第三話 カラーレンジャー 前編 4.動き(11)
どうして忘れていたんだろう。耳慣れた着信音と非通知のディスプレイが蘇る。
白田は自分の携帯電話を見ながら考え込んでいた。
あの時のいたずら電話。あれが、嫌がらせの一つだったとしたら?僕の携帯に残った番号の持ち主が犯人だという決定的な証拠になる。
僕は頭をフル回転させた。
どうやってこの番号を利用するか。犯人に気づかれずに番号を調べる方法。頭の中で列挙した方法の中から成功する可能性が低いものから消去していく。
残ったのは・・・
* * *
(またか。)
僕は自分の下駄箱の中を見てそう心の中で呟いた。
最初に靴を濡らされてから3日。あれから毎日僕への嫌がらせが続いている。今日は靴紐が全て切られていた。体育の授業から帰ってくると、制服のポケットに剃刀が入っていたこともある。
嫌がらせはある意味覚悟の上だから仕方ないとして、嫌がらせの質が急に変わったのは何故なのか。
西ノ宮さんに確認しても、彼女には依然メモが届いているだけで僕のような目にはあっていない。彼女がこんな嫌がらせを受けていないのは安堵すべき事だが、一体どういう事なのか。
(もしかして、僕が犯人探しをしているのがバレたのかな。)
当然予備の靴は用意してあるので、それを履いて家路に着く。考えながら電車に乗っていると携帯が鳴った。メールが届いていて、送り主の名前には修、と表示されている。
(修君か。)
彼とはチャットで2年前に知り合ったのだが、実際に会ったこともあるし携帯の番号も交換している。
僕より年齢が一つ下で、現在は慶徳大学付属中学の三年生だ。ネットやパソコンにかなり精通している人物で、彼は中学の寮暮らしをしているのでパソコン持込み禁止なのだが、彼は学校の権力者と仲が良く特別に黙認されているらしい。権力者と言えば大袈裟かもしれないが、いわゆる昔は『番長』と呼ばれていた生徒のことだった。
実は慶中は昔から不良が集まる学校としてかなり有名で、現在はそれなりに落ち着いてはいるものの、まだ昔の風潮が残っている部分がある。修君はその中でも情報屋として有名で、彼自身は喧嘩はできなくとも彼に逆らえる人物は中々いないらしい。
実際に会った修君は黒髪に眼鏡をかけ、穏やかな顔をした童顔の学生だったが、慶中の不良達が彼に頭が上がらないとは、人は見かけに寄らないものだ。
修君とのやりとりはパソコンが主なのだが、携帯にメールが来たと言う事は急ぎの用件かもしれない。僕はすぐにメールを開いた。
『お久しぶりです。最近ネット上の掲示板などで白田君の誹謗中傷が実名で出ているようです。目の届く範囲は全て消去しましたが、何かあったんですか?』
成る程。靴だけではなくネット上でも嫌がらせが始まっている訳か。僕はしばらく考えて返事を打った。
『連絡ありがとう。手間をかけさせてしまったみたいでごめんね。ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど、いいかな?』
送信ボタンを押す。すると2分ほどで再び携帯が鳴った。相手は勿論修君だ。
『勿論。内容を教えて下さい。』
さすが修君。僕は再びメールを返信した。
翌日の放課後。僕はメールで皆に集まるよう連絡を取っていた。場所はすっかり定番になった河原。最近ファミレスやカラオケボックスは文化祭の準備を終えた生徒達の溜まり場になっていたのでそこは避けた。
土手の下、ベンチが備え付けられている場所でそれぞれ腰を下ろす。話し始めた僕の一言に第一声を上げたのは緑川だった。
「犯人が分かるってこと!?」
全員の目が答えを求めて僕に集中する。僕はまず黒沢と二人の時にかかってきたいたずら電話の話を説明した。その後に緑川の質問に答える。
「首謀者かどうかは分からない。けど、少なくとも僕の携帯にかけてきた人物は特定できる。」
「携帯の番号を調べるって事か?」
赤木の質問に僕は首を振った。
「これが警察なら簡単なんだろうけど、僕らが調べようとしたら地道に周りの人に聞かなくちゃならない。そうなれば向こうにも調べてる事がばれるし、時間も掛かる。」
「ならどうすんの?白田から電話かけてみるとか?」
「そう。」
「え!」
全員が各驚きの表情を見せる。まさか直接相手に電話するとは思わなかったんだろう。
「勿論僕の携帯からはかけないよ。公衆電話からかける。」
「あ、そっか。」
と緑川が言葉を漏らした。
「それで??出たらどうするの?」
「普通、公衆電話とか知らない番号から携帯に掛かってきたら電話出ないでしょ?」
「うん。でも出なきゃ誰か分からないじゃん。」
「誰の携帯に掛かったかだけ分かればいいんだ。その為に皆の協力が必要になるんだけど。」
そう言うと、皆が顔を見合わせる。僕に向き直った時にはその顔には笑みが浮かんでいた。青山が皆を代表して僕に質問する。
「で?俺達は何すればいいんだ?」
「僕が公衆電話から電話をかける時に生徒会役員を見張ってて貰いたいんだ。」
そこで皆がまた驚きの顔を向けた。
「生徒会役員?立候補者じゃなくて?」
「そう。僕は立候補者の中には犯人は居ないと思う。今可能性が一番高いのは現生徒会役員なんだ。」
僕がその結論に至る経緯を話すと、皆真剣な顔つきで聞いていた。それぞれの表情を見ると納得はしてくれているようだが、やはりその動機が分からず首をひねる。だが、そこを話し合っても仕方の無いことだ。緑川もそう思ったようで、先を促した。
「じゃあ白田が公衆電話からかけた時、携帯を見た人が犯人ってこと?」
「そ。偶然その時メール見たり、携帯を見ることはあるだろうけど、少なくとも容疑者を絞る事はできる。」
「でもいつやるの?授業中は勿論無理だし、放課後は同時に全員を見張るなんて難しいでしょ?電車に乗ったりしてたら携帯見ない可能性もあるし。休憩時間の度に白田が公衆電話に行くのもおかしくない?」
「生徒全員が学校の敷地内にいて、更にいつ誰が携帯を見てても先生に何も言われない。しかも僕らが自由に動ける日があるでしょ?」
「え?」
首を傾げる緑川の横で、赤木が笑顔で手を挙げた。
「分かった!文化祭。」
僕も笑顔でそれに答える。
「その通り。」