第二話 恋愛 5.キャンプ(9)
最初はお菓子を食べながら他愛も無い話をしていたけど、段々とタイムリミットが近づいてくると皆時計を気にし始めた。
後5分。
「なんか緊張してきたね。」
私が言うと、赤木が今更な事を口にした。
「そう言えば何賭けんの?」
「どうしようね?何か奢るか、罰ゲームか。」
白田が腕を組みながら言い、桃井が楽しそうな顔をして言う。
「どうせならここでしか出来ない事にしようぜ。」
すると、赤木が飛びっきりの笑顔で手を挙げた。
「はい!明日皆の前で突然何も言わずに川に飛び込む!」
「うわっ!きっつー!」
「それ私もやるの!?」
「当たり前じゃん。」
「えぇ!」
さすがに川に飛び込むのは嫌だったのか、桃井も案を出した。
「秘密を曝露するってのは?」
「皆の前で?」
「いや、この四人の前だけでいいだろ。」
話の途中でドアが開く音がして、皆が一緒に振り返る。一瞬遅れて私がドアの方を見たのと、白田が口を開いたのは同時だった。
「二人ともお帰り。」
「ただいま。」
「あぁ。」
帰って来たのは黒沢と早瀬さんだった。ちらりと時計を確認するとリミット3分前。
白田が早瀬さんに声を掛けた。
「ピアスどうだった?」
「あ、見つかったの。」
「良かったね。」
「うん。ありがとう。黒沢君も本当にありがとう。」
「いや。」
どうしてだろう。笑う早瀬さんから目が離せない。いや、違う。黒沢を見るのが怖いのかもしれない。
「あれ?青山君と花田さんは?」
「あぁ、気にしなくていいぜ。遊びに行ってるだけだから。」
赤木の言葉に二人は首を傾げる。
「どこに行ったの?」
「さぁ?その辺散歩してるんだろ。」
「そうなんだ。あ、緑川さん。ずっとこっちにいるなら私達のコテージにあるお菓子もこっちに持って来る?」
「うん。そうしよっか。私も行くよ。」
私は早瀬さんと一緒に一旦男子のコテージを出た。そして自分達のコテージへ戻る。と言ってもすぐ隣なので5メートル程しか離れていない。コテージのドアまであと2・3歩の所で、控えめに早瀬さんが私に声を掛けてきた。
「・・・緑川さん。」
「ん?何?」
「私ね、黒沢君と川に行った時、告白したの。」
呼吸が止まってしまったかと思った。
動揺してはダメだと思い、何とか声を絞り出す。
「そうなんだ・・・。」
目の前にいる早瀬さんは笑顔だ。
どうしよう。聞きたくない。
でも早瀬さんはまた口を開く。
「付き合って貰える事になったの。」
体が冷たくなっていくのが自分でも分かる。拳を握る力も無い。
「あっ、でもね。恥ずかしいからしばらくは秘密にしようって事になってるの。緑川さんには応援して貰ってたから報告しなきゃと思って。でも黒沢くんにいきなり約束破ったなんて知られたくないから、黒沢くんにも言わないでね。」
「そっか。分かった。・・おめでとう。」
「うん。ありがとう。」
私は早瀬さんにお祝いの言葉を言った。
多分、笑う事が出来ていたと思う。
お菓子を持って男子のコテージに戻ると詩織と青山が帰っていた。そこからは皆で食べて飲んで騒いで、朝が来るまであっという間だった。
皆の前で笑いながら、今日一人じゃなくて本当に良かったと思った。隣り合って座る早瀬さんと黒沢の前でも、皆と一緒なら笑う事が出来たから。
早瀬さんの言った通り、黒沢は皆に早瀬さんとの事は話さなかった。
でもそれで良かった。いつかは黒沢の口から話して欲しいけど、笑わなきゃいけない今は駄目だ。きっと笑えなくなってしまうから。
「ふぁ、眠っみー。」
「そりゃあ寝ずに騒げばな。」
赤木の言葉に応える桃井も言いながら大きな欠伸をした。
「まだ帰りたくねぇな~。」
「そうか?俺は帰って寝たい。」
「そりゃそうなんだけどさぁ~」
私の前を歩く二人の会話をぼーっと聞きながら横の白田を見ると、平気な顔で駅までの道を歩いている。
「白田は眠くないの?」
「ん?眠いよ。」
「本当に?顔が眠そうじゃないよ。」
「そう?」
眠そうな顔をしている皆は半分瞼が下がっているが、白田はいつも通りの細目だ。
「いつも目が細いから分かんない。」
「失礼だね。」
そんな事を話していたら、突然桃井がこちらを振り向いた。
「あ!白田と赤木!お前らアレ忘れんなよ!」
「へ?何だっけ?」
「昨日の賭けだよ。お前ら負けただろうが!」
「あぁ。」
「え?そうだっけ?」
そう言えば。私も忘れてた。
白田と赤木はどうせ誤魔化そうとするから、今実行する日程を決めると言う桃井の主張で、3日後駅前で待ち合わせする事になった。
一定のリズムで刻まれる電車の音が心地いい。
早々にキャンプ場から引き上げてきたお陰か、幸い車内は空いていた。キャンプ場から私達の最寄り駅までは一時間半位電車に乗る事になる。そのせいもあって皆座席に座るなり居眠りを始めた。赤木は口を開けたまま寝ている。
私の向かいには早瀬さんが居て、隣の黒沢に控えめに寄りかかって眠っているのが見える。
今はまだ二人を見るのが辛い。
けどいつか心から祝ってあげられる日が来ると思う。それまでは目を逸らす事を許して欲しい。
例え結果フラれたとしても、詩織の言うようにもっと行動を起こしていれば何か変わったかもしれないな。少なくともこんな風にやり場のない気持ちを抱える事はなかったのだろう。誰が悪い訳じゃない。全て自業自得だ。
初めてその人の事で頭がいっぱいになるような恋ができたのに、私の勇気の無さが台無しにしてしまった。
私も瞼にかかる眠気を受け入れ目を閉じた。
夢は見たくないと思いながら。