第三話 カラーレンジャー 前編 6.犯人
一般者の来場は17時までと決められている。それが過ぎると、それぞれ軽く片づけをしてから後夜祭に入るのだ。
私達も自分達のクラスの屋台に戻ると片付けを始めた。
先程まで、私は白田達と合流して例の話をしていた。けど犯人が分かっても、もう私達に役割はない。
ここからは白田が直接本人と話をつける、との事だった。
一人では危ないのではないかと思ったけど、相手は生徒会の人間だから事を大袈裟にはしたくない筈だ。だから大丈夫、と白田は言っていた。
そうは言っても心配になる。
けど他の皆は白田に任せる気のようで、反対の声は上がらなかった。
ちらりと白田を見ると普段通りの様子で不要になったダンボールやビニールの袋を片付けている。
「・・・・・・。」
私がいくら言った所で、白田は一人で犯人の所に行くのだろう。
確かに私達は手伝っただけで、事件には直接関わりがない。対して白田は被害者だ。犯人を糾弾する権利は十分ある。
私は言いようの無い不安を抱えたまま、その時を待った。
* * *
後夜祭が始まると生徒達はキャンプファイヤーと照明に照らされたグラウンドに集まっていた。残ったドリンクが振舞われ、軽音部の演奏が始まっている。
演奏が終われば化学部の手作り花火が打ち上げられる予定だ。
僕はその様子を歩きながら廊下の窓から見下ろしていたが、すぐに前を向いた。
現在ほとんどの教室の明かりは消されている。だが、ちらほら点いている所もあった。一階トイレ、職員室、化学室、そして生徒会室。
僕は足を止めると、明かりの漏れる生徒会室のドアを開けた。
「失礼します。」
すると中には一人だけ生徒が残っていた。薄いレンズの眼鏡をかけた男子生徒。切れ長の目をしたその生徒はうちの学校の生徒会長、徳永だった。
「何だ?」
そう言って、彼は僕の顔を見た。
「少し、会長とお話がしたいと思って。」
「・・用件は?」
「ここ最近の嫌がらせについて。」
僕の言葉に彼の表情は動く事はない。それが、逆に不自然だった。
「・・お前、いじめでも受けてんのか?だったら生徒会より先生に相談した方がいい。」
「ただのいじめならそうでしょうが、僕が言っているのは会長から受けている件についてです。」
「何?」
会長は手元の書類から顔を上げると僕の顔を睨んだ。
僕はポケットから例のメモを取り出して、彼のデスクに広げてみせる。
「これ、書いたの会長ですね。」
「・・・・・。俺は知らない。何の根拠があって俺を疑ってるんだ?」
「携帯。見せて貰えませんが?」
「嫌だ、と言ったら?」
「見せられない理由があると言う事になりますね。」
「・・・・・。」
会長はバッグから紺色の携帯を取り出した。
「実は先日僕の携帯にいたずら電話がありました。今日確認したら、それが会長からの番号だったんです。」
そう言って、僕は自分の携帯から例の電話番号を表示させてコールボタンを押した。すると数秒後に会長の電話が鳴る。
「ね?」
それでも会長が取り乱す事はなかった。むしろ平然とした顔で言い返してくる。
「誰かが俺の携帯を使ったのかもしれないじゃないか。いたずらならむしろ自分の携帯を使う方が不自然だろ。大体、なんで俺が今日初めて会ったお前にそんなことする必要がある。」
「僕が生徒会に立候補したからです。もし僕が生徒会に入ったら、会長にとって都合の悪い事を知られてしまうかもしれない。」
「は?なんだその都合の悪い事ってのは?適当に言ってんじゃないだろうな?」
脅しのように声を低くする会長に、僕は正面から言い放った。
「会長は試験問題を盗んでますね。」
言うと同時に、僕は試験問題のコピーを会長のデスクの上に置いた。
今朝僕が生徒会室の棚の奥にしまわれているダンボールの中から見つけたもので、数枚のプリントの中にはまだ作成途中のものもある。当然そんな状態のものが生徒達の手元に渡るわけも無く、教師が作ったものを盗んでいるという立派な証拠だった。
「!?」
「失礼ですが、生徒会室を物色させて貰いました。探せばまだ出てくると思いますよ。」
会長は俺の顔と証拠のプリントを交互に見る。
しばらく何か考えていたようだったが、最後には鼻で笑った。
「ふん。馬鹿馬鹿しい。言うのは勝手だがいつ俺が盗んだって?試験問題なんて簡単に盗めるわけ無いだろ。」
「確かに普通職員室には誰かしら先生が常駐しているから職員室に入る事はできても、試験問題を探すなんて事は容易じゃありません。でも、教師も生徒も例外なく職員室、いや校舎から居なくなる時間がある。」
「・・・・。」
「全校集会。」
「はっ、馬鹿か?全校集会なら確かに職員室には誰もいなくなる。だが、集会の場にいなければすぐにそれはバレる。俺は生徒会長だぞ?教師も生徒も俺の顔を知っている。居なければすぐに分かるじゃないか。」
さすがに簡単には認めないようだ。だが、彼の反論は僕の想定内でもある。
「生徒会長は全校集会で皆の前で度々スピーチする機会がありますね。その為に普段からクラスの列には並ばず、前で待機している事も多い筈だ。だから会長が自分達の周りにいなくてもクラスメイト達は最初から疑問には思わない。それにこれはあくまで推測だけど、体育館の舞台上で会長が挨拶をして袖にひき、そのまま体育館から居なくなったとしても、皆の頭の中には全員の前でしゃべった会長の姿が印象に残っている。まさか、その後に会長が居なくなっているなんて思わないでしょう。」
「そんなものあくまで推測だ。上手くいく保障がどこにある?」
「実際に僕が同じことをしてみました。」
「・・何?」
「昨日体育館で全校生徒が文化祭開会式を行っている時、抜け出してみたんです。そして僕は此処で試験問題のコピーを見つけることが出来た。勿論誰にもバレずにね。」
「・・・・。」
「人の記憶なんて曖昧なものです。全校集会なら当然全ての生徒が列になって並んでいる。その思い込みだけで居ない生徒も居ると思ってしまう。それに、それ程毎日生徒も教師も周りの事なんて気にかけていないんですよ。特に僕や会長のように普段優秀だと思われている生徒は中々疑いの対象には挙がらない。」
会長はデスクの上で指を組みなおした。目は僕を睨むように見つめている。
「・・試験問題は職員室の金庫にしまってある筈だが?」
「その金庫の暗証番号が秘密裏に代々生徒会に受け継がれている。そうですね?」
まさかそこまでばれているとは思っていなかったのだろう。
彼は絶句すると呆然と僕を見た。
「・・何故分かった?」
「悪い事した人って、それを誰かに聞いて欲しいものなんでしょうね。」
「喋った奴がいるっていうのか!?」
彼は音を立てて立ち上がり、信じられないといった表情した。
「えぇ。勿論今の役員の先輩方じゃありません。僕の友人が見つけてくれたのですが、実はネット上にその事を自慢げに書いている人物がいました。どうやら五年前に卒業したOBのようです。」
「OB・・。」
「恐らく自分はもう卒業して関係ないし、ネット上なら何を書いても本当かどうか分からない世の中です。問題ないと思ったんでしょう。直接書き込みに学校名を出さなくても、プロフィールやネット上の友人の情報を辿っていけば、それ程苦も無く突き止めることは出来ます。」
「チッ。馬鹿が。」
会長は拳を握り締める。
まさか自分とは直接関係ないOBが足をひっぱるとは予測できなかったに違いない。
「僕はなんで候補者の中から僕と西宮さんだけに選挙を辞退するように仕向けられたのかずっと気になっていました。思い出したのはつい最近だけど、僕達は夏休み前に試験されてたんですね?」
「・・・・。」
彼はもう僕の方を見ていなかった。立ち上がったままじっと窓の外を見る。
軽音部の曲が二曲目に入ったところだった。外からは生徒達の楽しげな声が漏れてくる。
「僕も西宮さんも一学期の同じ時期に校舎裏で顔の知らない強面の生徒にタバコを勧められてるんです。そして僕も西宮さんもそれを断わっている。」
「・・・。」
「確認したら候補者全員が同じ体験をしていましたよ。その時の様子を聞くと、曖昧に濁した者もいれば、タバコを受け取ったものもいる。恐らく会長はその時の僕らのリアクションで、僕らが懐柔できる人物かどうかを見極めていたんですね?」
「・・・・。」
「僕と西ノ宮さんだけが迷うことなくきっぱりとその誘いを断わっているんです。だから邪魔だと判断した。生徒会で秘密を守ってさえいれば、事前に試験問題が手に入る。そうと分かれば大抵の生徒は食いつくでしょう。けど、中に不正を許せない真面目な生徒がいれば会長の立場も危うくなる。」
溜息をつくと、諦めた表情で会長は僕を見た。
「・・白田。お前の中学の時の話を知り合いに聞いたよ。問題のあった教師をつるし上げたんだってな。」
「・・・そうですか。」
「だからお前だけはなんとしてでも生徒会に入れる訳にはいかなかった。」
「成る程。僕だけ嫌がらせの質が違うと思っていたんです。それなら納得できます。」
あっけらかんという僕に、会長は少し拍子抜けしたようだ。
だが、すぐに暗い表情になる。普段生徒達の前でスピーチしている堂々した姿とは似ても似つかない。
「・・・・・。それで?お前はどうする?」
「そうですね。会長や役員の皆さんが普通の生徒会役員として大人しく引退してくだされば十分ですよ。これ以上何も余計な事はせずにね。勿論試験問題のコピーと暗証番号は引継ぎまでに全て処分しておいて下さい。」
「・・・・・。」
僕の言葉が信じられないようで、彼は慎重に僕を見極めようとした。だが僕は構わず言葉を続ける。
「事を荒立てるのは好きじゃありません。例え良い事であれ、皆の注目や関心を集めるのは苦手なんです。会長が聞いたっていう僕の中学の話も、多分偶然現場を見てしまったか、会話を聞いた誰かがしゃべったんでしょうね。」
すると暗い表情の中にも彼は口の端を吊り上げた。
「・・お前は生徒会長には向かないな。」
「僕もそう思います。」
「お疲れー!」
校舎から出ると、すぐに緑川が僕の姿を見つけて声をかけてきた。
どうやら入口近くで僕が出てくるのを待ってくれていたようで、全員がそこに揃っている。
「大丈夫だった?」
そう心配そうに言った緑川に僕は笑顔で頷いた。すると皆ほっとした表情を見せる。
青山がクラスで余った缶ジュースを手渡してくれた。するとグラウンドから流れていた軽音部の音楽が終わった。
「あ、打ち上げ花火始まるぞ!!」
赤木が慌てた様子で皆を急かす。
僕達は赤木の後について、グラウンドへ走った。