第三話 カラーレンジャー 前編 5.文化祭
文化祭当日。
生徒会の役員達はあちこちの現場で忙しく立ち回っている。
生徒が使える生徒会室の鍵は一つだけ。一々鍵の開け閉めをしていては効率が悪い。
その為に文化祭の間は開けっ放しになっている事も分かっている。
文化祭1日目の朝。僕は役員達が出払ったのを見て生徒会室に入った。
外からはマイクを通してしゃべる校長の挨拶が聞こえている。今は体育館で文化祭開会式を行っているのだ。この時間なら、生徒どころか教師も校舎内にはいない。
ざっと初めて入る生徒会室を見渡し、ある程度の当たりをつける。
黙って侵入するなどやってはいけない事だが、そもそも生徒会室に役員以外の生徒が入ってはいけないという校則がある訳じゃない。
それにこれは時間との勝負だから躊躇している暇などなく、僕は目的の物を探し始めた。
* * *
2日構成の文化祭は1日目が金曜日に行う学内向け、2日目が土曜日で一般来場者も入場出来るようになっている。
白田の作戦では1日目は普段通り。2日目に作戦を実行する事になっていた。
2日目の方が人も多く、注意力も散漫になる。動くなら2日目の方が気付かれにくいだろうという白田の判断だった。
お陰で1日目は文化祭を満喫する事ができた。焼きそばの屋台も定番らしく売り上げも上々で、自分の当番が終わると私は詩織と一緒に学内を回って遊んだ。
だけど、2日目は詩織と一緒にはいられない。作戦の為に白田がメンバー全員が同じ時間に当番が空くよう明日のシフトを組んでくれているのだ。
その事をどう言い訳しようかと悩んでいると、先に明日の事に触れたのは詩織だった。
「緑ちゃん、明日なんだけどさぁ。」
「ん、うん。」
「ごめんね。私一緒に遊べないんだよね。」
「へ?そうなの?」
勿論その方が私にとっても都合がいいのだが、朝から言い訳を考えていただけに拍子抜けだった。
「実はね、明日彼氏が遊びに来るの。」
「彼氏って、あの合コンで知り合った人?」
「そう。」
「そうなんだ。全然大丈夫だよ。」
「本当?ありがとう!」
私は詩織にばれないよう安堵の溜息をついた。
明日は大変だけど、これで今日は心置きなく文化祭を楽しむ事ができそうだ。
「あ、緑川さん。いらっしゃいませ。」
茶道部の茶室前で、桃色の着物を着た飛び切り可愛い女の子が私を出迎えてくれた。私は嬉しくなって彼女に抱きつく。すると後ろから頭をはたかれた。
「止めろ!」
「・・・何?桃井。」
私は桃井の彼女、花穂ちゃんへの抱擁を邪魔した本人を振り返る。
桃井は美人の顔を歪ませて私を睨んでいた。彼も花穂ちゃんと同じで着物を着ている。深緑色の着物で、私をはたいた扇子を持っていた。
「テメェ、何しに来やがった。」
「お客さんだもん。」
「じゃあ、とっとと受付で名前書いて中入れ!」
私は無視して花穂ちゃんに向き直る。
「あ、花穂ちゃんその着物、すごい似合ってるよ。」
「ありがとう。これ、圭くんが選んでくれたの。」
「へぇ。そうなんだ。いい趣味してるね、圭くん。」
私が笑いながらそう言うと、今度は桃井が私を無視してさっさと私と一緒に来た詩織を茶室へ案内していた。
それを良い事に私は携帯を取り出す。
「ね、一緒に写メ撮ってもらっていい?」
「うん。良いよ。」
1枚写メを撮ると、花穂ちゃんが私を案内してくれた。
彼女の話では先程まで赤木達も来ていたようで、桃井の機嫌はすっかり悪いらしい。赤木達のことだから散々桃井をからかって帰っていったのだろう。
ま、関係ないけど。
今日一番の目的を果たして私はすっかり満足していた。ついでに気付かれないように桃井の着物姿も写メに収めて、後で花穂ちゃんに送っておいた。
文化祭2日目。
午前中のクラス当番を終えると、私の携帯に白田からのメールが入っていた。そこには私が尾行を担当する生徒会役員が今どこに居るかが書かれている。役員は全員で五人いるので、白田以外の私達全員が一人一人担当する事になっている。
私は一緒に当番をしていた詩織と別れると、指示された場所に向かった。
目的の人物はすぐに見つかった。私が尾行する書記の上代先輩だ。確か彼女は赤木の気になる人だった筈。こっそり彼女の携帯にかからない事を祈りながら、遠くから彼女の様子を伺った。
するとしばらくして、上代先輩は出店が並ぶグラウンドの端で他の生徒と話始めた。
(あれって・・・)
校舎を結ぶ渡り廊下の柱に寄りかかる様にしてその様子を伺う。
すると突然肩を叩かれた。
びっくりして思わず息が止まる。
声が上げられなくて恐る恐る振り返えると、私の後ろにいたのは、
「赤木!」
「おっ!合流したな。」
私たちは小声で囁き合う。よく見れば今私が尾行している人物と話しているのは赤木が担当している役員だった。
全く、心臓に悪い。
2階には2年生の教室が並んでいる。
青山は校舎の端、2年6組の教室の前にいた。そこでは催し物のカフェがやっていて、女生徒達が可愛らしいフリルの付いたエプロンをつけている。様々なフルーツや野菜を使った健康ミックスジュースがメインのカフェのようで、様々な色のジューサーが教室に並んでいた。
俺はもう一度自分の携帯を開いてメールを見る。白田からのメールに書かれている場所は確かに此処だ。
廊下からさり気なく教室の中を覗いてみる。しかし目的の人物は中に居なかった。
(移動したのかな?)
白田からの情報なら間違いは無いとは思う。
俺が監視する対象の生徒、副会長の高科という男子は2年6組。つまりこのクラスなのだ。恐らくこの時間帯彼はクラスの当番なのだろう。
(トイレに行っているだけかもしれないし・・・)
もしかしたら係りで買出しに行ってしまっているのかもしれない。
とにかく教室の前で待っている事しか出来ないので、廊下からグラウンドを見ているフリをしながら、高科を待つ事にした。
「はい。」
「何コレ。」
「チョコバナナ。圭くん好きでしょ?」
「・・・・・。」
花穂から渡されたチョコバナナを素直に受け取る。
しかし、高校生独自の遊び心というか何というか。ピンクのチョコでコーティングされたバナナには器用に顔が描かれていた。
「可愛いでしょ?」
俺の隣でベンチに座った花穂が嬉しそうに言うので、とりあえず齧り付く。するとすぐに顔の半分が無くなった。
「うまい。」
「良かった。」
俺達の座っている正門近くのベンチから正面を見ると、そこは一般入場者の受付テントになっている。
そこに俺の監視対象である生徒会役員がパイプ椅子に座って来場者に学祭のパンプレットを手渡していた。
眼鏡をかけた小柄な生徒。会計をやっている野村、という男子だ。
あまり気の強そうなタイプには見えない。だが堂々とモノを言えないタイプだからこそ、嫌がらせという行為に走る可能性は高い。
こんな事につき合わせては悪いと思いながらも、俺は花穂と一緒にいた。
その方が一人で居るよりも怪しまれないだろうし、何より1日目は部活の当番で借り出されていた分、今日は一緒に居たかった。
まぁ、あまり当人をジロジロ見ることも出来ないので、取りあえず白田からの合図があるまでは学祭デートを満喫しても問題ない筈だ。
そう決め込んで、俺はパンフを見ながらどこのクラスに遊びに行こうかと花穂と話していた。
浜崎、という男子生徒は目の前で女子生徒の腰に手を回していた。校内とは言え、周りには生徒の往来がある階段の踊り場での事だ。
二人は向かい合い、顔を近づけ親しげに話しをしている。
その姿を見ていると、とても生徒会の役員だとは思えないが、まぁ、プライベートまでは関係が無いのだろう。
彼氏彼女の仲なのだろうが、場所は考えた方がいいのではないか、と思う。
先程から階段を通る生徒達がジロジロと見ているのもそうだが、教師が通ったらどうするつもりなのだろうか。
そんな両名を見ているのにもうんざりしていると、浜崎は先程まで抱き合っていた女生徒と別れて階段を上がっていた。
黒沢は読んでいた本から顔を上げ、距離を置いて階段を上がる。
すると今度は3年の教室の前に来た。3階廊下に張り出された写真部の展示を見ているフリをして様子を伺うと、ショートカットの三年女子が浜崎と手を繋いで教室へ入って行く。
「・・・・・。」
人の色恋沙汰をどうこう言うつもりは無いが、あまりあちこちウロつかれると監視がやりづらい。
二人が入った教室を覗くと他には誰もおらず、文化祭には使われていないようだった。
そんな所で何をやっているのか、考えるまでもない。
教室の中に入るわけにも行かず、仕方なく溜息をついて再び廊下の展示の前に戻った。だが、この調子で教室の中にずっと居られてはいざ作戦決行の時に確認ができない。
けれど自分にはそれを解決する方法など思い当たらなかった。とにかく動くのを待つしかないのだろう。
「・・・・・。」
別にカップルを見てもどうも思わない。しかし、今の自分には正直目に毒だと思う。
決してさっきの二人のように人目の付く場所で抱き合いたいとは思っていない。それでも相思相愛の仲を羨む気持ちはある。
自分にそれが手に入るとは思えない。
自分のような人間を好きになって貰える自信なんて少しも無い。
だからこそ、青山に宣言したのだ。そうする事で自分を追い詰めるしか勇気を振り絞る方法が思い浮かばなかった。
普段からロクに自分の気持ちを言うことも出来ない自分。
(情け無い・・・。)
それでも緑川は自分の事を分かってくれた。自分の傍に居てくれた。それがとても嬉しかった。
でもそれでは、満足出来ない。好きだと自覚したら傍に居るだけじゃ我慢できない。
仲間から特別になる為にはどのくらいの勇気が必要なのだろう。
すると、ガラッと音がして先程の教室のドアが開いた。浜崎と3年女子は手を繋いで今度は階段を降りて行く。
一先ず目に付く所に出てきたことに安堵して、俺も階段に足を掛けた。
私と赤木が合流すると、すぐに二人の携帯の着信ランプが同時に光る。見ると白田からの合図のメールが一斉送信されていた。つまり、今からターゲットの携帯に電話をかけるという事だ。
私達は目を合わせた後、それぞれのターゲットに目を向ける。緊張で携帯を持つ手に汗が滲む。
すると二人の内一人が上着のポケットから携帯を取り出した。
(!!)
だが、本人は何か操作するわけでもなく、暫く携帯の画面を見ている。 携帯を操作する仕草は無い。電話なら当然ボタンを押して耳に当てるだろうし、メールならボタン操作をする筈だ。
二人が何か話しているが此処からは聞こえない。
着信画面を見ているだけ。その行動がとても怪しかった。
けれど確かにそうだ、と確信することも確認する事も出来ない。元々この作戦は容疑者を絞る為で、犯人を特定する為ではなかった。気になるけど、仕方が無いと言えば仕方の無いことだ。
私は小さな声で横の赤木を見た。
「あの人なのかな?」
「確かめてみようぜ。」
どうやって?と私が聞く前に赤木は柱の影から飛び出していた。
(赤木!)
赤木の性格なら、確かめたくて仕方ないのは分かる。けれど、作戦に無い行動だ。
私は驚き小声で呼び止めるが駄目だった。あっという間に赤木の背中が小さくなっていく。
私は呼吸が止まってしまったかのように、どうする事も出来ずにただ突っ立っているしかなかった。
白田からの合図メールを受信すると、青山は焦って周りを見渡した。まだターゲットの高科が教室には戻っていなかったからだ。
仕方なく思い切って一人で教室に入ってみる。
すぐに女子が「何にしますか?」と訊いてきた。さすがに男一人、教室でジュースを飲むわけにも行かず、人に頼まれて買ってきた事にでもしようと、二人分のバナナシェーキを注文する。
するとエプロンを着た女子達がバナナやヨーグルトを使ってその場で作り出した。
確かにフレッシュで美味しそうだが、そこから目を離してさり気なく教室の中を見渡してみる。
「!!」
すると、意外なところにターゲットが居た。高科はずっと教室に居たのだ。
けれど、普段見ている本人とは違っていて、外から覗いたのでは気付かなかった。
「・・・・。」
高科は一年生らしき女生徒とジュースを運びながら話をしていた。
女子と同じ白いフリルのエプロンに、なんと女子のスカートを履いている。その下にはジャージを履いているからいいものの、あまり男子からすると見たくない姿だった。
つまり、高科は女装していたのだ。頭には小さなピンクのシュシュで髪の一部を結んでいて、ちょんまげのようになっていた。
周りを見れば他の男子生徒も似たような格好をしている。
つまりこのクラスの出し物の売りが、男子生徒の女装という訳だ。
しかしジュースを受け取り金を払うまでの間、高科は携帯を見る事は一度も無かった。どうやら高科ではなかったようだ。
俺は両手にジュースを持ったまま教室を出た。
携帯を見る。着信画面には白田の名前とメールマークが表示されていた。
桃井はすばやく野村に目を移す。それに気付いた花穂は黙って俺の様子を伺っていた。
今来場者が途切れた所で、野村は隣に座る男子生徒と話をしていた。
だが、それだけで動きは無い。文化祭中はクラスの当番やら生徒会の仕事があったりして忙しいのだから、余計に携帯を持っていない筈は無い。
普段の授業中と違って皆自由に動いているイベント中は携帯がなければ連絡をつけるのが難しいからだ。
(野村じゃなかったか・・。)
そう思っていると、当の本人が席を立った。
「!?」
目で追うと、本人は校舎の方へ入っていく。
俺は花穂に目配せすると、二人でベンチを立った。
二人で話をしながら野村の後を追う。だが、その間にも野村に携帯を見る様子は無い。
合図のメールを送ったらすぐに携帯に電話をかける手筈になっている。しばらく追っても何も無いようなら野村ではないのだろう。
俺達も野村に続いて昇降口から校舎に入った。
3年と別れた浜崎は数人の男子生徒と共に、屋台で買ったものを中庭で食べていた。そこに3人の女生徒が合流する。
黒沢は2階の渡り廊下からそれを見下ろしていた。上からなら浜崎の周りに生徒が多くともよく見える。
そこに白田から合図があった。俺は持っていた本を閉じて浜崎を見る。
するとしばらくして浜崎が携帯を取り出した。画面を確認すると友人の輪から抜けて携帯を耳に当てる。口元を見ると何か話をしていた。浜崎の動きにあわせて俺も移動しながら、見失わないように廊下を歩く。
2分程話をした後、浜崎は携帯を閉じて再び友人の下へ戻った。
その後もしばらく監視をするが携帯を開く事は無い。もしも白田からの電話に先程浜崎が出たのなら、白田に確かめれば分かる事だ。
俺は白田に連絡を入れて、予め打ち合わせていた集合場所へと歩き出した。
私の目の前で赤木は慌てた様子で走り出す。そしてなんとターゲットにぶつかった。
「あ、すいません!」
一言そう謝ると、すぐにそのまま二人を通り過ぎて走り去ってしまう。
赤木の姿が見えなくなると、私は二人に気づかれないよう校舎の中を通って赤木が行った正面玄関の方へ向かった。玄関の入口に着くと、予想通り赤木が下駄箱の所から校舎に入って来た。
「赤木~。」
私はその姿を見ると、張りつめていた気持ちを息と一緒に吐き出す。
「急に飛び出すからびっくりしたよ。」
「悪り!でもばっちり。」
赤木が満面の笑顔でVサインを見せた。
「え?」
「携帯の画面に公衆電話の表示が出てた。犯人はやっぱあいつだ。」