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第二話 恋愛 2.メールアドレス(1)

 あ、ほら、やっぱり。

 笑った後にちょっと困った顔をする。


 私、黒沢に何かしちゃった?

 なんでいつもと違うの?

 どうして目を合わせてくれないの?


 怖いよ。


 でも自分から手を伸ばす事なんて出来ない。



 あれから一週間。私は黒沢の変化に戸惑っていた。

 別に気のせいだと言われればそうかもしれない。

 言葉も態度も、何一ついつもと変わらない。けど、彼の目だけが気になった。

 上手くは説明できないけど、黒沢と話をする度違和感がつきまとう。



 放課後、たまたま日直だった私と赤木は一日書くのをサボっていた日誌を残って書いていた。

 教室には誰も居ない。皆帰宅か部活のどちらかに行ってしまった後だった。

 周りを見てから手を止める。そのまま顔を上げて、私の前の席で日誌を覗いていた赤木を見た。


「赤木。」

「んー。」

「・・・ねぇ、黒沢って最近なんかあった?」

「へ?何かって?」

「分かんない。でもなんか、いつもと違う感じがする。」

「え~?そうかぁ?」

「うん。」

「・・ふーん。例えばどの辺が?」


 うっ、と言葉に詰まりながら、一瞬疑問を投げかけた事を後悔した。

 説明なんて上手くできない。


「え?えーっと、表情、とか・・・」

「表情!ほとんど同じ顔に見えるけどなぁ。」

「・・・。」


 まぁ、黒沢はあまり表情豊かな方ではない。そう言われればそうなんだけど。


「なんでそんなに気になんの?」

「なんでって、言われても・・。なんとなく。」

「ふーん。」

「ふーん、って。赤木さっきからそればっか。」

「だって俺分かんないし。白田ならなんか知ってるかもな。」

「白田が?なんで?」

「白田ってよく人の事見てるじゃん。そういうのも気付きそう。」


 白田、か。


「確かに。まぁ、気が向いたら訊いてみるよ。」

「え!なんで!今訊こうぜ。俺も気になってきた!」

「え!でも、白田いないし。」

「携帯にかけてみろよ。」

「えぇ!やだよ!そこまでするのもなんかおかしくない!?黒沢の事すごい気にしてるみたいじゃん。」

「してるじゃん。」

「・・そう、かもしれないけど・・。」

「俺かけようか?」

「やだ。」

「じゃあかけてよ。」


 私は机の上に出していた携帯と目の前の赤木の顔を交互に見る。


「・・なんか、赤木面白がってない?」

「無い無い。全然無い。」

「・・・。」


 ここで無理に断るのも意識し過ぎのような気がして、仕方なく携帯を手に取った。


 赤木が見守る中、緊張しながら携帯のボタンを押した。ディスプレイに白田優、と表示される。

 ちらりと赤木を見ると、早く、と手振りで急かす。

 溜息が出そうになったのを何とか飲み込んで、私はコールボタンを押した。


(赤木に相談するんじゃなかった。)


 呼び出し音が耳元で鳴る。それが数回続くと機械的な女性のアナウンスが流れる。

 私は少しホッとして携帯を閉じた。


「留守番電話だった。」


 赤木は明らかに面白くなさそうな顔になる。


「なぁんだ。じゃ、明日だな。」


 赤木の事だ。明日になれば忘れてるだろう。


 私達は何とか日誌を書き終えて、一緒に教室を出た。






「黒沢!おはよう。」

「赤木。おはよう。」


 自分より頭一つ分位大きな黒沢の顔を見上げる。しかし、いつもと同じ無愛想な顔が見えるだけだ。


(別に何も違わないよな?)


 赤木は昨日の緑川の言葉を思い出しながら、下駄箱から教室までの廊下を黒沢と並んで歩いた。


「どうした?」

「あー、いや。何食ったらそんなにでかくなれるんだ?」

「さぁ?」

「家族も皆でかい?」

「そうでもないな。」

「へぇ。いいなぁ。」

「赤木は、小さくは無いだろ?」

「いや、男の中じゃそんなにでかくもないぜ。中の小ぐらい。」

「そうか。」

「なぁ。」

「ん?」

「黒沢って悩みとかあんの?」

「・・・・。」


 そこで会話が途切れた。見ると黒沢の表情が固まっている。


 あれ?もしかして俺、核心ついた?


「・・なんで?」


「なんとなく。」

「・・・・。まぁ、悩みは、あるけど。」

「へぇ!どんな?」

「どんなって・・」

「じゃあ大雑把で良いから教えてよ。勉強とか進学とか恋愛とか、色々あるだろ?」


「・・・・。進学。」


「へー、そうなんだ。大学何処にするかって事?」

「まぁ、そんなもん。」

「ふーん、そっか。あ、緑川!」






 校舎内の廊下であるにも関わらず、隣の赤木が大声で呼んだ先には緑川が居た。

 心臓が跳ね上がりそうになる。


『黒沢って悩みとかあんの?』


 先程赤木に言われて真っ先に頭に浮かんだ顔が目の前に現れたのだ。情けないが仕方ない。


「赤木、・・黒沢も。」

「おはよう。」

「おはよ・・。」


 赤木の挨拶に応える緑川の表情は少し固い。それは俺に対しても同じだった。何があったのだろうか。


 それを聞く前に俺達は教室のドアをくぐった。






 昼休み。

 教室で昼飯を食っている時、携帯が鳴った。皆自分の携帯かとポケットや机の上を見る。

 すると青山と黒沢が同時に手にした携帯を開いた。


「すげぇ。同時?」


 4個目のパンの袋を開けながら、赤木が言った。

 それを見て桃井は眉根を寄せた。


 あいつ何個食べる気だよ・・。


「・・・・。」

「あぁ。」


 黒沢は無言で、青山は言葉短に応じる。

 だが、二人の顔はなんか妙だ。苦い顔をしながら携帯を見て、直ぐに閉じた。それが気になって口にしてみる。


「女からか?」


 冗談のつもりだったが二人は微妙な顔をする。

 もしかしてビンゴだったか?


「お!何々?」

「赤木。口の中カラにしてからしゃべりなよ。」


 口をもごもごさせながら二人の反応を見て興味津々に口を挟む赤木に、白田がまるで母親のような注意をする。

 青山と黒沢はお互いに顔を見合わせて、何も言わずに顔を逸らした。

 すると、今度は俺の携帯が鳴る。


「おぉ。桃井もか?」


 嬉しそうに言う赤木に、俺は携帯の画面を見せた。


「緑川だよ。」

「なーんだ。」


 失礼な話だが、緑川では話の種にはならない。

 ふと二人を見ると、何故か同じ顔して俺を見ていた。


「お前らは緑川からじゃないのか?」


 悪戯心でそう言うと、二人は珍しく嫌そうな顔を見せた。

 これはこれで面白い。






「黒沢さぁ、さっきの」


 隣を歩いていた青山が、前を向いたまま声を掛けてきた。


「本当に、緑川からじゃなかったのか?」


 昼飯の後、俺達は次が体育の授業なのでジャージに着替えて移動していた。

 たまたま青山と二人になって体育館へ続く渡り廊下を歩いている時にそう訊かれた。


「・・。あぁ。青山は?」

「俺も違うよ。体育祭で昼飯買った時に声掛けてきた女子がいただろ?あの子。黒沢は?」

「・・・早瀬って女子。」

「へぇ。うちのクラスじゃ無いよな。何組の子?」

「さぁ。メアド交換して欲しいって言われただけだからな。」

「モテるな。黒沢。」

「それは青山だろ。」

「可愛いの?」

「ん?」

「その子。」


 改めて早瀬さんの顔を思い出す。一般的に言えば可愛い方なんだと思う。だが、そのまま可愛いと口にするのも何故か抵抗があった。


「・・・・・。多分。」

「興味ないんだ?」

「無いな。」

「女子に?それともその子にだけ?」


 青山はやけにこの話題を引っ張ってくる。俺は考えながら言葉を選んで答えた。


「・・・・・。今の所、早瀬さんには興味ない。」

「そっか。」

「・・・・・・。」

「じゃあ、どんな子がいいとかあんの?」


 以前白田にも同じ事を聞かれたが、同じ答えを青山に返すのは違う気がした。

 青山に対しては誤魔化したりするべきじゃない。

 誰に確認した訳ではないがそう思ったので、俺は素直な気持ちを口にした。


「・・緑川。」

「・・・・・。やっぱ、そうなんだ。」

「・・・・・・。」


 どうやら、青山も俺に対して同じように思っていたようだ。


「俺も。」

「・・・・。」

「知ってた?」

「なんとなく。そうかとは思ってた。」

「あー、もしかして、俺分かりやすい?」

「いや、そんなことはないけど。」

「ありがとな。」

「ん?」

「いや。話してくれて。」

「あぁ。青山に嘘をつく気はないよ。」

「そっか。」


 青山は少し眉を下げて笑った。

 こんな風に素直に笑えたらいい、そう思った。





 * * *


 学校からの帰り。電車の中で携帯を取り出す。

 クラスの女友達からメールが来ていて、その返事を打った。

 言葉を打つ度にカチカチと軽いボタンの音が鳴る。返信した後に他にもメールをしなきゃいけない子がいるのを思い出して電話帳を見た。携帯画面を下にスクロールして目的の名前を探す。

 その時、電車の中だというのに私は思わず声を上げた。


「あ。」


 今更、本当に今更なのだが重要な事に気がついたのだ。


 私、黒沢のメアド知らない・・。

 でも、今更聞くのもおかしくない?もうすぐ夏休みに入ろうとしてる。入学してからもう三ヶ月近く経つのに・・・。


 その時、私はもう一つ余計な事に気付いてしまった。もうすぐ夏休み。という事は中間テストもすぐ迫っているという事だ。


「・・・・・。」


 急に気が重くなった。






「数学?」


 翌日の放課後。一週間後に迫った中間テストに向けて図書室で勉強していると、声をかけられた。

 顔を上げると、いつの間にか向かいに黒沢が座っている。彼は私のノートを見たようだ。


 鼓動が速くなる。


「・・そ、そう。黒沢もテスト勉強?」

「いや。本探しに来た。」

「さすが。余裕だね。」

「緑川よりはな。」


 最近はすっかり見なれた笑顔がのぞく。それだけでなんだか嬉しくて、私も自然に笑顔になる。


「一言余計だよ。もしかして赤木に似てきた?」

「まさか。数学はいいのか?」

「今やってますー。」


 私は再びノートに目を落した。

 こうしていると、抜き打ちテストの時に勉強を教えて貰った時のようだ。あの時はやけに緊張していたのを覚えてる。今こんな風に黒沢の事を考えてるなんて思ってもみなかった。


 それから30分、問題を解いてから教科書を閉じた。


「んー。」


 両手を組んで背伸びをする。前にはもう黒沢の姿は無かった。外を見れば夕暮れ時で、もうすぐ図書室を出なくてはいけない時間だ。のろのろと文房具を片付け始める。


「終わったのか?」


 びっくりして後ろを振り向いた。するともう帰ってしまったと思っていた黒沢が、数冊の本を持って立っていた。


「まだ居たの?」

「あぁ。いつもこの位の時間までは居るからな。」

「そうなんだ・・。」

「あと10分で閉館時間だぞ。」

「うん。それ、全部借りるの?」

「いや、もう読んだから。借りるのは読み途中のこれだけ。」


 そう言って、黒沢は英語のタイトルの本を持ち上げた。そして本の返却の為に棚の方に歩いていく。


 どうしよう。待ってた方がいいのかな。でも一緒に帰ろうって言われた訳じゃないし。


 ちらちらと黒沢の方を気にしてみる。黒沢はもう返却し終わって、貸出カウンターに居た。私の方はすっかり片付け終わっている。


 待ってても迷惑かな。今までこんな事一々気にしなかったのに。

 そんな事を考えている間に、黒沢は自分の鞄を持って出口に居た。


「緑川。まだ帰らないのか?」

「あ、帰る。」


 声を掛けて貰えた事が予想以上に嬉しくて、耳が熱くなるのを感じた。

 慌てて席を立って鞄を掴む。


 あれ?黒沢が笑ってる。


「慌てすぎ。」


 その一言で顔まで熱くなった。






「数学は順調なのか?」


 駅までの道を歩きながら、黒沢にそう訊かれて返答に困った。正直順調とは言えない。


「全然。」

「そうか。」

「でも前の抜き打ちの時よりはマシなはず!」

「はず?」

「そこ聞き返さないでよ。」

「あぁ。ごめん。」


 言いながら、隣で黒沢が笑う。夕日でオレンジ色に染まる黒沢の表情はいつもより穏やかに見える。


「もう一週間前だよ?黒沢はいつ勉強してるの?」

「家に帰ったらやってるよ。」

「でも寄り道してたじゃん。18時まで図書室寄って本読んでたら時間勿体無くない?」

「時間があれば図書室寄って帰るの日課なんだ。まぁ、三日前位になったら真っ直ぐ家に帰る。」

「三日前!なんでそんなに余裕なの?」

「中間なんて普段の授業やってればできるだろ?」

「何それ?嫌味?」

「なら授業中寝るなよ。」

「スイマセン。」

「大丈夫か?」

「駄目かも。」


 あ、また笑った。


「・・・兄弟いるんだっけ?勉強教えてもらったりしてるのか?」

「ううん。下二人はまぁ無理だし。上は大学生と社会人なんだけど、あんまり家に居ないから。」

「そうか。」

「?もしかして、私すごい心配されてる?」

「あ、いや。そういう訳じゃないけど。」

「?」

「・・・・数学と英語なら、言ってくれれば教えられるし。」

「!」

「・・・。」

「うん。ありがとう。あ、家で勉強してる時って分からない所あっても聞ける人がいないから、連絡してもいい?」

「あぁ。」


 お互いに鞄から携帯を取り出す。


 やばい。すごい嬉しい。

 変ににやけた顔にならないよう我慢するのが大変だった。


 赤外線で連絡先を交換して、その後電車に乗った。

 家に帰ってから、メールしようか悩んだけど結局出来なくて、ずっと黒沢のアドレスを眺めていた。






 訊きたいことがあるけど訊くことは出来なかった。早瀬さんが言っていた同中の奴が好きだって話。

 今まで恋愛話など誰ともした事は無い。増して緑川相手に自分から話を振るのは至難の業だ。

 他の奴等なら知っているだろうか。かと言って、青山に訊く気にはなれなかった。


 電車の中で携帯のアドレスを見る。そこには先程交換したばかりの緑川の名前があった。

 メールしようにもなんて書いたらいいのか分からない。もともと必要に迫られなくてはメールなどしない方だから、何か用事を作らなければ緑川に連絡を取るのは難しそうだ。


 溜め息が出る。

 メールなんかで今まで悩んだ事はなかった。それもそうだ。今まで用が無くても連絡を取りたい相手なんて居なかったのだから。


 すると携帯のランプが光った。マナーモードにしているのですぐにバイブで震える。

 届いたメールを開けると残念ながら、相手は自分の想像した人物ではなかった。

 早瀬里美、とディスプレイに表示されている。最近早瀬さんからはメールが一日に一件は必ず届いている。大概は他愛の無い話なので適当に返しているが、正直いつも返答には困っていた。


 そして今回のメールを開くと、いつも以上に困った内容だった。

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