第二話 恋愛 5.キャンプ(1)
平日とは言え夏休みなので、お昼時の店は何処も混んでいる。
私は駅から五分ほど歩いた所にあるハンバーガーのファーストフード店に入った。今日はこの店でいつものメンバーに詩織を加えて待ち合わせしているからだ。何をするのかは知らされていないのだけど、13時に集合だと白田からのメールに書いてあったので、多分お昼を此処で済ましてから遊ぶんだろう。
店に入ってすぐにクーラーの涼しい空気が肌に触れて心地良い。1階を見渡すが混雑する店内には知った顔が居なかったので、私は2階席へ続く階段を上がった。すると奥のテーブルに白田、黒沢、青山、詩織の姿が見えた。
「お、来た来た。」
「皆早いね。」
私は詩織の隣に腰を下ろす。詩織達は既にオーダーしていたようで、それぞれの目の前にはハンバーガーやポテトがのったトレイが置かれていた。
「緑ちゃんもなんか頼んできたら?」
「うん。買ってくるね。」
詩織の言葉に頷いて、財布だけ持って再び1階へ降りる。
今日は夏らしい快晴でとても暑い。すぐにでもアイスを食べたい気分だったが、てりやきバーガーセットだけにした。アイスだったら後でも食べる機会はあるだろうし。
オーダーしてお金を払い頼んだ物が出てくるのを待っていると、後ろから声を掛けられた。
「緑川!」
振り返ると赤木と桃井が店に入ってきた所だった。
「一緒に来たの?」
綿のキャスケットを被った桃井はダルそうな顔で答える。暑いのが苦手なのかもしれない。
「いや、駅で会った。他の奴等は?」
「もう2階席で食べてるよ。」
「んじゃ、俺達もたのもーぜ。桃井。」
「あぁ。」
私達は一緒に2階へ上がった。7人はさすがに多いので、4人がけのテーブルを二つ使って座る。私の向かいに座った赤木を見るとハンバーガー2つにポテトとチキン、ジュース。しかも全部Lサイズ。トレイの上が一杯一杯だ。
「それ全部食べるの?」
「うん。なんで?」
「いや、別に・・。それで太らないからいいよね。」
「緑川は運動不足。」
「分かってるよ。」
それぞれ皆お昼を食べ出す。そういえば、今日は何の集まりなんだろう。
「これ食べたら、今日どうするの?」
訊いてみたら、白田から意外な答えが返って来た。
「今日はここで打ち合わせ。」
「?何の?」
「キャンプ。」
「キャンプ!!」
赤木が白田の言葉に嬉しそうにテンションを上げる。
「マジで!行くの?」
「うん。早瀬さんがね、半額で入れるキャンプ場があるって教えてくれたんだ。」
「早瀬さん?」
サラダを食べていた詩織が、ちょっと嫌そうな顔をした。でも早瀬さんの提案ならどうして彼女はここにいないのだろう。
「で、当の本人は何してんの?」
なんだか桃井の機嫌が悪そうだ。ジュースのストローを銜えながら桃井が投げやりにそう言った。
「用があるから遅れてくるらしい。」
答えたのは黒沢だ。多分、早瀬さんは黒沢に遅れるとメールしたのだろう。早瀬さんが黒沢をキャンプに誘って、また皆で一緒にと言ったのかな。早瀬さんは私と違ってすごい積極的だ。
「じゃ、打ち合わせは早瀬さんが来てから?」
「うん。そうだね。皆は夏休み中いつなら空いてる?」
それぞれ食べながら日程を話し合う。
30分ぐらい過ぎた所で早瀬さんが来た。ヒールの高いピンクのサンダルにマイクロミニのデニムのパンツ。シフォンの白いカットソーが夏らしくて可愛い。ピアスやネックレスは全て淡いピンクで統一している。前にボーリングに一緒に行った時よりも髪の色が明るくなっていて、読者モデルのようだ。詩織が綺麗系なら彼女は可愛い系。
彼女は「ごめんねぇ」と言いながら小走りで席まで来る。
「大丈夫だよ。待ってたって言っても皆お昼食べてたんだし。」
「うん。ありがとう。」
「何か食べなくて大丈夫?」
「あ、じゃあ飲み物だけ買ってくるね。」
会う度に早瀬さんは可愛くなっていく気がする。恋をすると、っていう法則が成り立つのなら私もどこか変わっているのだろうか。とてもじゃないけどそうは思えない。
彼女が戻ってくると具体的にキャンプの話になった。日程と集合時間、必要な道具やお金、場所の確認。大体の話が終わる頃には2時間程経っていた。
「楽しみだね。そういえば、半額になるってなんで?」
「お父さんが会社の人から半額になるチケット貰ったんだって。」
「そうなんだ。ラッキーだったね。」
「うん。」
そこで追加でもう一つハンバーガーを買った赤木はそれを食べながら言った。
「なぁ。また花火買って行こうぜ。」
「いいね。やりたい!」
「じゃあ、買出しの時に一緒に買おうか。」
白田が意見をまとめる。こういう時、場を仕切るのは大体白田だった。
「キャンプ場には川があるんだろ?釣りとかできねぇの?」
「できるみたいよ。ここに書いてある。」
詩織が早瀬さんが持ってきてくれたキャンプ場のパンフレットを開いて桃井に見せた。それを桃井と一緒に私も覗く。
「ふーん。」
「結構広いよね。泊まる所はコテージでしょ。」
「虫がすごそうだな。」
「買出しの時に虫除け買ってかなきゃね。」
気付くと15時近くになっていた。私達は一旦店を出て、駅とは反対方向に歩き出す。ショッピングセンターに寄ってキャンプに必要そうな物を予め見ておこうという話になったからだ。
ショッピングセンターに着くと、私達は三階のキャンプ用品売り場へ行った。さすがに夏休みだけあって、アウトドア用品はかなり豊富にディスプレイされている。
着くなり皆それぞれ自分の興味ある所へ散らばった。女子の場合買い物だと大体一緒に回る者だが、男子ってこういうものなのだろうか。
早瀬さんは白田、黒沢と一緒に調理器具の置いてあるコーナーを見ている。青山は赤木と、というか赤木に引っ張られる形でブーメランなど野外で遊べるグッズがある棚を見て回っている。
「あいつら何買うつもりだよ。」
ぼそっと隣に居た桃井が言ったのが聞こえた。
「桃井今日体調悪い?」
「は?なんで?」
「だって、いつもより機嫌悪くない?」
「・・・・・。」
心配しているのに何故か桃井に睨まれた。桃井と私は身長が同じなので目線の高さも同じ。その為桃井のしかめっ面が良く見える。
「何その顔。」
「お前がしっかりすりゃいんじゃねぇの?」
「え?何??」
「早瀬に盗られんなよって言ってんの!」
「!!!?」
絶句。しかも顔が赤くなるのを隠せない。
多分というか、絶対桃井は黒沢の事を言っているのだろう。何で知ってるの!と叫びそうなのを何とか堪えた。それを詩織も聞いていたようで、腕を組んで頷いている。
「そうよねぇ。びっくりしたわよ。また早瀬さんがでしゃばってくるなんて。緑ちゃん早く言う事言っちゃわないと手遅れになるよ。」
「な!!何言ってんの二人とも!こんな所で!!」
「こんなもそんなもあるか。俺あいつ好きじゃねぇんだよ。」
あいつって、早瀬さんの事??
「・・なんで?」
「めんどくさい。」
「あ、それ分かる。」
何故か今日の桃井と詩織は気が合うようでお互いに頷きあっている。
だが、私は恐ろしい事に気付いて恐る恐る小声で桃井に尋ねた。
「ねぇ。」
「あ?」
「何で知ってるの?」
「は?あぁ、知ってるっていうか、気付いた。」
「え!嘘!」
「多分気付いているのは俺と白田だけだぞ。」
「・・・そうなの。」
はぁ、と溜め息が出る。
まさか自分から話していないのに人が気付くなんて思わなかった。いや、詩織は気付いてたみたいだけど、まさか桃井と白田まで・・。
「何やってんだ?」
エスカレーターを降りた所でずっと立って話していた私達に気付いて赤木が声を掛けてきた。赤木達がこっちに来た事に全然気付いていなかった私は驚いて声が裏返る。
「へ!?べ、別に・・。」
顔が赤くなっていないだろうか。その後はその事を意識しないよう努めるのに体力を使い果たした気がした。
今日は結局黒沢と全然話をしてない気がする・・。
前を歩く黒沢と早瀬さんを見ながらそう思う。だからって二人の間に割り込むなんてしたくないし。
キャンプの時なら話ができるかな。それとも早瀬さんは黒沢の側から離れないかな。元々は黒沢と一緒に居る為に誘ったんだろうから、それも仕方ないのかもしれない。
私って自分から何もしていないんだな。きっかけを待っているだけで。だからこういう時に自分の勇気の無さを痛感する。でも、キャンプなんてせっかくのチャンスなんだから何か前進しなきゃ。
私は一人そう決意をして、皆と駅までの道のりを歩いた。