第三話 カラーレンジャー 前編 3.嫉妬(1)
「緑川!」
知り合いの名前が呼ばれて、なんとなく自分じゃないのにそちらを見てしまう。
僕のクラスメイトを呼んだのは他クラスの男子だった。高い身長に細身の体。短髪の髪を立たせていて、少し垂れた目から人の良さそうな印象を受ける。彼は笑顔で廊下から緑川に声をかけると、呼ばれた本人が席を立ってそれに応じた。
「相馬くん。」
「これ、数学の教科書ありがと。助かったよ。」
「どういたしまして。」
「それとこれ。」
「何?チロルチョコ?」
「お礼。」
「やった!ありがとう~。教科書忘れたらいつでも言って。」
「もしかして、借りるたびにお菓子期待している?」
「そう!」
「えぇ~、じゃ、緑川は避けようかな。」
「そんなに高いのはいらないから。」
「あははははっ。分かったよ。じゃあな。」
「じゃねー。」
そういえば最近相馬君がよくうちのクラスに顔を出している気がする。大抵緑川に用があるみたいだ。けど、一学期の時はそんな事無かった。もしかして、僕が頼んだ例の聞き込みがきっかけで、相馬君が緑川に好意を持ってしまったのだろうか。
僕の横で小説を読んでいた黒沢は一瞬緑川達の方を見たが、すぐに本へ目を落とした。言葉や表情には表れないが、やはり気にはなるみたいだ。
黒沢本人からは聞いたことはないが、僕と桃井は黒沢が緑川に好意を持っていると予想している。自分からそういった事を人に相談する性格ではないことはよく分かってるから、僕達からその話題を切り出すこともしなかった。
いつも冷静で取り乱すことのない黒沢。彼でも好きな相手が他の異性と仲良くしていたら嫉妬することがあるのだろうか。いつかそんな話をすることが出来たらいい。
僕は再び緑川を見る。彼女はもう相馬君とは別れ、またクラスの女子とのおしゃべりに夢中になっている。
(二人とも不器用だからな・・)
だから、放っておけない。そんな事思ってみても、自分が出来る事なんて何もないけど。僕は二人を祝福できる日が来ることを静かに祈っていればいい。そう結論つけて、手元のプリントに目を落とした。
* * *
結局皆に聞き込みをお願いしたものの、それ程の成果は得られなかった。僕と西ノ宮さん以外に嫌がらせを受けている生徒は出てこず、僕の机に例のメモを入れた時間帯のアリバイも全員成立してしまったのだ。
まあ、嫌がらせの件に関しては誰にも言わないで隠していることもあり得るが、少なくとも僕の机に脅迫状を入れた人物は候補者の中には存在しないことになる。
(生徒会以外に僕と西ノ宮さんに共通点はない。かと言って、候補者に犯人はいない。)
候補者以外に、僕達が候補から降りて得する人物なんているだろうか。
(振り出しに戻っちゃったな・・)
手元のノートに今回の要項と関係者の名前を列挙してみる。考えがまとまらない時や行き詰まった時によくやる僕の癖だ。
数学の授業中だが、構わず真っ白なノートに書き出していく。だが、答えは見つからない。数学の問題なら必ず答えがある。自分の力では導けない答えも、大抵の場合公式を使えばそれが可能になる。
(公式・・・。)
授業を進める担任の声を聞き流し、僕は目の前の問題と授業が終わるまで格闘していた。