第3話 洋館の町
帰りのホームルームが始まる。
なんて事ない内容で、さっさと終わらせて欲しい。
ようやく終わった。そう思った矢先だった。
「あーそうだ。ちょっと残りなさい。」
と、先生は自分に言う。
何か悪いことをしたのかなと、記憶を辿るが何も思い当たらない。
ホームルームが終わった後、言われた通り、先生のところへと向かう。さっさと用を済ませて、バイトに行きたい。塾も今日は無く、バイトを終えたら遊ぶ予定なのだ。
「君さぁ、なんなのあれ?」
「何のことで?」
「分かっているからって一人でガンガン答えて、君の知識振りかざしても、誤解は解けないよ?」
「別に誤解を解こうとしたのではー」
「とにかく、誤解を解くのは周りじゃなくて自分だからね。」
いや、冥王星探査機ニュー・ホライズンズについての問いを出したのは、自分にケチ付けた奴に対して「そんな事言うなら」って理由で、あんたが出したのでしょう?それで、誰も答えられず、痺れ切らして答えたらこれか?
そもそも、SLやまぐち号の件だって、こちらが証拠を見せても、「銀河鉄道の夜が好きなら、SLに乗るはず。」と言う勝手な偏見から言い掛かりを付けて、話を聞かないのは誰だ?
そう言おうとした。
「なんだその態度は?こっちはな、君のためを思って教育してやってんだ!ありがたく思え!だいたい、あの噂だって、君が素直に「SLやまぐち号に乗りました」って言えば良かったんだよ馬鹿野郎!銀河鉄道の夜が好きな奴が、電気機関車の列車に乗るものか。」
いきなり怒鳴られた。
怒鳴るだけ怒鳴って、言いたい放題言い、先生は立ち去る。
ふざけるな。話を聞かないのはどっちだ?教育を盾に滅茶苦茶押し付けているのは誰だ?こちらはあの噂の時、証拠を見せた。なのに、「銀河鉄道の夜が好きな奴が、電気機関車の列車に乗るものか。」と、話を聞かなかったのは誰だ?そもそも、あんたの行いだって側から見ればアカハラになるのでは?
そう言いたいのだが、言ったところでまた怒られることは目に見えてる。なので、肩を落として帰るだけ。
知識を持っても、その知識のために怒られるのなら、何故人は勉強するのか?
生きるため?
それならなぜ生きるのか?
学ぶため?
そんな事が頭の中に浮かんでは消え、自分は学校を後に、自転車で、バイトへ向かう。
原付の免許もある自分は、これを活かして夕方のポスティングのバイトを週に2回程度していて、それなりの稼ぎがあるが、これもまた、周りから疎まれる原因なのか?
言いたい事を言えない。
言ったら、「言った時点で君の負けー」と一方的な話をされて終了。
あの時。
SLやまぐち号の車内で悪さをしたと噂され、身の潔白を明らかにしようとした時もそう。
「否定するということは、噂話を認めるのと同じこと。」
「銀河鉄道の夜が好きなら、SLに乗るはず。」
と一方的な話しになってしまい、もはや話にならなかった。
結局のところ、言った者勝ち、やった者勝ち。
(なら、逃げるが勝ち。バイトで稼いで、また鉄道模型の世界に入り浸ろう。)
と、思いながらバイト先に出勤。
夕方のポスティングのバイトは、割と時給が良く、短い時間で割と稼げる。
その稼いだ金の使い道と来れば、自分の趣味に半分。残りは貯金だ。
バイトを終えると、もう夜だ。
この町は、簡単に言えば、明治時代から大正、昭和初期に建築された西洋館が今も多く残っている町で、宮沢賢治の小説の世界。特に「銀河鉄道の夜」のジョバンニが住む町のような町。昔は生糸の生産が盛んで、水運の街としても栄えた町。
そして、銀河鉄道の夜の町のようにレトロな雰囲気の町には蒸気機関車が似合うだろうと月に一度か二度ほど、蒸気機関車が牽引する観光列車がやって来る。
でも、あまり好きでは無い。
蒸気機関車が嫌いなのでは無くて、自分の、と言うより自分が好きな宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界に蒸気機関車は居ない。この町は、銀河鉄道の夜の世界のように見えるのだけど、「レトロな雰囲気や、銀河鉄道の夜と言えば蒸気機関車だ」と言う理由で、蒸気機関車の観光列車を走らせる事が気に食わない。
「銀河鉄道の夜」の列車は、燃料に石炭を使用する蒸気機関車でない事は、本編の「六、銀河ステーション」の最後のあたりでも、宮沢賢治本人が言及しているのだが、皆、見て見ぬ振りしているのか気付かないのか、書店や学校の教科書にある「銀河鉄道の夜」の表紙絵や挿絵は皆、蒸気機関車。別の作品の銀河鉄道と混同したのかもしれないが、酷い場合にはD51やC62のような炭水車を連結した大型の蒸気機関車で、炭水車にはご丁寧に石炭が山ほど積んであり、おまけにアルコールを燃料にしているにしては、派手に煙を吐いている物も。
確かに、「銀河鉄道の夜」の車窓に「石炭袋」という空洞が現れるし、「汽車」といえば蒸気機関車を示すのだが、「石炭を焚いていない汽車だ」「アルコールか電気だ」と本編にある事からも、列車は蒸気機関車ではなく電気機関車、或いはアルコールを燃料にしたディーゼル機関車が牽引している事になるだろう。ただし、カムパネルラの家にはアルコールラムプで走る汽車があった上、実際にアルコールを燃料にしたライブスチームと言う蒸気機関車の模型もあるので、これが誤解を生み、本文にはっきりと「石炭を焚いていない」と書いてあるのに、表紙や挿絵などが蒸気機関車になってしまった可能性は否定出来ないが。
しかし、はっきりと「銀河鉄道は石炭を焚いて走る蒸気機関車の列車では無い!」と本編で書いてあるのに、読者や編集者、イラストレーターやアニメーターも先入観で、勝手に石炭を焚く蒸気機関車だと誤解し、作品をちゃんと読みもしないでイメージだけが一人歩きしているのは気に食わない。
まるで、今の自分のようだ。
自分だって、はっきりと「秩父鉄道に行っていた」と言う証拠も証明書もあるのに、「「SLやまぐち号」に乗っていた!他の人に迷惑をかけることをした!否定は肯定だ!銀河鉄道の夜が好きなら蒸気機関車に乗るはずだ!電気機関車のわけ無いだろう!」と言う根も葉もない噂だけ一人歩きしているのだ。
一体どこの誰が、「銀河鉄道の夜が好きなら蒸気機関車の列車に乗る」と決めたのだ?
国会でアホな顔して寝てるだけで給料が貰える奴等が決めたのだろうか?