第二話 恋愛 6.罰ゲーム(1)
さて、今日はどうしようかな。
先日のキャンプでの約束を思い出しながら電車を降りる。
今聞きたいのは僕や赤木より緑川の事なんだけどなぁ・・。あのキャンプで何か進展があったのか知りたいけど、まぁ負けたのだから仕方がない。もしかしたら赤木から思わぬ話が飛び出すかもしれないし。
改札を出ると待ち合わせ場所にはまだ誰も来て居なかった。大抵僕や青山が待ち合わせ時間より早目に着いて皆を待つ事が多い。続いて黒沢、緑川と現れて、時間ギリギリか遅れてくるのが桃井、赤木だ。
14時57分。改札から出てきたのはやはり緑川だった。裾が長めのTシャツに膝上のデニムのスカート。サンダルと小さなショルダーバックは緑で統一している。
緑川は僕を見つけると軽く手を振った。こういう何気ない仕草や習慣がやはり女の子だな、と思う。
「後の二人は?」
「いつも通りまだ。」
すると緑川が「んふふふふ」と気持ち悪い笑い声をあげる。
「楽しみだな~。白田からどんな話が聞けるのか。」
「期待しても良いこと無いかもよ。」
「誤魔化し無しだからね。」
「はいはい。」
怪訝な表情を浮かべる緑川に別の話題をふってみる。
「緑川は早瀬さんみたいな格好しないの?」
「え?あぁ。あのふわふわした感じ?」
僕が頷くと緑川は腕を組んでうーんと唸る。
「似合うと思う?」
「思うよ。」
僕の即答に緑川は面食らった様な顔をした。
「・・・他の人が言うとお世辞にしか聞こえないけど、白田が言うと説得力ある。」
「そのセリフ緑川から良く聞く気がする。」
「だって本当だもん。」
「僕も本気だけどね。」
「まぁ、その意見を反映するかは分かんないけど、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「白田はどういうのが好み?」
「どういうのって?」
「女の子の服装。」
この質問に今度腕を組むのは僕の番だった。もう一度緑川の服装を見てみる。
「どっちかと言うと、緑川みたいにカジュアルな方かな。」
すると緑川がぷっと吹き出して笑った。
「なにそれ。じゃあさっきの話は参考にならないじゃん。」
「僕の好みは関係ないでしょ。」
そんな事を話していると桃井、赤木の順で来た。
僕達はそこから10分程歩いた所にあるカラオケに移動した。カフェやファミレスに入って知り合いに会うのはマズいかららしい。
大袈裟な。一体僕達から何を聞き出す気でいるんだか。
「お!白田じゃん!」
「小島。」
移動先のカラオケボックスに入った所で、知った顔に声をかけられた。小島は相変わらず顔一杯の笑顔を僕に向ける。容赦のない力加減で肩をバンバン叩かれて、僕はよろけそうになった。
「痛いよ。」
「いーじゃん、久しぶりなんだし。元気だったか?」
久し振りなのと痛さは関係ない。脈絡や根拠のない発言は小島の得意技の一つだ。
「先月会ったよ。」
「そんな寂しい事言うなよ~。」
「小島はまた焼けたね。今日は部活休み?」
「部活は午前だけ。お、友達?」
「そう。高校の友達。」
僕の後ろを覗き込んで小島は「どーも」と会釈する。そして緑川を見ると何故か顔を輝かせた。
「何!?彼女?」
「友達だって言ったでしょ。あ、小島!」
小島はさっさと僕を通り過ぎて、案内待ちをしている緑川達の所に言ってしまった。調子良く挨拶までしている。
「こんにちわ。白田の中学の時の親友で小島って言います。ヨロシク~。」
緑川は突然の来訪者に唖然としながら、勢いに押されて小島と握手を交わしていた。
「小島・・。何してんの?」
「え?何って挨拶。お前の友達は俺の友達だろ。」
ジャイアンか。
「因みに彼女、お名前は?」
「ごめん。相手にしなくていいから。」
「ひでぇ!親友に対して冷たくねぇ?まぁ昔に比べたら丸くなったけどなぁ。」
何を言い出す気だ、コイツ。
「おい、こじ・・・・」
「コイツねぇ、今は穏やかっぽいけど結構昔は」
「小島。お前の友達が呼んでるぞ。」
先にカラオケボックスに着いていた小島達は既に案内されていた。小島の友達らしき数名がエレベーター前で小島の事を待っている。
「あ、あれ俺の野球部仲間。」
「見れば分かるよ。」
全員小島と同じ日焼けに坊主頭。どう見たって野球部だ。
「挨拶する?紹介するけど。」
「いいよ。早く行けば?」
「ハイハイ。」
友達の所に駆けて行ったと思ったら、小島が突然振り向いて片手を挙げた。
「来週試合だから見に来いよ!」
「知ってるよ」と僕が返すと、「あれ、そうだっけ?」と小島が笑った。自分で試合の日程をメールしてきたくせに、もう忘れたらしい。
昔から何も変わってない。ただ、中学までは同じだった身長が小島だけぐんぐん伸びている。それを少し羨ましいと思いながら、僕は緑川達に向き直った。
すると、
「良いこと聞いちゃった。」
今度は緑川が顔を輝かせていた。
店員が飲み物を運んで来ると、僕達は1曲も入れずにさっそく話を始めた。
「どっちからいくんだ?」
「ジャンケンしなよ。」
桃井と緑川が期待一杯の顔で急かしてくる。仕方なく赤木とジャンケンすると、負けたのは僕だった。
「赤木はどっちがいいの?」
「トリはやだから先がいい。」
潔く罰ゲームに挑む赤木に緑川が「おぉ」と感心する。
「でも別に秘密なんてないけどなぁ。」
店員が持ってきたコーラを飲みながら桃井が赤木に言った。
「お前はそうだろうな。」
「じゃあ、やんなくていいじゃん。」
「却下。」
「じゃ質問形式にしようよ。訊かれた事には絶対答える。」
その緑川の提案に早速口を開いたのはやはり桃井だった。
「んじゃ、彼女いんの?」
「いねーよ。知ってんだろ?」
「分かんねえじゃん。隠してっかもしれねーし。」
「桃井みたいに?」
「俺は隠してねーだろうが。」
そのやり取りに僕も口を挟んでみる。
「それは僕が皆にしゃべったからでしょ。」
「今俺の事はいいんだよ!」
話がそれたので緑川が次の質問。
「今好きな人は?」
「んー。特にいないなぁ。」
「えー。今までもつき合ったりしなかったの?」
「無い。」
「赤木モテるのにね。告白された事はあるでしょ。」
「ある。」
「何人?」
「んー・・。5人、だったと思う。」
「高校入ってからは?」
「1回あった。」
おっ、と皆が桃井に注目する。
「え!その子はダメだったの?」
「だって一度もしゃべった事ない人だったし。」
「じゃあ、過去の4人は?なんでダメだったの?」
「中学の時は全然彼女欲しいとか思わなかった。女子より男と遊ぶ方が楽しいし。」
ずっと緑川と赤木のやり取りを聞いていた桃井が思わず口を挟んだ。
「ガキ。」
「うるせぇ。」
だが、緑川の口からはどんどん質問が飛び出してくる。
「今も別に彼女欲しくないの?」
「いや、いたらいいなぁとは思うけど。」
「好きとまではいかなくても、可愛いなあとか思ってる人はいないの?」
「・・いる。」
「本当に!?誰?」
ここで初めて赤木が口籠る。しばらく何かを考えた後、口を開いた。
「・・・・・書記の人。」
「しょき?」
漠然とした言い様に、緑川と桃井の頭にはクエスチョンマークが数個浮かんでいるようだ。だが、僕にはある人物がすぐに浮かんだ。
「あぁ。上代先輩?」
「!?」
それまで普段通りだった赤木の顔が、一気に赤くなる。へぇ、恋愛に興味無さそうな赤木でもこんな顔するんだ。
けど僕達の会話について来ていない緑川、桃井の二人は僕らに詰め寄った。
「え!白田、誰誰?」
「うちの生徒会の書記やってる2年の先輩。知らない?」
「あー、見たことある気がするけど、顔覚えてねぇなぁ。」
「私も。可愛い人なの?」
「うん。かなり可愛いよ。」
「へぇ。今度見てみよう。」
「2学期になれば文化祭があるから、なにかと生徒会の人を見る機会があるんじゃない?」
「でも白田よく名前まで知ってたね。白田も好みだった?」
その緑川の考えは随分極端ではないだろうか。とりあえず、そうではないので説明する。
「あぁ。緑川には前に話したと思うけど、先生から生徒会に誘われてるんだよね。」
僕がそう言うと、思った以上に赤木と桃井は驚きに目を見開いた。
「マジ!とうとう白田が学校を支配する時が来たのか!会長?」
「待て赤木。コイツは裏から支配するタイプだ。」
桃井の言葉に僕は溜め息をついた。
「何それ。」
すると横で緑川が関心したように頷いている。
「じゃぁ副会長かぁ。」
「まだ立候補するかも分からないって。」
「え、何で?しなよ。」
緑川に桃井も同意する。
「やれよ。おもしれーから。」
「別に桃井の為にやるわけじゃないんだけど。」
「生徒会は生徒の為にやるもんだろ?俺も入ってるじゃねーか。」
言っている事は分かるが、何か違う。
僕が桃井と話をしていると緑川が何か思い出したのか、持っていたグラスから手を離して言った。
「そういえば、さっきの人、小島くんだっけ?」
「そう。」
「白田って中学の時はどんなだったの?」
その質問に内心来たか、と思う。だが、とりあえず顔には出さずに答えた。
「どんなって?」
「小島くんが言ってたじゃん。今とは違ったって?」
小島・・。余計な事を。
「・・・・・。」
「白田。罰ゲームだって事忘れんなよ。黙秘も誤魔化しも無しだそ。」
「自分ではそんなに変わってないつもりなんだけどなぁ。まぁ、強いて言えば反抗期?」
僕の言葉に何を想像したのか、真面目な顔で緑川がとんでもない事を言った。
「学校の窓ガラスを割ったりとか?」
それに赤木・桃井が続く。
「盗んだバイクで走り出しちゃった系?」
「教師イビリとかじゃね?」
友人達の想像力に呆れる。だが、ある意味一番近いのは桃井か・・・。
「僕がそういう事するような人間に見える?」
心外にも三人は黙り込む。神妙な顔で口を開いたのは赤木だった。
「まぁまぁ見える。」
「見えるんだ・・・。」
「で、結局どうなの?」
どうしても聞き出したいようで、緑川が食いついてくる。
「反抗期だったのは本当だよ。親にとかじゃなくて、まぁ世間とか全体に?みたいな感じで。結構生意気な子供だったと思うよ。表面上はそんなに出してなかったと思うけど、小島とか仲良かった人達は気付いてたみたいだね。」
「へぇ。」
「今より確実に愛想は悪かったと思うよ。」
「そうなんだ。意外だなぁ。」
緑川が改めて僕の顔をじっと見る。そう見られてもこっちは何処を見たらいいのか分からない。
「じゃ、今彼女は?」
「やっぱりそういう方向に戻るんだ?居ないよ。」
「中学時代は?」
「無いねぇ。」
「んじゃ、好きな人!」
「・・・・。」
言われて思い出した顔があった。懐かしさが蘇る。 ほんのり胸が温かくなるのを感じた。
今はこんなに穏やかに彼女のことを思い出すことができる。カラオケボックスなんて場違いな場所で、僕は素晴らしい思い出を持つ事のできた喜びを感じていた。
「あ、いるんだ?」
僕の顔を見て緑川が嬉しそうに言う。まいったな。
「うん。中学の時いたよ。」
「どんな人?同級生?」
「いや。」
「じゃ、上?下?」
「上。」
「年上!先輩!?」
「ううん。」
「へ?中学校の人じゃないの?」
「学校の人ではあるんだけど・・。」
僕は急に恥ずかしくなってきて、どうにか言わずに済まない方法は無いか今更頭を回転させる。だが、もう遅い。
「もしかして、先生?」
「・・・・・・。」
「そうなんだ!?」
緑川と赤木は色めき立ち、桃井は呆気に取られた顔をしている。そんな顔をされても、僕も恥ずかしいのだから勘弁して欲しい。
「・・まぁ。」
「何の先生??何歳ぐらいだったの?」
「・・・音楽の先生で、歳は・・確か24歳ぐらいだっと思うけど。」
「へー!告白とかしなかったの?」
「しないよ。付き合いたかったわけじゃないし。」
「そうなの?」
「うん。」
「その先生って今も白田の中学にいるの?」
「いや。一年の終わりに学校辞めて海外留学した。」
「・・・・そっか。寂しかった?」
「ううん。」
「・・そうなの?」
「うん。嘘じゃないよ。僕は学校に残るよりも留学して欲しかった。音楽に対してすごく真面目だったの知ってたし。」
「その先生と結構仲良かったんだ?」
「僕の部活の顧問だったんだよ。」
「何部?」
「園芸部。」
「音楽の先生なのに?」
「そ。おかしいだろ?なんか子供みたいな人だったよ。」
「そっか。」
個室の中がいつの間にか静かになっていた。
「ねぇ。」
「何?」
「新しく好きな人が出来たら教えてね。」
緑川が真面目な顔をして言うので、可笑しな気分になる。
「緑川もね。」