第二話 恋愛 5.キャンプ(3)
「何奢ってもらおっかな~。」
「それはこっちのセリフだ。」
私は桃井達と少し上流の方へ移動して、皆が釣りの準備をしているのを眺めていた。私は釣り自体全くやった事がないので見学するだけにする。
早瀬さんは黒沢の隣で竿を持って教えて貰っていた。
「早瀬さんはやった事あるの?」
「ううん。全然。初めてだよ。」
皆が川に釣り糸を垂らして魚が掛かるのを待っている間、しゃべりながら私は川面を眺めていた。今日はアウトドアにはもってこいの快晴で、日光が川に反射して眩しいくらい。つるつると滑らかに見える水も触れば冷たく、掴む事の出来ないものだから感触なんて分からない。そんな当たり前のことを改めて考えてしまって、つい川の水に手を触れると桃井から注意された。
「おい、魚が逃げるだろ。」
「だって、見てると気持ちよさそうなんだもん。」
「お前飽きるの早すぎ。」
「早く桃井が釣ってくれれば良いんだよ。」
「そんなホイホイ釣れるか。釣りをナメるな。」
「魚も命がけだもんねぇ。」
すると私の感想に白田が苦笑いで答える。
「緑川、生々しいこと言うね。」
「緑川さんと桃井君って兄弟みたいだよね。」
笑いながら言う早瀬さんに桃井が思いっきり溜め息をつく。
「勘弁してくれよ。」
「桃井、それどういう意味?」
「緑川が家に居たら五月蝿くて落ち着かない。」
「私はこれ以上兄弟増えるの嫌だよ。」
むさくるしい兄弟達の顔を思い浮かべながら言うと、早瀬さんがこちらを振り返る。
「え?緑川さん何人兄弟なの?」
「五人。」
「上?下?」
「両方。上も下も二人ずつ。」
「すごい。大家族だね。」
「早瀬さんは?」
「私は一人っ子。」
「あ、そんなイメージある。」
「うん。よく言われる。緑川さんは兄弟に男の子いるでしょ?」
「当たり。しかも私以外全員男。」
「え!そうなんだぁ。見てみたい~。」
「えぇ。そんないいものじゃないよ。」
「そうなの?私一人だから羨ましいけどなぁ。」
そんな事を話していたら、黒沢の竿が動いた。私でも浮きが上下しているのが分かる。それを見て早瀬さんが黒沢の腕に触れて嬉しそうに声を上げた。
「黒沢君!かかってるんじゃない?」
あまりにも自然に手を触れるからびっくりしてしまった。
どうしてあんなこと出来るんだろう。いや、好きだからできるのか。二人はとっても自然なのに、何故かこっちの顔が赤くなってしまいそうだった。
黒沢がクルクルとリールを巻くと、小さな魚が掛かっている。
「おー。黒沢が一番だったね。」
白田がそう言って水の入ったバケツを黒沢の元に持ってきた。黒沢は釣り針から魚を外してそれに入れる。私は面白くてそれを覗き込んだ。
「ねぇ。これなんて魚?」
「ニジマスだね。」
白田もバケツを覗き込んで教えてくれた。
「食べれるの?」
「興味あるのはそこ?食べれるよ。」
「けっこう小さいよね?」
「川魚だからこんなものじゃない?稚魚ではないと思うよ。」
「へぇ。そうなんだ。黒沢すごいじゃん。」
私が話しかけると、黒沢はタオルで濡れた手を拭きながら笑った。
「まだ、一匹だけどな。」
「釣りよくやるの?」
「いや。多分今まで二・三回くらいじゃないか。」
「あ!ねぇねぇ、黒沢君!これどうしたらいいの?」
早瀬さんの竿にも当たりがあったようだ。早瀬さんは黒沢のTシャツの袖を控えめに引っ張って、彼を呼んだ。
(やっとしゃべれたと思ったのに。)
残念、と思ったが、気になって早瀬さんの様子を覗く。だが針が岩に引っかかっていただけのようで、残念ながら魚ではなかった。
「うーん。難しいねぇ。」
私が声を掛けると「ねぇ」と笑って返事をしてくれた。
早瀬さんっていい子だよなぁ。可愛いし、気が利くし、何でも素直に笑えるし。私だったら彼女にしたいと思うもん。
私は先程黒沢のTシャツを引っ張った彼女の手元を見てドキッとした。太い腕の黒沢に対して、早瀬さんの手は白くて指が細くて爪が綺麗で、女の子の手だった。当たり前かもしれないけど、女の私でも思わず目を惹き付けられる様な、そんな綺麗な手だった。
自分の両手に目を落す。日焼けした自分の手とは大違いだ。飲食店でのバイトをしているから爪を伸ばす事も出来ないし、バイト中に手をぶつけてしまってその傷が消えていない。
「おい、どけ。」
バケツの前に座っていた私に、そう言ったのは桃井だった。振り返ると釣り針に魚をくっつけたまま、桃井は私の後で仁王立ちしている。
「釣ったの!」
「釣ったよ。早くそこどけ。」
私が横に避けると、釣った魚をバケツの中に入れた。比べると桃井の方が少し大きい。形や模様を見ると黒沢と同じニジマスのようだった。
「奢りだからな。忘れんなよ。」
桃井が可愛い顔に凶悪な笑みでニヤリと笑う。
「あ!じゃあ、私も釣ったらチャラっていうのはどう?」
「なんだそれ。もう釣竿ねぇぞ。」
「桃井の貸してよ。」
「嫌だ。」
「えぇ~!いいじゃん。もう釣ったんだから。」
「まだ一匹目だろ。ふざけんな。」
私が桃井と言い合いしていると、なんと水が上から降ってきた。
「!!?」
びっくりして川の方を見ると、赤木が膝下まで川の水に浸かりながら、こっちに向かって両手で水をかけていた。
「冷てぇ!おい!赤木!!」
桃井が髪の毛を濡らして赤木に向かって文句を言う。赤木は得意げに「熱いから丁度いいだろ?」と笑った。少し離れた所で青山と詩織もそれを見て笑っている。
そのまま釣りは中断されて皆で水の掛け合いになってしまった。
結局、釣果は黒沢と桃井の釣った二匹だけだった
さすが夏真っ盛りな事もあって、服が乾くのが早い。水に濡れた皆の服が乾いた頃に、私達は川から引き上げて夕飯の準備に取り掛かった。
料理を始めて分かったのは、黒沢と早瀬さんが料理が上手いって事。黒沢はバイト先でもキッチンに立って料理をしているらしくて、ほぼホールだけの私とは大違いだ。早瀬さんは家で良く料理を作っているらしい。
「あれ?緑川も飲食店でバイトしてなかったけ?」
ワザとらしく私を引き合いに出す赤木に、「皿洗いは得意だよ」と返した。
メニューはキャンプの定番のカレーで、材料を切るのは早瀬さんと詩織に任せて私は鍋で野菜を炒めて、赤木が起した火を団扇で扇いでいる。風向きによって流れてくる煙を器用によけながら、赤木は墨を足したりしていた。横の釜では青山と白田がご飯を炊いている。
材料を全て切り終わると段々と皆が火元に集まってきて、しゃべりながら鍋が煮えるのを待った。5分毎に赤木が「まだ?」と聞くのが可笑しかった。
料理が終わって皆でテーブルを囲む。赤木の音頭でカンパイをすると、空はいつの間にか夕暮れだった。キャンプ場の所々でライトがつき始めていて、昼とは違った雰囲気の中食べる夕食はとてもおいしかった。
食べて飲んで喋って、皆が満足する頃にはすっかり日が落ちていて、気温もすごし易い温度になっていた。
片づけを始めると花火をしている家族が居て、「俺達も早くやろうぜ」と赤木が皆を急かす。「ハイハイ」と言いながら青山がテーブルをたたんだ。
一度荷物を全部持ってコテージに行ってから、一息ついて花火を持ちキャンプ場に戻った。
コテージからキャンプ場への道を歩いていると、皆が歩いている砂利道の音がいつもと違う場所に居る事を感じさせて、今更ながら心が弾んだ。夏の夜って、不思議とわくわくする。
今年二度目の花火は一度目よりも花火も多く買い込んでいて、長く花火を楽しむ事が出来た。
前回よりも人数が多い事、キャンプ場だといくら騒いでも怒られない事、色んな要素が重なって皆いつもよりも沢山笑って沢山はしゃいだ。
花火が終わっても花火の光が瞼の裏に焼きついているようで中々離れない。気付けば2時間ほど経っていて、周りで花火をしていた人達も撤収し始めていた。
片付け終えてふと上を見ると、自分達の街では見れないような夜空に私は釘付けになった。いつもは見ることの出来ない小さな星まで鮮明に見える。じっと上を見ているとまるで星空の方からこちらに迫ってくるみたいだった。
私がずっと上を見ている事に気付いた白田が、同じように上を見て、感嘆の声を漏らした。
「綺麗だね。」
「うん。」
すると皆上を見上げる。
皆口々に「すげぇ」とか「綺麗」と感想を言ってしばらく空を眺めていた。
名残惜しむように何度も星を見てから「そろそろ戻ろうか」という白田の言葉を合図に、皆コテージへ引き上げた。