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第12話 旅客と彼女

「あなたの事を聞かせて。」


と、話題を振る給仕役の彼女。

人の姿をしている旅客は「弱ったな」と口の中で言う。


「生憎、いい話は持ち合わせてないのです。」

「貴方の名前は?」


旅客はそれに応えた。


「何をしていたの?」

「ただの学生。」

「どんな町に住んでたの?」

「洋館の街。だけど自分の家は、木造建築。」


彼女は過去形の言葉で聞いて行く。

何故ならこの、この旅客はもうその世界に戻る事が無いと知っているから。


ーーーーーー


嫌な予感がした。


給仕役の彼女は過去形の言葉で聞いてくる。

転移や転生どころでは無く、恐ろしい事態になりそうな気がした。


「洋館の街。どんな町?」

「あっあーそうだなぁ。」


自分は少し考える。


「簡単に言えば、明治時代から大正、昭和初期に建築された西洋館が今も多く残っている町で、宮沢賢治の小説の世界のような町。昔は生糸の生産が盛んだったし、水運の街としても栄えた町。」

「そうなんだ。」

「あまり好きでは無いけど、蒸気機関車の観光列車が偶に運転されていた。」

「蒸気機関車が嫌いなの?煙で?」


彼女が言う。

さて、どうする。


「煙が嫌」と嘘を話すか、正直にワケを話すか。下手に話し始めると愚痴り話になってしまうかもしれない。


「蒸気機関車が嫌いなのでは無くて、自分の、って言うより自分が好きな宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界に蒸気機関車は居ないから。宮沢賢治本人も、「銀河鉄道の夜」の列車は石炭を焚いていないと言及してます。あの町は、銀河鉄道の夜の世界のように見えたのだけど、銀河鉄道の夜と言えば蒸気機関車だ、レトロな町には蒸気機関車だと言う理由で、蒸気機関車の観光列車を走らせる事が気に食わなかったので。」


相手の顔色を伺いながら、正直に話すことにした。


「レトロな町には蒸気機関車と言いますが、世間で言うレトロな町と言うのは、開国から第二次世界大戦までの時代に、日本で建設された、西洋の建築様式を用いた建物や、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定される町並みを指しているようですが、そうした建物があった時代、既に電気機関車や電車も活躍していて、「ゴジラ -1.0」でも電車が登場しているように、東京では普通に電車が走ってました。また、銀河鉄道の夜の時代である1924年には、東海道本線の東京から国府津が電化され、蒸気機関車のみならず電気機関車や電車も走り始めましたし、まだ蒸気機関車が作られていた1945年から1950年には、電気機関車のEF58やEF15も登場してます。このうち、EF15は駅前のパン屋に保存されてます。EF58だって、JRの博物館には複数台保存展示されている例もあります。レトロな町を走る蒸気機関車は絵にはなるでしょうけど、なら、蒸気機関車と同じ時代を生きていた電気機関車はレトロでは無いと言うのでしょうか?闇雲に蒸気機関車を走らせても、無意味に終わった例だってあります。闇雲に蒸気機関車を走らせるのなら、駅前のパン屋の電気機関車を走らせて欲しいところです。」


「駅前のパン屋の電気機関車」と言う単語に、彼女は少し反応した。


さぁどうなるか?


「この世界も同じ。銀河鉄道の夜の世界を創ろうとし、実際に創られた。けど、蒸気機関車はあまり見かけ無い。設定では、電化されて間もないと言う事だけど、その設定の裏には、蒸気機関車は銀河鉄道の夜に出て来る銀河鉄道を走っていないと言う物がある。」


案の定、給仕役の彼女は、予想通りのことを言った。

「駅前のパン屋の電気機関車」と言う単語以外には、給仕役の彼女は何も反応を示さない。


ただ、


「今の話をしよう。」


と言った。


「今の話?」


「ズドドン!」と言う、列車が鉄橋を渡る音の中で、自分は首を傾げた。


「正確には、この列車に乗るまでの話かなぁ?貴方は誰で、この列車に乗るまでに何がどうあったのかって言う話。」


ティーポットから紅茶をカップに注いで、シュガーキャンディーを一つ落とすと、ティースプーンで掻き回し始める。掻き回しながら、何をどう話せばいいかと考える。


「ガタンガタガタン」と言うジョイント音のリズムの中、ようやく掻き回し終えると、紅茶を一口飲む。影法師のような姿の給仕長が、トレーにパンの耳の揚げパンを乗せて、物も言わずに置いて行った。もう、食堂車の営業時間は終わりなのだ。


「自分は、学校で、進級した春頃から様子が変になり、誰かに声をかけてもまるで反応せず、総スカンを受けているかのようになりました。」


と切り出す。給仕役の彼女は頷きながら、「愚痴り話になってもいいよ。話せば楽になる」と言う。


「春休みの間、自分はバイトに明け暮れつつ、時折、銀河鉄道の夜の世界観を見ようと、列車に乗りに出かけましたが、中でも春分の日、秩父鉄道のSLが脱線事故を起こして、当分の間、電気機関車で運転すると知った際には鉄砲玉のような勢いで、秩父鉄道に行き、電気機関車の引っ張る客車列車に乗ったのですが、春休みが開けて早々に職員室に呼び出されて事情聴取され、その日に自分が秩父鉄道から遠く離れた山口県のSLやまぐち号の車内で、悪事を働いたと言う根も葉もない噂話が出回っていると知ったのです。秩父鉄道の電気機関車の引っ張る客車列車は埼玉県だけを走っていて、SLやまぐち号が走る山口県までは行きませんし、行けません。自分はそんな噂話が流れた翌日、電気機関車の引っ張る客車列車に乗った際の切符と乗車証明書、写真を持って学校に行きましたがー。」


自分は、ここまで話して言葉に詰まった。


「ピィーッ」と、DD51のガラスの笛のような汽笛が聞こえた。


列車は、山羊や小馬がいる牧草地のようなところを走っていた。列車の左側には山羊、右側には小馬が、微かに光る牧草の上にいた。また、その牧草地の中のサイロや小屋等の屋根は星のような光を発していた。


(ここがジオラマの世界ならば、ちょうど、やぎ座と、こうま座の合間を走っているのかな。)


と、自分は思う。


「先生たちに見せて無関与だと言ったのですけど、結局は分かって貰えず、「否定するということは、噂話を認めるのと同じこと。」とか、「銀河鉄道の夜が好きなら、蒸気機関車の引っ張る列車であるSLやまぐち号に乗るはずだ。電気機関車に乗るわけない。嘘をつくな。」と一方的な話しになってしまい、もはや話にならず。結局のところ、言った者勝ち、やった者勝ち。今日の授業でも、自分に噛みついて来た奴に対して出した問いに答えたら、「分かっているからって一人でガンガン答えて、君の知識振りかざしても、誤解は解けないよ?とにかく、誤解を解くのは周りじゃなくて自分だからね。」と。いや、冥王星探査機についての問いを出したのは、自分にケチ付けた奴に対して「そんな事言うなら」って理由で、あんたが出したのにって、言いたかったのですが、言ったところでまた怒られることは目に見えてます。なので、肩を落として帰るだけでした。知識を持っても、その知識のために怒られるなら、何故人は勉強するのでしょう?生きるため?それならなぜ生きるのでしょう?学ぶため?」


すらすらと、自分の思いが出て来る。

そして、給仕役の彼女は、自分の思いを受け止めてくれていた。

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