第15話 夢か現実か夢か
すっと目が覚めると、そこはあのマッチ箱のような狭苦しいA寝台個室ではなく、見慣れた自分の家の自分の部屋だった。
ベッドから起き上がると、ジオラマをDD51の牽引する寝台列車が走っていた。
一晩中走らせたままだったのか?
とにかく、歯を磨きながら駅に寝台列車を停めて、客車を待避線へ入れ、DD51は扇形庫に戻す。
(あれ?)
昨夜の事を思い出す。両親が乗っている寝台特急「サンライズ瀬戸」が瀬戸大橋の上で、脱線した対向列車と衝突し、一部車両が海に落ちている映像が流れ、両親が死んだと知り、途方に暮れていたら、突如、一気に頭痛が襲って来て、更に吐き気、めまい、視力の障害、痙攣などが現れ、ジオラマのテーブルに倒れ掛かった。
にも関わらず、今、ベッドから起きたのだ。
「おーい!朝ごはんできてるよ!」
母親の声。
だけど、母親は父と昨夜の「サンライズ瀬戸」に乗っていたはず。そして、その列車は瀬戸大橋で事故に巻き込まれていた。
恐る恐るリビングに行くと、両親が居たのだから驚きだ。
驚いた顔をしていると、
「一本後の列車に乗っていて、事故には遭わなかった。」
と、父が言ったので、自分はほっとしたのも束の間、(「サンライズ瀬戸」の後発の寝台特急なんて存在しないぞ。)と思う。
「「サンライズ」では無く、「ハローブリッジ号」に乗ったってこと?」
と、父に聞く。
「まぁそんなところだ。」
父は言うけど、父は「一本後の列車」と言った。だが、「ハローブリッジ号」は寝台特急では無く、高速バスの名前。更に言えば、高松駅を「サンライズ瀬戸」より僅かに早く出発するので、一本後の便では無いのだ。
(おかしいなぁ)と思うけど、自分は両親と朝食を食べる。
「今日は有給休暇だよ。」
と、母が言う。
「そうか。今日はバイトも塾も無い。」
「それじゃ、夕食は外食食べに行こう。」
母が言うのに頷いた。
学校に行く。
木造の、ノコギリ屋根の家を出て、町中のメインストリートを自転車で学校へ向かう。
しかし、何かがおかしい。
町が妙に静かなのだ。
洋館のカフェの前を通る。
いつもは、朝のパンを焼く香りがしているのに、その香りがしない。
道を挟んで、昨日の模型屋はまだ閉まっているので変わりはないように見えたけど、妙に重く静かな雰囲気に包まれ、隣の時計屋に至っては死んでいるような静けさ。見ると、時計屋の看板たる柱時計の振り子も、静かに止まっていた。
自転車で町を走り、学校に着いたがそれまでの間、町には車も走っていないし、猫の子1匹いない。にも関わらず、学校には自分と同級の生徒たちの姿があった。
誰も声を掛けてはこない。いつも、聞こえるのは「来たぞあの変態鉄道オタク」等と小声で罵る耳障りな会話。だから「おはよう!」と、クラスメイトに笑って言われているのに随分と遅れて気付いたし、それだって自分の近くにいる奴に言っていると思ったのだから。
「えっあっおはようー」
「なぁ〜に幽霊見たような顔して!」
と、頬擦りまでするクラスメイト。
どうしたものか、変な噂話は消え、関係は元通りになっていた。
だから、仲の良い同級生にハグされたり、頬擦りされたりと言うスキンシップでの異変に気付くのが遅れた。強いて言えば、ここまで派手なスキンシップはあまりされなかった。
昼休み。
学食に行った際、学食のメニューを見ると見覚えのある物。いや、そのメニューは、あの列車。寝台特急「出雲」いや、銀河鉄道を走るブルートレインの食堂車のメニューと同じ物で、自分はギョッとした。更に、働いているのは、影法師の姿の調理師たち。
出て来た食事は至って普通のようで、何かが違う。
昼食の後の、眠い午後の授業も終わって、掃除をして、帰りのホームルームが終わる。
「おーい!」と、クラスメイト。
「じゃあね!」と、スキンシップでハグして来たけど、クラスメイトの身体は、自分をすり抜けて行ってしまった。
「えっ!?」
振り返るとそこに、クラスメイトの姿は無く、影法師が静かに消えていった。
いよいよ恐ろしくなって、自分は一目散に学校を飛び出した。
学校を飛び出して、一目散に向かったのは駅だ。何か、嫌な予感がしたのだ。
誰も居ない町は、更に不気味な雰囲気を増しているのを感じながら、駅に着いた。
洋風木造建築の駅舎には変わりない。
駅舎を見て左側のレンガ造りの建屋のパン屋も変わりない。しかし、何かが変だった。最初は何が変なのか分からなかったが、駅舎の改札口の向こうに停車している列車がおかしかったのだ。
この路線で走る電車は、いわゆる、みかん電車の塗装の115系。だが、今、改札口の向こう側には、EF15電気機関車が停車しているのだ。
出札窓口に飛び付き「入場券お願いします!」と、叫ぶように言うが、事務所には誰も居ない。いや、居るには居るが、居るのは影法師だ。影法師が何枚かの切符を物も言わずに出した。それは、あの列車の切符だった。
改札口を通り抜けてホームに入ると、そこは、単式・島式複合ホーム2面3線だったが駅のホームに停車しているのは、EF15電気機関車が牽引する荷物列車だ。更に、別のホームを見ようとすると、そのホームに列車が入線して来た。けれども、その列車もまた、みかん電車では無い。やって来たのはDD51と24系客車。あの寝台列車だったのだ。
「えっ」と自分は、跨線橋の階段を駆け上る。ちょっと前にエレベーターが設置されバリアフリー化が完成した跨線橋から駅構内を見る。
「なっ何だこれは!?」
跨線橋から見た駅構内は、見慣れた単式・島式複合ホーム2面3線の他、貨物用の側線が2本ある駅では無い。
単式・島式複合ホーム2面3線の他、構内には多くの側線が広がり、列車が留置されていた。その外れには、車両基地や転車台を有する扇形庫。扇形庫の中にはEF30やEF60、EF58、EF70、EF80等の電気機関車の姿があり、今、EF58が扇形庫に入ろうとしているところだった。
間違いない。
自分のジオラマの中の駅だ。
自分はわけが分からなくなり、駅を飛び出て家に帰ろうとしたのだが、今度は改札口の位置や駅舎の構想も跨線橋に改札口があり、駅舎は跨線橋に付いている橋上駅舎になっていたのだ。
パニックになって、階段から転げ落ちる。
(一旦落ち着こう!レンガのパン屋さんはあった。また、パン食べて落ち着こう。)
駅舎を出ると、パン屋はあった。
なので、パン屋に入る。内装は変わりないのだが、「いらっしゃいませ」と自分に言ったのは、仲の良いバイトの女子大生では無かった。
「どうしてー」
と、声が振るえる。
声をかけて来たのは、あの寝台列車の食堂車の給仕役の彼女だったのだ。
給仕役の彼女は、最初から自分が来るのを分かっていたように席を指す。
その席に座った時、内装が突如光に包まれて変わった。それは、あの寝台列車の食堂車の内装だった。
「ひっ!」
悲鳴を上げて逃げ出そうと、店のドアを開けると、そこは見慣れた洋館の街ではなく、あの寝台列車の車内だ。
「逃げられ無いよ。運命からは。」
と、給仕役の彼女が言う。
「逃げられ無いってー。」
「あなたは、死んだから。私も死んだから。」
「何をー」
「あなたは疑問に思っていたでしょう?学校での様子、町の様子、そして死んだはずの両親の事。」
何も言い返せない。
給仕役の彼女は窓を指す。
窓に、テレビのニュースが映る。
昨夜のニュースだった。
「自分の家が放火され、自分は死んだ。」
「自分の住む町の駅前で信号無視をした老人が、パン屋の女子大生を轢き殺した。」
「寝台特急「サンライズ瀬戸」の旅客全員死亡。」
そんなニュースが流れる。
「なっー」
「私の事、分からない?」
給仕役の彼女は仕事着から普段着の姿に変わる。それは、駅前のパン屋の女子大生だったのだ。
「私、死んだのよ。あなたも死んだのよ。目が覚めたら分かる。」




