第三話 カラーレンジャー 前編 7.後夜祭
化学部の花火は小ぶりだったがとても綺麗だった。一定の間隔で打ち上げられ、その度に生徒達から歓声が上がる。
グラウンドの端で私達はそれを見上げながら、赤木の音頭で乾杯した。カラーレンジャーの任務お疲れ様、という事らしい。
しばらくそれを眺めていると、それぞれの部活でも打ち上げの乾杯をしているらしく、赤木や青山、桃井はそちらに参加する為に行ってしまった。
すると、気付けばいつの間にか白田もいなくなっている。
私の隣は黒沢だけになっていた。
ちらりと黒沢の横顔を見る。彼の顔はキャンプファイヤーで照らされてオレンジ色をしている。あの日の夕焼けみたいだ。
「何?」
「え、ううん。皆いなくなっちゃったね。」
「あぁ。そうだな。」
しばらく沈黙が続く。その間も花火が打ち上げられていく。
嫌な間じゃなかった。こうやって二人で並んでいられるのは、くすぐったくなる程幸せな時間。
「・・緑川。」
「ん?何?」
「お前、・・・相馬と仲良いよな。」
「え?・・・そうかな・・。」
白田の事件の事で頭が一杯だった私はすっかり相馬くんのことなど忘れていた。
でも、なんでそんなこと黒沢が訊いてくるんだろう。
相馬くんは好意を持ってくれていたのかもしれないけど確かめた訳じゃないし、そんなこと黒沢の前で言いたくない。
それに私自身はどうも思ってないわけだし・・。
どうやって説明したらいいのか分からず、頭が混乱する。
「そんな、特別、仲良い訳じゃないと、思うんだけど・・・。」
どうにか振り絞った言葉は、語尾に力が入らず消えていく。
それに対し、黒沢は小さく「そうか。」と言っただけだった。
最後の打ち上げ花火が空で開く。最後らしく一番大きな花火で、色も鮮やかだった。それが段々空から消えていくとグラウンド中から拍手が起きる。
しばらくすると放送が流れて後夜祭の終わりを告げた。片付けは明日になるので、先生達がキャンプファイヤーを消して、生徒達は引き上げて行く。
あっという間にグラウンドは暗くなり、生徒達の数も減った。
私も教室へ戻ろうと体を起すと、黒沢が私の手を取った。
(え?)
足が止まる。握られているのは手だけの筈なのに、全身が動かない。
黒沢から目が離せなかった。黒沢は立ち上がり下を向いていた顔を上げると私を見る。
けどしばらく何も言わなかった。
もう一度生徒はグラウンドから引き上げるよう放送が流れる。
「黒沢・・・?」
勇気を出して声をかけた。黒沢の手に力がこもる。
「緑川。」
「・・・・。」
手が熱いよ。黒沢。
体が震えそうになる。
「俺、緑川が好きだ。」
黒沢の目が真っ直ぐに私を見る。
信じられない。今、黒沢が・・・、私・・・。
「私・・、くろさ・・。」
思った事を最後まで口にすることはできなかった。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなってしまったからだ。
黒沢の手が私の涙を拭う。その手のひらも、私の目も耳も頭の中も、何もかもが熱くて何も考えられない。
私にできたのは黒沢の手を握り返すことだけだった。
涙で滲む視界の中で、黒沢が今まで見たことのない表情で微笑んだのが見えた。
* * *
「おー、あれは言ったな。」
茶道部で打ち上げをしていた桃井は、後夜祭が終わってもグラウンドに残っている黒沢と緑川を見つけて、3階の茶道室から眺めていた。
遠目でも二人が手をつないでいるのが見える。これは流石に告白しただろうと、そう呟いた俺の隣で花穂が微笑んだ。
「良かったねぇ。」
「おっせぇんだよ。」
「寂しい?」
「・・なんで?」
「圭ちゃん、緑川さんと仲良いじゃん。」
笑顔でそんなことを言う花穂が怖い。
「そう言えば、お前あの二人の事知ってたっけ?」
「うん。緑川さんが黒沢君のこと好きなのは知ってたよ。」
「緑川から聴いたのか?」
「ううん。見てれば分かるよ。」
「誰かさんみたいな事言うなよ。怖ぇから。」
「夏休みの打ち上げの日、緑川さん黒沢君のこと目で追ってたもん。」
俺達は再びグラウンドの二人に目を戻す。
黒沢達は教室に戻る所だった。クラスの方は流れ解散になっているから、荷物を取りに行ったらもう帰るのだろう。
「いいなぁ。」
花穂が二人を見たままそう呟く。
二人は手を繋いでグラウンドを横切っていた。
そう言われても流石に他の部員達のいる部室で手を繋ぐ訳にもいかない。
どうしようかと思っていると、部長から解散するから部室から出るように言われて俺達は窓から離れた。
後で帰りに手を繋ぐぐらいはしようと思い、花穂と一緒に茶道室を出た。