインだ。
ご丁寧に、寝台特急「出雲」の紅いテールマークが既に装備されている。
牽引するDD51ディーゼル機関車にも、同じく紅い「出雲」のヘッドマークを付けてやり、入換作業を開始した。
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この鉄道が創られた際も当初から、蒸気機関車は極小数。居るのは、貨物用のD51と入換兼貨物用のイギリス製蒸気機関車3950「グリーンブリーズ」号。元からその鉄道には、蒸気機関車は居ないと言う理由から、電気機関車が多い世界。
鷲の駅から分岐する、南十字線が非電化路線のため、そこへ乗り入れる列車向けに、僅かながら蒸気機関車は居るが、蒸気機関車を廃する「無煙化」を推進するために製造された、DD51ディーゼル機関車の登場で、それももうお払い箱になるだろう。
先行して登場した電気式のDF50は、亜幹線の無煙化の面では好評であったが、出力の不足や故障の多さ、価格の高さが欠点とされた。
DD51はこれに代わる本格的な幹線用主力機として開発された液体式ディーゼル機関車であり、速度面では旅客列車用大型蒸気機関車C61を、牽引力では貨物列車用大型蒸気機関車D51を上回る性能を持っている。
これがあれば、わざわざ非電化路線の南十字線に乗り入れるために蒸気機関車を残しておく必要は無くなり、町の機関区に所属する蒸気機関車の存在価値など無くなるだろう。
ただし、南十字線の方から蒸気機関車が来る事もあるので、給水塔等の蒸気機関車のための施設はしばらく残るが。
扇形庫の中で、影法師の機関士がエンジンをかけて、今、扇形庫からターンテーブルに載って向きを変え、同じく新品の24系寝台車に連結される、新鋭DD51ディーゼル機関車の横を、夜行列車の牽引任務を終えたEF58が扇形庫へ帰って行く。
影法師の誘導員に従って、影法師の機関士がDD51と24系寝台車を連結させる。
B寝台車3両とA寝台車1両。そして、A寝台車とB寝台車の合間に食堂車オシ24。最後尾には電源車。
今、留置線からDD51ディーゼル機関車に牽引されてホームへの入換作業を終えた列車に、橋上駅舎で休んでいた彼女もまた、食堂車の給仕役として乗り込む。
「今回はブルートレインかぁ。」
と、彼女は言う。
誰もいないホーム。
時の進まない空間。
ここは作られた世界。
そんな世界で、彼女は1人、影法師のような姿の旅客を相手に、食堂車の給仕役をしている。
「あら?」っと彼女はつぶやく。
影法師の旅客の一人が、はっきりとした人間の姿に見えたのだ。
(珍しいね)と彼女は思いながら、食堂車に今回使用する食材を積み込む。
全ての影法師が列車に乗ると、彼女も食堂車に乗り込む。
だけど、なかなか発車しないのはどうしたことか?
ようやく、ガラスの笛のような笛音が響く。
DD51ディーゼル機関車が汽笛を鳴らし、「ガタン」と列車は一揺れして、夕方の駅を出発した。
彼女の目に、この日の夕日はやけに赤く見えていた。