第三話 カラーレンジャー 前編 4.動き(1)
結局あれから手がかりは何も掴めなかった。
僕と西ノ宮さんへの嫌がらせもあれきりだ。犯人も本気で僕達を辞めさせる気などなかったということなのだろうか。あれは一過性の単なるいたずら?
けど、何だかすっきりしない。納得できないことが多すぎる。このまま何事もないなら放っておけばいいのかもしれないけど。
そう思っていた矢先、事件は起きた。
* * *
朝の教室に入る。すると赤木が慌てた様子で僕を見つけると駆け寄ってきた。
「白田!」
「どうしたの?」
赤木は僕を教室から廊下の端のドアを出て外階段へ連れ出す。外階段はこの時間通る人はいないから、話をするのには都合のいい場所だ。つまり、赤木は誰にも聞かれたくない話をしようとしている。そう思い僕は黙ってついて行った。
赤木は僕に無言で紙切れを差し出した。僕は半分に折られたそれを開く。そこには見たことのある字体で文章が書いてあった。
“誰もお前には投票しない”
「これ、西ノ宮さんに?」
「今朝、げた箱に入ってたって。」
「そう。」
僕がこれを受け取ったとしても何とも思わないだろう。またか、と呟く程度だ。
だが、西ノ宮さんはそうもいかなかったらしい。げた箱に置いてあったこの紙を見た彼女は赤木にすぐにメールをし、そして赤木の顔を見たとたん泣き出してしまったそうだ。
西ノ宮さんには4回目の脅迫文。だが、僕にはあの一度だけでそれ以来何もない。狙いを彼女に絞ったということなのか?
わざと弱い彼女を狙ってるとしたら、卑劣な行為だった。
僕は受け取った紙をポケットにしまうと、赤木と共に教室に戻った。
昼休み。頭を整理したかった僕は昼食を食べ終えると一人で図書室に来ていた。席に座ると適当に本を開き、その裏で携帯を眺める。
先日二人で会った時に西ノ宮さんと携帯の番号を交換していたのが役立った。彼女と直接会っている事がもし犯人に分かったら面倒な事になるかもしれないからだ。
僕はメールで新たに届いたメモについて彼女に詳しい事を教えてもらい、それを一人の時間に何度も見返した。だが、メモがあったのは下駄箱の中。うちの高校の人間なら誰だって出入りできる場所だ。下駄箱は個人名は無いが出席番号がふってあり、生徒達は自分の番号の場所を使用している。
彼女の出席番号を知っている生徒の仕業?
いや、それが分からなくても朝や放課後に彼女が自分の靴を取り出す所を見ていれば、誰でも分かる。
これまでの事件では犯人を絞る事が出来る条件は残念ながら見つかっていない。決定的な証拠が欲しい。
相手が証拠を残さないなら、
(強制的に出させるしかない・・・・。)
携帯を閉じると本を読むフリをして、目線を下げて目を閉じる。これから自分がどうするべきか、その答えが必要だった。
* * *
目の前にはカラーレンジャーの面々が揃っている。
今日はいつものファミレスではなく、前回緑川達との罰ゲームに使ったカラオケボックスだった。中にはいるとすぐに軽い食べ物とドリンクを注文して、それを運んできた店員が部屋を出た所で僕は話し始めた。
「前言撤回する。」
「何?」
唐突な僕の言葉に、皆目を白黒させる。僕は構わず話を続けた。
「生徒会には積極的に立候補するつもりはなかったけど、やっぱり辞めた。立候補する。」
「へぇ。どうした急に?」
桃井が面白いものを見る目で僕に問いかける。
「役員に当選できるかはどうでもいいんだ。ただ、どうしても犯人の顔が見たくなった。」
「でも、犯人のに繋がる証拠は今の所ないんでしょ?」
緑川は不思議そうな顔を僕に向ける。僕は至極真面目な顔で答えた。
「相手の出方を待つのは辞めた。こっちから仕掛ける。」
「どうやって?」
「いい?事件って言うのは起きた数の分だけ証拠の数も増える。証拠も手がかりも無いのなら、出させる。」
「犯人にアクションを起させるってこと?何かあったの?」
皆が僕の顔色を伺うっているようなので、今朝の西ノ宮さんのことを全て話した。すると見る見る緑川の顔が怖くなる。
「何それ!最低!」
青山が控えめに、興奮している緑川に声をかける。
「緑川、顔怖いよ。」
「それが何?」
「いや・・。」
それに対して桃井は遠慮がない。
「益々可愛い気が無くなるぞ。」
「最初から無いからいいもん。」
「あっそ。」
「で?白田どうすんの?私何でも協力する!!」
「そう?助かるよ。」
僕は自分なりに考えた作戦を皆に話した。それを聴く皆の顔が段々真剣なものになっていく。最後まで話し終えた時、反対する者は誰もいなかった。
話が終わっても店に入る時に設定した時間が余ってしまったので、それぞれが適当に曲を入れてカラオケを楽しんだ。前回も思ったがが緑川は歌が上手い。そして何故か緑川が歌う曲は赤木が勝手に決めて、予約を入れていた。
普段カラオケにはいかないという黒沢の歌を皆聴きたがったが、案の定本人は嫌がったので皆すぐに引き下がった。黒沢のトーンの低い大人っぽい声だから、バラードなんか上手いんじゃないかと思ったが、本人曰く音楽は全く駄目だという。
赤木はとにかく盛り上がる、というかノリが良くて大声で叫ぶような曲ばかり歌っていた。ライブで盛り上がって叫ぶのが好きらしい。カラオケに来なくても、しょっちゅう大声で叫んでいる気がするけど。
「たまには皆でカラオケも楽しいな。」
そう僕の向かいで言った青山の言葉に、僕も頷いた。
その翌日、さっそく僕は皆の前で話し事を実行に移した。まず、担任と生徒会顧問へ立候補の旨を伝えること。
職員室に入るとうちのクラスの担任は授業で使うプリントを揃えていた。
「先生。」
「白田か。どうした?」
「生徒会に立候補したいんですけど。」
「お、ホントか。頑張れよ。」
「それで、申込用紙を貰いに来たんですけど。」
「へ?」
担任はプリントを持つ手が止まる。眼鏡の奥の目が泳いでいるのを見れば、何を考えているのか大体分かる。
「・・・そんなもん要るんだっけ?」
「要りますよ。」
「・・・・・・。いやぁ、預かっていたような、無いような・・・。」
「じゃあ、直接高橋先生に貰いに行きますからいいです。」
「お、そうしてくれ!よろしく~。」
うちの担任がいい加減な事は十分承知しているので、僕はすぐに生徒会の顧問、高橋先生の席へと移動した。先生は化学を担当していて、常に白衣を着ているから直ぐに見つかった。化学教師が生徒会を受け持つのは珍しいが、うちの学校の化学部は人数が少なくあまり活動いていない為兼任しているらしい。
「高橋先生。」
「はい。あ、白田君。」
高橋先生は僕を見るとにこりと笑う。白髪が目立ってきた割と年輩の先生で、笑うと目元に皺が寄る。僕を生徒会へ誘ったのも高橋先生だった。
「生徒会に立候補したいんですが。」
「そう。良かった。申込用紙書いてきましたか?」
「いえ、担任の先生が失くしてしまったそうです。」
「おや。そう。あーっと、ちょっと待って。」
先生は机の引き出しを開けると青いファイルを取り出した。机の外も中も綺麗に整理整頓されていて、引き出しの中も色によって資料やプリントを分けているようだ。
(うちの担任とは大違いだな。)
先程見た担任の机の上は山のようにプリントや本が積み重なっていて、作業する幅がほとんどなく狭そうだった。きっとあの担任が生徒会を任されることなどないだろう。とても生徒の見本になれそうにない。
「これ、予備だから。書いたら担任の先生に提出して下さい。文化祭が終われば、選挙の原稿書いたり忙しくなるから頑張って下さいね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
小さな用紙を受け取ると、僕は高橋先生にお礼を言って職員室を出た。
この紙を提出するのは良いのだが、また担任が失くさないように釘を刺さなくてはならないな。
そう思いながら、教室へ戻った。