第11話 給仕役の彼女
食事を終えた人の姿の旅客。
食事中も、何か落ち着かず、辺りをキョロキョロ見回していた。
給仕役の彼女の勤務する食堂車付きの列車の旅客は皆、影法師のような姿の旅客で物も言わない。
列車の運転手や車掌でさえ、影法師のような姿であるこの世界の列車。故に、人の姿の旅客は滅多に現れない。現れても、その仕草は影法師のような姿の旅客と同じ。
更に言うと、A寝台車や一等車に乗る旅客は皆無に等しく、殆どが三等車やB寝台車の旅客。だが、今日の人の姿の旅客はA寝台個室の方から来た。つまり、A寝台の旅客だ。
だからこそ彼女は、人の姿の旅客に興味を持った。
食後の紅茶を運ぶ際、他に旅客が居ないので、影法師のような姿の給仕長に断りを入れ、この人の姿の旅客と話してみる事にした。影法師のような姿の給仕長は、物も言わず、どんな表情も浮かべず、ただ小さく頷いただけだった。
(私も、気が付いたらこの世界に居た。この進まない世界にね。ずっと、列車の食堂車の給仕役。そして、この列車は同じ駅を出て、同じ駅に着く。始発駅が終着駅。)
トレーに、ティーポットやティースプーン、シュガーキャンディにティーカップを2つ乗せ、人の姿の旅客に紅茶を運んだ給仕役の彼女は、カップを人の姿の旅客の前、そしてその横にもう一つ置いた。
「あれ?カップが2つ?」
と、人の姿の旅客は首を傾げる。
「私も一緒にお茶したいので。よろしいですか?」
「えっええ。構いません。」
人の姿の旅客は頷き、彼女は腰を下ろした。
ーーーーーー
自分は、給仕役の女性が一緒にお茶したいと言うのに少し驚いながらも受け入れた。
この世界、この列車の情報を求めて。
だが、何をどう切り出せばいいのか分からない。
列車は不意に速度を落とし始めた。
自分は「なんだ?」と思う。が、給仕役の彼女にはいつもの事らしく、ただ、「ああ、今回は止まるのか。」と思っているよう。
星の光に包まれ、夜空には鷲が舞い、川の向こうでは赤い灯りが空を灯していた。それが不意に青に変わると、一斉に鷲の群れは川向こうへと渡って行く。
列車はそれとは別に、鉄道信号で止まっている。
「鷲の停車場で、南十字線が、この駅から分岐していて、時折、止まる事があるのです。運転停車なので、ドアは開かないですが。」
と、給仕役の彼女が言う。
単式ホーム・島式ホーム各1面の2面3線のホームの他に3本の側線と転車台がある駅。列車は、島式ホームに止まる。
窓の外に見える単式ホームには、この後来る南十字線直通の普通列車に乗るらしき大勢の旅客が居た。単式ホームに直結するように木造の駅舎があり、その向こうには光を放つ川があり、川の水は深くて流れが非常に静かな瀞になっていて、その中に、小さな豪華客船の模型のようなものや何か大きな物が、沈みかけている。
「南十字線」と言う路線名には聞き覚えがある。いや、聞き覚えどころか、名付けたのは自分だ。
轟音響かせ、南十字線から、D51に牽引される貨物列車がやって来た。あちらは止まる事無く通過して行く。
南十字線はローカル線のような扱いで、こちらの列車のような特急列車や急行列車も走っていないらしいが、 この先のさそりの火の手前に急勾配区間があり、 それに対応するため、粘着力の高いD型の蒸気機関車であるD51の貨物列車が走っているし、中には重連運転の貨物列車もあるので、今後、DD51が入線しても問題は無さそうだ。
ちなみに旅客列車は小さな蒸気機関車が牽引しているが、これで事足りるのならば、単行のディーゼルカーに置き換えてしまっても良いだろう。ただ、窓の外で南十字線の列車を待つ人の多さを見ると、とても事足りるとは思えないが。
貨物列車が通過してすぐ、こちらも発車した。
「えっと、この列車の時刻表は?」
恐る恐る尋ねる。
「そのような物はこの世界にございません。」
彼女が答える。
「では、この列車は一体ー?」
言いながらポケットを探る。
中からは切符が出て来た。
A寝台個室の切符だった。
だが、その切符には「出雲」と言う列車名も、区間も記されていなかった。
「自分の部屋で、鉄道模型を弄っていて、ふと眠気に襲われて突っ伏して、気が付いたらこの列車のA寝台にー。わけも分からず、列車の外は、まるで銀河鉄道の夜のような世界で、綺麗で、夢って思いながら頬をつねるも痛みを感じ、夢では無い。」
自分は(ありえない)と思いながら、今までの事を思い出す。
だが、これは現実だ。
こうなると、認めるしかない。
この列車は先程、自分がジオラマで用意していた列車。そして、この世界は自分の作ったジオラマの世界だと。
給仕役の彼女はこの列車のことや、この世界のことは話さない。恐らくは、自分がこの列車はなんなのか、そしてこの列車の走る世界はなんなのか勘付いたと思い、敢えて何も話さないのだろう。
「何も今は知らないでいい。今居る世界を、楽しんで。」
とだけ、彼女は言い、
「あなたの事を聞かせて。」
と、話題を振ってきた。




